経済教室

 

人口減少社会の未来図(上) 

 

「包摂型」へ格差に積極介入を

 

 白波瀬佐和子 東京大学教授 

しらはせ・さわこ 58年生まれ。オックスフォード大社会学博士。専門は階層・格差論

 

ポイント 

○ 固定的な性別役割分業体制は維持困難に

○ 若年層への教育投資では評価軸多様化を

○ 少数派を固定せず選別過程の検証が必要

 

 日本の総人口は2008年以降減少に転じた。50年ごろには1億人を割り込む見通しだ(図参照)。人口規模の縮小は、少子高齢化で代表される人口構成の変化を伴う結果だ。0〜14歳の年少人口は1980年代半ば以降継続して減る一方、65歳以上の老年人口は増え続けている。総務省「人口推計」(18年9月15日現在)によると、高齢化率は28.1%と過去最高を記録した。

 

 人口高齢化とは平均余命が相対的に短い者(高齢者)が増えることを意味し、新たな若年人口が流入しない限り人口規模が縮小するのは必然だ。17年時点で65歳の平均余命は男性19.6歳、女性24.4歳に対し、40歳の相当する値はそれぞれ42.1歳、47.9歳だ(厚生労働省「簡易生命表」)。

  人口減少の重要な要因の一つに少子化がある。少子化とは、人口置換水準(人口の国際移動がないと仮定し、一定の死亡率の下で現在の人口規模を維持するための合計特殊出生率の水準)に満たない状況が継続することをいう。その背景には60年代の成功体験を支える家族・ジェンダー(性差)を巡る考え方がある。

  79年に自民党政務調査会が提案した「家庭基盤の充実」は、男性1人稼ぎ手モデルに代表される固定的な性別役割分業体制を前提としていた。しかし今では、非正規雇用率が高まり、若年市場の悪化が進んで、家族を形成する時期が遅れているうえ、自らの家族を形成しない者も増えた。

  初婚の平均年齢は60年には男性27.2歳、女性24.4歳だったが、17年にはそれぞれ31.1歳、29.4歳となった。50歳時の未婚率は、60年には男性1.3%、女性1.9%だったが、15年にはそれぞれ23.4%、14.1%と大幅に上昇した。

  日本は今なお、伝統的ジェンダー体制を基に標準型家族を前提とする社会保障制度の下で、医療、所得、雇用、福祉など社会的リスクへの制度設計は縦割りで、人々の様々な生活リスクの第一義的対応機能を家族が担う場合が多い。しかしながら現実には、病気の子や要介護の親を抱えながら、あるいは自身が何らかの障がいをもって働くことも、決して例外的なことではない。

  医療や所得保障、雇用や教育の制度設計にあたり、リスクが重なり合う場面を想定せねばならない。そこでわれわれが目指すべき社会モデルの一つが包摂型の未来だ。その理由は、これまで単線的、かつ縦割り的な制度設計の中で、十分に才能を開花させる場面に恵まれなかった人々の状況を修正することにある。負の遺産を解消すべく斬新な発想を社会実現につなげ、承認・支援の環境を積極的に構築する必要がある。そこにこそ日本の未来がある。

 

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 包摂型未来社会に向けて重要な点が2つある。一つは未来社会の担い手となる若年層を中心とする人的資源へのさらなる投資だ。これまでも日本的雇用制度の名の下で将来の人材育成という観点から投資されてきたが、そこでの投資は特定企業という限られた単位の中で投資リスクを最小に抑える形で展開されてきた。

 他国に類を見ない超高齢社会にある日本が、未来型成長モデルを提示するには、多くのリスクを見据え、特定企業組織を超えた社会規模での投資を展開する必要がある。様々な場面での教育投資は極めて重要だ。特に教育の評価軸を複線化・多様化することで、多様な価値を生み、斬新な発想を社会実現までにつなげる仕組みが求められる。

 ここでのポイントは、評価軸が一つでないので善しあしの基準が一元的でないこと、複数の軸が単純な上下関係にないことにある。

 日本がかつて同質社会と特徴づけられた背景には、この評価軸が一定で、物事の善しあしの判断が単一基準によりなされてきたことがある。しかしながら超高齢社会の日本が手本にすべき既存モデルがない中で、直面するリスクをチャンスに変えるにはまず価値のパラダイムシフト(枠組み転換)が必要となる。既存の評価軸だけでは不十分だ。

