縄文人の全ゲノム解読
日本人の起源解明へ
国際的にも成果着々
国立科学博物館と国立遺伝学研究所、東京大学などの研究チームが縄文人の全ゲノム(遺伝情報)解読に成功した。縄文人が3万8000〜1万8000年前に大陸の集団からわかれたことが推定できた。人類学の研究に最新のゲノム解析を取り入れる流れは世界的にも進み、従来の見方を変える画期的な成果が出ている。縄文人ゲノムの完全解読で、日本に住む人々の起源を探る研究の加速が期待される。
縄文人は約1万6000年前から3000年前に日本列島に暮らしていた人々だ。アフリカ大陸で生まれた人類は4万〜5万年前に東アジアに進出。大陸から南西諸島や朝鮮半島、樺太などを経由して日本列島に渡ったとみられている。狩猟採集生活を営み、各地に広く分布していた。3000年前以降は大陸から弥生人と呼ばれる新たな集団が渡来し、混血が進んだ。
歯からDNA抽出
国立科学博物館などのチームは礼文島(北海道)の船泊遺跡で1990年代に発掘された、約3800〜3500年前の縄文人女性の歯からDNAを抽出。得られた遺伝情報を現代の東アジアの人々と比べることで、縄文人の祖先集団が現代の漢民族の祖先とわかれた時期がわかった。
これまでも様々な発掘物や史料の組み合わせで時期を推定していたが、ゲノム情報だけで年代を絞り込めたのは今回が初めて。国立科学博物館研究員の神沢秀明さんは「日本で有史以前の人類の全ゲノムが正確に解読されたのは初めて」と言う。 ゲノム情報からは今回解読した1人の縄文人女性の詳しいプロフィルもわかった。脂肪を分解する遺伝子の変異があり、狩猟による肉中心の脂っこい食事に適した体質だった。酒にも強かったとみられる。顔つきについてもいくつかの遺伝的な特徴がわかり、研究チームは2018年には顔の復元図を発表している。
ここまでの情報が読み取れるのは、解析した骨の保存状態がよかったからだ。通常は骨の中でDNAの分解が進んだり、他の生物のDNAが多く紛れ込んだりする。特に骨の保存状態は温度に左右されやすく、温暖な西日本や沖縄では骨の中でDNAの分解が進みやすい。発掘後に分解が急に進むこともある。神沢さんは「全ゲノム解析が行えるケースは多くないだろう」と言う。
研究チームは今後、30体ほど解析して地域差を調べる考えだ。こうして縄文人のデータベースができれば、縄文人がどのように日本列島へ広がったのか、その後日本列島にやってきた弥生人と縄文人の間にどのような交流があったのかがわかるようになる。遺伝病の起源などがわかり、医学研究にも役立つ。
人類学の研究に、最新のゲノム解析技術を取り入れるのは国際的な流れだ。03年の現代人のヒトゲノム完全解読を契機に、医学や生物学の研究でゲノム解析が一般的に行われるようになり、解読技術が飛躍的に進歩して安価に解析できるようになった。これが古代人と現代人の比較研究にも広がったわけだ。
様々な人類が交流
これにより、従来の人類史の見方を変える様々な発見がもたらされている。例えば、約2万〜3万年ほど前に絶滅した人類のネアンデルタール人は、現代人のホモサピエンスと交流はなかったとされてきたが、ゲノム解析によって私たち現代人が彼ら由来の遺伝子を受け継いでいることが10年にわかった。
さらに近年、発見された新種の人類をゲノム解析することで、様々な種類の人類が交流する人類史の姿が明らかになりつつある。08年にロシアで化石が発見された新種の人類「デニソワ人」は、ネアンデルタール人との間に子をもうけていたことが18年に判明。一部の現代人はデニソワ人の遺伝子を受け継いでいるという見方もある。
古代人のゲノム解析は、これまで欧米の研究チームを中心に進んできた。東アジアは近年新種の人類の発見が相次いでおり、注目を集める。研究チームを率いる遺伝研教授の斎藤成也さんは「遺伝情報を公開し、海外とも共同研究を進めたい」と話す。成果は日本だけでなく、東アジアの人類学の発展に貢献する可能性がある。