Deep Insight

 

過激な迎合政治の日常

 

 民主主義再興へ正念場の19年

 

 本社コメンテーター 菅野幹雄

 

 

 議会はなんのためにあるのか。そう思わずにはいられない。民主主義の模範だった新旧の覇権国で「言論の府」である議会の無力さが同時進行で露呈している。

 一般教書演説で党派を超えた結束を訴えたトランプ米大統領は、わずか10日後、自らの非常事態宣言で超党派の合意を頭越しし、不法移民流入を防ぐメキシコ国境への壁建設の予算を確保した。公約実現へ「もっと速く作りたい」という利己的な理由で議会の予算権限を超越した先例はないだろう。

 英国のメイ首相も混迷の極みにある。1カ月後の3月29日に迫った欧州連合(EU)離脱に向け、対処方針を全く決められない異常事態が続く。与党も野党も議員の百家争鳴が続き、混乱を収める役回りがいない。相手のEUは至って冷淡だ。「合意なき離脱」の惨事を避けるには、離脱延期という当座の先送り策しかなさそうだ。

 トランプ氏の当選とEU離脱の国民投票。2016年に大衆迎合主義(ポピュリズム)の象徴として世界を揺るがした現象は、いずれも行き詰まりを露呈している。ところが、答えを出せないはずの迎合政治は衰えるどころか、当たり前の姿として別次元に「進化」しつつある。そこには世界の大きなリスクが潜む。

 19年の世界を取り巻く懸念は「3つのE」だと私は考える。「Economy=経済」「Election=選挙」そして「Europe=欧州」の3つだ。5月23〜26日の欧州議会選挙はこの要素がすべて重なる。

 EU統合の理想を背負い、加盟国共有の立法機関としてできた欧州議会。得票予想では、反EUを掲げる勢力の伸長が確実視されているのは、いかにも皮肉な構図だ。極右政党の代表でイタリアの連立政権で実質的な力を握るサルビーニ副首相は目下、欧州で最も勢いのある政治家に数えられる。

 17年春のフランス大統領選挙で親EUと改革を掲げたマクロン現大統領に敗れた国民連合のルペン党首も、キングメーカーのように息を吹き返しつつある。英国なき後のEUを最強国ドイツとともに支える仏伊で、極右が欧州議会の国別議席のトップを奪いそうな勢い。大戦後、欧州統合の理想を説いたジャン・モネは泉下で嘆き悲しんでいるだろう。

 迎合政治の勢いが止まらない背景は何か。まずトランプ政権のような「異端の政治」が一転して日常と化したこと。トランプ大統領は就任2年余りで8700件もの不正確な事実や認識を口にしたと米ワシントン・ポスト紙は集計する。1日10件超。人々は不信を募らせるどころか、数が多すぎて異常を感じなくなっている。

 深刻な社会の分断もある。米公共放送PBSなどの世論調査で、トランプ氏の非常事態宣言に対する全体の評価は賛成36%、反対61%。ところが共和党支持者に限れば賛成は85%。民主党支持者の6%と大差がつく。親トランプと反トランプの溝は埋めがたい。

 20年の米大統領選挙に向け、野党・民主党からは急進的な主張を掲げる候補が次々と候補に名乗りをあげる。富裕層への高率課税、地球温暖化阻止への大規模な公共投資。オバマ前大統領がとっていた中道路線は色あせつつある。

 再選を狙うトランプ氏にとって攻撃相手である急進左派の台頭は願ってもない展開だ。さっそく「米国を社会主義にはしない」と敵意をむき出しにする。

 迎合政治は右派も左派も過激さを増し、もはや脅威としてでなく民主主義国家の日常の姿として定着しつつある。トランプ氏が大統領でいる今後2年近く、自由貿易や多国間主義などの価値観すら共有できない米欧の関係が飛躍的に改善に向かう展開は望み薄だ。没交渉が長く続けば、その損失は膨らむばかりだ。

 もはや世界は抗しがたい流れとして迎合政治の広がりを甘受するしかないのか。それは決して正解ではないだろう。

 16年の騒動以降も好調を保ち、迎合政治の弊害を覆い隠してきたグローバル経済は、成長の減速が鮮明だ。中央銀行による大胆な金融緩和で世界的に低く抑えられた金利は債務を抱えることへの痛みの感覚を鈍らせたが、今後は徐々にその反動がくる。

 有権者の歓心を買う大盤振る舞いや自国主義の政策を永遠に続けることはできない。人々の不満や怒りを起爆剤にする迎合政治の挫折は、反発と混乱を伴って世界をさらに危険な方向へと導く。

 米ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏は、民主主義と専制主義が「もはや同格の立場にある」と指摘する。連帯の乱れに笑うのは中国やロシアといった強権国家だ。経済成長の持続や高齢化の圧力を克服する改革に取り組み、中国のハイテク支配や安全保障への脅威にも結束して対抗する。それが優先課題だ。

 「伝統的民主主義への信頼の再建は困難な戦いだが、まだ決して負けてはいない。生活の改善を結果に出し、人々の不満を聞く努力が死活的に重要だ」。仏モンテーニュ研究所のドミニク・モイジ首席顧問は、迎合政治を迎え撃つことがドイツのメルケル首相、マクロン仏大統領や安倍晋三首相といったリーダーの重責だと説く。

 自由貿易、国際協調、EU。米欧が戦後築いた秩序は当然の姿となり、その恩恵を説くのは確かに難しい。だが民主主義の衰弱は将来に深い爪痕を残す。迎合政治に降参を決め込むのは禁物だ。

 

 

 

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