 もう一つは、世の中を変えるため、既に存在する格差に能動的に介入することだ。そこでの介入を一時的に終わらせないためには一定のスケールが必要で、世の中を動かす起動力となるまで高めねばならない。

 62年に米社会学者のエベレット・ロジャースが提唱した「クリティカル・マス」の考え方に準じる。既にある思考や仕組みは何らかの恩恵が認められたからこそ今まで存続してきたといえるが、それが今後も同様の恩恵をもたらすとは限らない。そこで未来に向けて既存の恩恵のあり方を修正するための根拠を提示しなければならない。その根拠の一つが、過去にはすべての者に同じチャンスが保障されず、潜在的な能力を十分に発揮できる機会が保障されなかったという事実だ。

 例えば「女の子なのに理数系が好き、男の子なのに手芸が好き」といった場合、何よりも親という身近なところから否定的に受け止められ、軌道修正を暗黙のうちに期待される。そのことが女子の数学好き、男子の手芸好きの貴重な才能が社会的に承認を受けず葬り去られる結果を招いてきた。

 これまで恵まれなかったチャンスを優先的に提供することで、従来は十分発揮できなかった才能を開花させ、斬新なアイデアを支援・促進するための仕組みづくりが求められている。この取り組みが、過去に存在した機会の不平等を是正するための積極的介入だ。

 特に現状システムの既得権からの離脱を促すには少々荒療治が必要であり、能動的な介入以外に加速度的な変化は望めない。自然の成り行きのままでは世の中は変わらない。期間を限っても、優先的な格差是正策は有効な包摂型社会の実現に向けての方策の一つだ。 超高齢社会の未来は、これまで十分なチャンスを付与されてこなかった少数派(若者、女性、外国人、障がいを持つ者など)の様々な才能に対して、社会が大いに期待し積極的に投資することから始まる。

 

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 包摂型の発展的な未来社会の実現に向けた重要な視点として、マイノリティーへの社会的認識がある。例えば女性も男性同様に高学歴化してきた中で、経済協力開発機構(OECD)諸国で日本女性の管理職の割合の低さが際立つ。それは結果としての不平等として見えてくるが、この結果が果たして正しいもので、永続してもよい現象なのかというと、答えは否である。

 なぜなら女性管理職の低さの背景に、女性が男性と同程度の管理職へのチャンスを提供されてこなかったという過去があるからだ。実際の昇進機会の提供のみならず、周りからの期待、さらには本人のキャリア設計でも、暗黙のうちに管理職に就くこと自体、そもそも選択肢に入っていなかった。

  様々な場面で特定のグループが結果としてなぜ少数派であるのか。そうしたスクリーニング(選別)過程では正当な競争が保障されていたのか。こうした問いかけが、超高齢社会の包摂型未来への第一歩となる。

 

 

 


 

 

人口減少社会の未来図(中) 

 

真の働き方改革、成長の鍵 

 

大沢真知子 日本女子大学教授 

おおさわ・まちこ 52年生まれ。成蹊大文卒、南イリノイ大博士(経済学)。専門は労働経済学

 

ポイント

○ 長時間労働是正と働き方の選択肢拡充を 

○ 職場に残る長時間勤務評価の慣行見直せ 

○ 300万人超の女性の潜在労働力活用を

 

 人口減少社会においてイノベーション(技術革新)を起こし、一人ひとりの所得が高まれば、経済は持続的に発展する。今起きている人手不足を働き方改革のチャンスととらえれば、20年後の日本経済に明るい未来を描くこともできる。

 逆に現状維持のための改革に終始すれば生産性は上がらず、個々人の潜在能力を経済に生かせない。高齢社会を維持するための負担増により経済も低迷する。未来の鍵を握るのは働き方改革ではないだろうか。 働きたい人が働き、その潜在能力を発揮して貢献する社会の実現のために、何が必要なのだろうか。

 

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 日本の労働者の総実労働時間はパートタイム労働者を含めると減少しているが、一般労働者でみるとリーマン・ショック後の2009年を除いてほとんど変化しておらず、国際的にみても長い。

