核心 

 

令和財政 大戦時より深刻 

上級論説委員 大林 尚 

改革棚上げ 楽観のツケ 

 

 

  平成バブル経済を視覚に訴える定番にジュリアナ東京の映像がある。お立ち台で羽根つき扇子をふり回すボディコンシャス姿は、往時を知らぬ世代の間である種の憧れをもって語られることがある。

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 しかし、このディスコが東京湾岸に開業したのは、バブル頂点から1年半になろうという1991年5月だ。同月の日経平均株価は2万5千円台。89年大納会の最高値より1万3千円下がっていた。余談ながら「お立ち台」が新語・流行語大賞に入ったのは、さらにその2年後。バブルの余韻と言えばもっともらしいが、日本経済はすでに奈落に沈みつつあった。根拠なき楽観である。

 この頃の首相は経済運営の第一人者をもって任ずる宮沢喜一氏。92年夏、軽井沢にいた宮沢氏は孤立無援を味わっていた。自民党のセミナーで「必要なら公的関与をすることにやぶさかではない」と話したためだ。膨大な不良債権を抱えた大手銀行に公的資金を資本注入する必要性をにおわせた発言だった。

 のちに宮沢氏は書き残している。「大蔵省は『変なことを言ってもらっては困る』という態度だ。銀行の頭取は『冗談じゃない。うちはそんな変な経営状態ではない』と思っている。経済界も『銀行にカネを出すなんて』と反発した。経団連の平岩外四会長は『そんなことは考えることもできません』とけんもほろろだった」(2006年4月26日付本紙「私の履歴書」)

 将来に発生が想定される重大な危機をあらかじめ防ぐ難しさを如実に表した、じつに貴重な証言である。

 危機予防策の立案・実行はなぜ日の目を見にくいのか。3枚のカベが考えられる。

 

 (1)当事者の意識欠如=予防策によって不利益を被る現在の関係者が一斉に反発する

 (2)想像力の乏しさ=予防策はコストを伴う。それが危機発生による将来の損失より小さいという事実に現在のコスト負担者が思い至らない

 (3)損な役回り=よしんば予防策を発動して危機封じ込めに成功したとしても、恩恵を受ける将来の人びとには何も起こらないのが当然と映る。苦労して策を講じた先人の功績は、後生に素通りされる

 案の定、90年代半ば以降は金融機関の経営破綻が続出した。92年度からの10年間に不良債権処理に費やしたコストは累計90兆円規模に及んだ。

 この問題にかぎらず、日本人が体験してきた危機には、根拠なき楽観や予防策への無理解が遠因になったものが少なからずある。その観点もふまえて明治期以降の国家財政を振り返ってみたい。

 

 

 1890年を起点に、国の債務残高の推移を眺めよう。1920年から敗戦への25年間と平成の30年間には、債務の積み上がり方に類似点が見てとれる。大戦末期、44年度の債務残高は一国の経済規模のおよそ2倍だった。2019年度は2.2倍だ。

 言うまでもなく前者は戦費調達に大借金を重ねた帰結である。では、日本が戦争をしなかった30年間は、何が債務を膨張させたのだろうか。

 平成前期は、バブル後の長期低迷の初期段階だ。歴代政権はせっせと国債を出して経済対策を連発した。

 後期になると、年金や医療について高齢層の経済的利害を為政者がおもんぱかる傾向が鮮明になった。シルバーデモクラシーである。高齢層は投票率が若い世代より高い。しかも母数は増大の一途だ。子供の世代やこれから生まれてくる世代から借金して高齢層の受益を守るのが、合理的な政治行動になる。

 高齢者優遇の一辺倒だったわけではない。06年から自民党の衆院議員を1期つとめた亀井善太郎PHP総研主席研究員は「地元の政治集会に顔を出すのはお年寄りばかりだったが、次の世代を考えた政治をしてほしいと言う人も少なくなかった」と述懐する。08年、亀井氏は危機予防策の立案に打って出た。

 自民、民主両党の有志7人が年金改革提言を出すにあたり、1年生議員ながら橋渡し役を担った。団塊の世代はまだ60代前半。支給開始年齢の一段の引き上げを決める最後の機会だった。ところが自公両与党も、翌年に政権を取る民主党も、厚生労働省も財務省も乗ってこなかった。昭和モデルの年金を改革する試みはついえた。

 3枚のカベのうち亀井氏らの予防策にあてはまるのは(1)と(2)だ。提言は棚上げされたので(3)は確かめようがない。

 

 敗戦後に話を戻そう。債務が積み上がった日本経済を見舞ったのは超インフレだ。政府は国民から強制的に富を奪うふたつの荒療治で、債務の帳消しを図った。ひとつは、すべての金融機関の預貯金について生活費などを除いて引き出しを禁ずる預金封鎖だ。

 もうひとつは、古いお札(旧日銀券)の価値をゼロにして金融機関に回収させ、新たに発行した新日銀券のみの引き出しを預金者に認める新円切り替えである。

 平成はどうだったか。阪神大震災や東日本大震災をはじめ、多発した自然災害が復興費を膨らませた。リーマン危機という未曽有の世界不況への大型対策費も、やむを得まい。債務がある程度、積み上がったのには致し方ない面があろう。やはりその真因は、危機予防策のカベに阻まれ遅滞した年金や医療など社会保障と消費税の改革だ。

 戒めるべきは根拠なき楽観である。令和改元による気分一新モードも、国の債務問題には無力だと思い起こそう。

 

 

 

 

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