映画祭とは

 

揺れるカンヌ

 

男女平等・配信事業者規制

 

 第72回カンヌ国際映画祭が25日閉幕した。映画祭の運営者は「女性の権利向上」に向けた取り組みをアピール、映画祭から事実上締め出した動画配信事業者の作品は選ばなかった。昨年の約束を守った形だが、来年以降のあり方については「沈黙」したままだった。

 

 レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピットの2大スター共演の話題作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を引っさげ、クエンティン・タランティーノ監督は意気揚々とカンヌに乗り込んだ。しかし、公式上映を終えた翌日の記者会見は明らかに不機嫌だった。

 会見で米国の女性記者が「才能ある女優を起用しているのに、なぜあまりセリフを与えなかったのか」と質問したのがきっかけだ。同作は1969年に起きた狂信的なカルト集団による女優シャロン・テート殺人事件を題材にしている。監督は「あなたの仮説は受け付けない」と強く否定。シャロンを演じたマーゴット・ロビーは「敬意を持って演出された」と監督を擁護したが、ネットでは監督の振るまいが不適切だと「炎上」した。

 

表現の領域まで

 運営者は開幕前、男女平等のための憲章にサインした昨年の誓約の下、全スタッフのうち女性は48%、公式セレクションのうち女性監督は27%など様々な男女比を公表。コンペで女性監督の作品を昨年に比べ一つ増やしたり、審査員に21歳の米国の女優エル・ファニングを入れたりと、権利向上への取り組みを見せた。だが、数字ではない表現の領域にまで欧米メディアは厳しい目を注ぐ。それは作品を選ぶ運営者にも向けられた。

 この問題とも関連して映画祭で最も議論を呼んだのはフランスの名優アラン・ドロンに名誉パルムドールを授与することの是非だった。ドロンが過去に同性愛を否定し、女性に平手打ちしたことがあると発言していたことに女性団体や人権団体が抗議した。ティエリー・フレモー総代表は「ドロン氏のキャリアをたたえるもので、ノーベル平和賞を与えるわけではない」と弁明に追われた。

 

 スターが何をしても許される時代ではなくなったとはいえ、キャリアと人格を同列に並べることに疑問の声があったのも事実だ。「人をたたえるのが難しい時代になった」というフレモー総代表のため息には、多様性と公平であることを実現する難しさがにじんだ。

 動画配信事業者の出品を規制し「映画はスクリーンで見るもの」という映画祭側の主張が象徴的に表れていたのは、オープニング作品「ザ・デッド・ドント・ダイ」を公式上映と同時にフランスの一般劇場で公開したこと。初めての試みで、国を挙げてのお祭りムード作りに一役買った。

 しかし、運営者が「配信規制」を今後も貫けるかは不透明だ。劇場公開作品にこだわるのは、劇場の売り上げの一部を映画祭や映画製作の資金に充てる制度が仏国内にあり、興行主に配慮しているためだ。ただ、ディズニーやアップルの参入により、ますます配信事業者を無視できない状況にある。仏大手紙ル・モンドは「映画祭ではこの問題について誰も触れなかった。しかし皆が考えていた。来年以降、きちんと立ち向かわなければならない」と総括した。

 日本人監督の作品が選ばれなかった今年のコンペだったが、主催国フランスの存在感は大きかった。21作品のうち仏国籍の監督が6人選ばれただけでなく、オーストリアのジェシカ・ハウスナー監督「リトル・ジョー」など共同製作に名を連ねた作品が16本あった。

 

米中摩擦が影響

 自国内で全資金を調達できないことが背景にあるが、商業性よりも芸術性を重んじ良作を世界に送り出す方法として注目される。日本人監督が選ばれるか否かで一喜一憂するのではなく、共同出資によって世界の映画界に貢献するという視点があってもいいだろう。

 映画見本市「マルシェ・ドゥ・フィルム」は、昨年に続き参加者が減った。配信事業が中心の米国のバイヤーの減少に加えて、今年は中国のバイヤーが減った。中国には当局による検閲があり、貿易摩擦など米中の政治問題が尾を引き米国映画を公開できないリスクがあるため参加が見送られたのだという。

 映画のみならず映画祭の運営も現在の社会や政治の状況からは逃れられない。知名度で群を抜くカンヌも対応を怠れば「新しい波」に乗り遅れかねない。

 

 

 

 

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