 人口減少社会では、長時間労働の是正と働き方の選択肢を増やすことは喫緊の課題だ。ところが実際に成立した法律をみると、残業時間の上限規制は、現状の長時間労働を追認したものになっており、仕事の終業時と次の仕事の始業時の間に一定の休息時間を設ける業務間インターバル制度は努力義務に終わった。

 また高度プロフェッショナル制度の導入については、議論の末に年収1075万円以上の人が対象となったが、年間104日の休日の付与と一定の健康確保措置をすれば、使用者は何時間でも労働者に働いてもらうことが可能だ。

 仕事の量は増え続ける一方で、社員の数が増えない日本の現場で長時間労働をなくすのは容易でない。 その障壁の一つが、日本の職場に根強く残る「長時間労働をよし」とする企業文化の存在だ。

 最近の研究では、情報通信技術(ICT)を活用した裁量労働や在宅勤務などの働き方が提供されても、プライベートを犠牲にしてでも働くことをよしとする企業文化があると、多様な働き方がむしろ労働強化や長時間労働につながることが指摘されている。最近も裁量労働制により残業が月173時間に及び、適応障害を発症した女性の労災が認められたばかりだ。

 黒澤昌子・政策研究大学院大教授の研究によると、管理職が長時間労働の抑制や多様な働き方を導入することの意義を認識し、部下に対しても公平な評価をしている職場では、部下の仕事への意欲が高く、売り上げや経常利益率にもプラスの効果がみられるという。他方、フレックスや在宅勤務などの制度があるだけでは業績には結び付かない。

 13年度の内閣府の調査によると、27%が「短時間で質の高い仕事をすることを評価する」ことが残業の削減には効果的としながら、それが実際に職場で取り組まれているという回答は4.2%にとどまる。

 さらに在宅勤務の普及率も低い。17年の総務省の調査によると、テレワーク導入企業は13.9%どまりだ。今なお顔を合わせてビジネスをする職場慣行が根強いことが背景にある。それにより評価や昇進・昇格が決まる企業文化がある。

 

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 働く者の価値観も大きく変わっている。筆者は黒澤教授、武石恵美子・法政大教授とともに17年12月、従業員1千人以上の企業に勤める40歳未満のホワイトカラー、大卒以上の一般社員男女2060人を対象とした働き方に関するウェブ調査を実施した。男性47.7%、女性43.5%がプライベートと両立しながら長く働くことが理想と回答している(図参照)。

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 さらに17年の厚生労働省「雇用動向調査」で20代男性が前職を辞めた理由をみると、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」という理由が20〜24歳では19.3%、25〜29歳では16.1%にのぼった。 

 また日本には、働く希望を持ちながら働いていない300万人以上の女性がいる。多くは企業が提示する働き方が希望に合えば働きたいと考えている。人口減少社会では、多様な働き方を組織に根づかせることが急務だ。働く側の視点に立つ一層厳格な労働時間規制に加え、長時間労働を評価する時代遅れの勤労観を変えることが必要だ。 

 女性が活躍しやすい組織づくりは人口減少社会で避けて通れない課題だ。女性が活躍できないのは、女性はいずれ結婚してやめるという前提で初期のキャリア形成の段階で男性と同じ仕事の機会が与えられないことが大きい(統計的差別)。 

 加えて日本の正社員は会社から転勤を命じられれば受けねばならない。武石教授は、この転勤要件が女性の活躍を進めるうえで障壁になっていると指摘する。調査結果からも転勤はキャリア形成上重要でなかったと回答した人が半数にのぼる。家族への負担も大きい。転勤を避けるため地域限定正社員になると、昇進で差が生じたり処遇が下がったりするケースが多い。転勤しない人にペナルティーを科すのではなく、転勤にプレミアムをつけてはどうだろうか。

 非正社員の増加と低賃金がデフレからの脱却を困難にしている大きな原因だ。その解消のために「同一労働同一賃金」のガイドラインが作成され、非正社員に対し正社員との間の均等・均衡を配慮した待遇をすることが企業に求められる。

 日本の職場で正規と非正規の格差を生み出しているのは、契約期間の違いや労働時間の違いだけでなく、転勤や異動の有無などによる違いが大きい。しかし転勤がなく定時に帰る労働者が標準になると、非正社員との差は労働時間と契約期間のみになり差が縮まる。またパート税制や事業主の社会保険制度加入の所得要件などの見直しも必要だ。

 13年施行の改正労働契約法により、それ以降に採用された非正規労働者は5年後に正社員への転換を申し出られるようになった。人手不足という追い風の中で非正社員の正社員化を進める企業も増えている。しかし18年の総務省「労働力調査(詳細集計)」によると、正規従業員は前年比53万人増えたのに対し、非正規従業員は84万人増えている。

 雇用契約を無期契約に変える申し込みができるようになったが、処遇制度を正社員と同じにすることは求めていない。実際、17年の労働政策研究・研修機構「改正労働契約法とその特例への対応状況等に関するアンケート調査」によれば、非正社員の処遇を見直したか検討する企業は6社に1社にとどまる。これは正社員の中に新たな階層をつくることにつながる。 

 最近も、通算5年有期雇用で働いた40代の女性が無期契約への転換を求めたところ解雇されたという事態が起きた。このルールにより無期転換されなかった有期契約者が次の契約をするには、6カ月間働けないという事態も現場で起きている。法改正でより脆弱な立場に置かれた非正規労働者もいる。その多くが女性だ。 

 人口減少社会では、仕事と家庭が両立できる働き方を標準とすることで雇用管理区分の格差を解消し、誰もがやりがいを持ち働ける社会を実現すべきだろう。

 

 

 


 

 

人口減少社会の未来図(下) 

 

頭脳資本主義、数より質重要

 

 井上智洋 駒沢大学准教授 

いのうえ・ともひろ 75年生まれ。慶応義塾大卒、早稲田大博士(経済学)。専門はマクロ経済学

 

ポイント 

○ 教育水準上げ研究開発促進し頭脳高めよ

○ 頭脳資本主義は深刻な格差問題招く恐れ 

○ AI・ロボットで人手不足解消はまだ先

 

 「人工知能(AI)は人をエンパワー(力づけ)する」という決まり文句がある。確かにその通りだが、こう付け加える必要がある。「ただし均等にではない」。すなわち途方もなくエンパワーされる人がいる一方、そうでない人もいる。

  AIを活用できる者は、たくさんの人を従えているのと同じような巨大な力を持つようになる。 米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなどのIT(情報技術)企業は、コンピューターとインターネットといった「汎用目的技術」(様々な用途に応用できる技術)を活用することにより、時価総額ランキングの上位に登りつめた。現在は次の汎用目的技術であるAIに莫大な投資をすることにより、次代の経済的覇権を握ろうとしている。

 

◇   ◇

 

 これまで製造業が機械化により自動化されてきた。今後はサービス業もITとAIにより自動化が進む。そうすると労働者が財やサービスを提供すること自体はさほど付加価値を生まなくなり、マーケティングやブランディング、研究開発、ビジネスモデルの構築こそが高い付加価値を生む。

 つまり知的労働の価値が一層高まり、「頭脳資本主義」が進展する。これは松田卓也・神戸大名誉教授の言葉で、労働者の頭数でなく、その知性のレベルが企業の収益や一国の国内総生産(GDP)を決定づけるような経済を意味する。

 軍事の世界では、一足先に頭数は重要でなくなっている。戦争の勝敗を決定づけるのは、自らの命を顧みずに銃剣突撃する歩兵の数でなく、ハイテク兵器の質とそれを使いこなす職業軍人の質だ。それと同じことが経済の分野でも起きる。

 その兆候は世界的な頭脳獲得競争という形で既に表れている。AIは数学のかたまりであり、人類史上今ほど数学がお金になる時代はない。米国ではAI分野で博士号を取得した学生は時に数千万円もの年収の職に就ける。プロジェクトリーダーとなれば数十億円という大リーグ投手並みの報酬を得られることもある。

 「アルファ碁」という囲碁のAIを開発した英ディープマインドは、14年にグーグルに5億ドル以上で買収された。当時の同社は社員が50人ほどしかおらず、工場や資産もほとんど有していなかった。創業者デミス・ハサビス氏をはじめとする社員の頭脳が5億ドル以上の価値を持ったのだ。 

 頭脳資本主義が本格的に到来すれば、日本で今後一層進展する人口減少は直接的な問題ではなくなる。教育レベルを引き上げ、研究開発を促進して「頭脳」を高めることで克服できる。ただし人口が多い方が、優秀な人材を生み出せる可能性は高まるので、間接的にはなお人口は経済にとって重要な要因であり続ける。

 

◇   ◇

 

 その一方で、頭脳資本主義は格差という深刻な問題を生じさせる。頭脳を振り絞って稼ぎまくるか、そうでなければ肉体を酷使する安い賃金の労働に甘んじるしかない。その中間のほど良い生活は営み難くなる。

  米国では既にコールセンターや旅行会社のスタッフといった中間所得層が従事する「事務労働」の雇用がITにより減らされている。対照的に低所得層が従事する「肉体労働」と高所得層が従事する「知的労働」が増大し、この現象は労働市場の二極化と呼ばれる。

  日本でも人手不足が叫ばれる中で、直近の一般事務の有効求人倍率は0.5倍を下回る。ITとAIにより、今後一層、事務労働が減少する可能性は高い。 人手不足が深刻な肉体労働を自動化するには、ロボットや自動運転車などの「スマートマシン」が必要だ。これはAIという頭脳部分だけでなく、手足となって働くメカの部分も持つので、研究開発が2段階必要となり時間がかかる。

  つまり事務労働のような人手が余る職種では雇用が減り、肉体労働のような人手不足の職種では人手不足がなかなか解消されない。労働市場は恐らく2030年ぐらいまでまだら模様のまま推移するだろう。AI・ロボットは、人口減少に伴う人手不足を埋め合わせる役割を果たすと思われがちだが、そう単純ではない。

  スマートマシンが十分普及した30年以降は、全面的かつ長期的な雇用減少が起きる可能性がある。米国では今世紀に入ってから就業率が低下傾向にあり、日本でも同様の低下を経験するかもしれない。その果てには、AI・ロボットなど機械との競争に打ち勝つ一部のスーパースター労働者以外は、まともな職にはありつけなくなる恐れがある。

  「雇用の未来」という論文で有名なマイケル・オズボーン英オックスフォード大准教授は、今後なくなる職業は増えていくが、創造的な仕事は残り「クリエーティブエコノミー」が訪れるとポジティブに論じた。

  だがクリエーティブな世界は残酷だ。図で示したように、一般的な職業の所得分布は中間層が分厚い「釣り鐘型」だが、ミュージシャンや芸能人のようなクリエーティブ系の職業の所得分布は低所得層が分厚い「ロングテール型」だ。米国や日本では現在既に、中間所得層が減りつつあり、少しずつロングテール型の所得分布に近づいている。

 年収10万円のクリエーティブな仕事がいくらあっても、それは実質的には雇用があるとは言えない。クリエーティブエコノミーは、食べていけるだけの雇用が極めて少ない経済だろう。

  イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、十分なスキルを持たないために雇用されない人々から成る巨大な「不要階級」が形成されると予測した。その一方で、IT企業の経営者や優秀な技術者、資本家などのお金持ちは、バイオテクノロジーを駆使して末永く生きる「不老階級」を形成するという。

  頭脳資本主義の結末は、不要階級と不老階級の分化となるかもしれない。そうしたディストピア(反理想郷)に陥らないようにするにはどうすればよいのか。

  AIによる失業や格差を恐れてその導入をためらえば日本全体が没落するだろう。そうすると経済力だけでなく軍事力の開きが生まれるので、安全保障上の脅威ももたらされかねない。

  従ってAIの研究や導入を促進しつつも、それにより生じるひずみは別途解決するしかない。その方策として、ベーシックインカム(BI)の導入と労働観の転換が挙げられる。

  BIは最低限の生活を送るのに必要なお金を国民全員に給付する制度だ。例えば月7万円といったお金が政府から個人に配られる。AIによる生産性の向上に合わせてこの額は増やしていけるので、格差を縮小する役割を果たすだろう。

  その一方で、労働が人間の根源的な営みとみなすような今の価値観は是正されなければならない。そうでなければ、労働市場で不要とみなされた人々は精神的に耐え難くなる。趣味に熱中する者、遊びほうける者、引き続き労働に精を出す者など多様な生き方が肯定されなければならない。レイバリズム(労働中心主義)を捨て去った「脱労働社会」を実現する必要がある。

 

 

 

 

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