【未踏に挑む】
イオン社長 岡田元也氏
1951年三重県生まれ。早大商卒。米バブソン大大学院で経営学修士取得後、ジャスコ(現イオン)入社。97年に社長に就任して以降、小売業界の先頭に立って、東南アジアや中国で店舗網の拡大に力を注いできた 。
革新、日本ではらちあかぬ
米アマゾン・ドット・コムや中国アリババ集団などネット企業の急成長によって、世界の消費や経済が大きな転換期を迎えている。デジタル時代の生き残りに向け、世界最大の小売業、米ウォルマートが苦闘を続ける中、日本の最大手であるイオンは、どんな未来を描くのか。データ経済に出遅れた日本がとるべき次の一手は何か。社長就任から22年、グローバル化の旗を振り続けてきた岡田元也社長に聞いた。
――米国では「アマゾン・エフェクト」により小売業の経営破綻や閉店が止まりません。小売業は生き残れますか。
「世界のデジタル化が進む中、今様々な業界が冬の時代に入りつつある。自動車産業も厳しい変化に見舞われている。歴史を見れば、石炭産業のように確実に衰退した業界がある。小売業界が死に至る可能性もある」
「ウォルマートは買収によってネット企業を取り込んで複合体になった。アマゾンに対して弾を打ち込むほどの対抗はできていないが、少なくとも複合体をつくれないような他の小売業をつぶすことはできる。一方でアマゾンは電子商取引(EC)化が最も遅れていた生鮮食品に入るため、スーパー大手ホールフーズ・マーケットを買収した。今後は世界でネットとリアルが入り乱れた複雑な競争が起こる」
――顧客データの活用や無人決済など、小売業の生き残りに向けた店舗のデジタル化で中国が先行するのはなぜですか。
「『個人情報という宝の山を、思い切り使わない手はない』というのが中国の考え方だ。プライバシーなどの規制が緩く、データを最大限活用できる。これと対照的に日本は、必要以上に保守的でネガティブな発想になって、イノベーションが進まない」
――POS情報の活用など、あるところまでは日本の小売業の情報化は進んでいたはずです。
「米国はスーパーマーケットが誕生したときから常に『省人化』『省力化』を目指す文化があって、イノベーションが起きてきた。日本は、そうした意識が薄く、結果として、小売業にとって重要な技術革新で後れを取った。例えば、スマートフォンを活用した無人決済や、顧客分析などで、世界に追いつけず、いまだに人海戦術だ」
――4月にデジタル技術の研究・開発専門会社を中国・杭州に設立しました。狙いは何ですか。
「イオンはこれまでも取り組んできたものの、デジタル化が全然できていない。これからは日本でデジタルの開発をするのはやめると社内で言っている。イオンにとってのデジタルの中核拠点を中国に置く。中国事業のためではない。ここで先端技術を開発して日本の事業にも導入する」
「日本でやっても、らちがあかない。世界で最もイノベーションが起こっているところにいないとだめだ。優秀なIT(情報技術)人材もそこで集める。米国の人工知能(AI)関連スタートアップに出資したのも同じ理由だ。シリコンバレーの人脈と接点ができる」
「やはりデジタルの世界は、小売業と比べて働いている人の価値観など大きく違う。我々は世代交代が進んでいないのに、彼らはみんな若い。ウォルマートが多数の新興ネット企業に投資をしているのは人材を取り込む意味も大きいはずだ」
■消費は巨大ブランド離れ
――シェアリングの普及など世界規模で新たな消費が現れています。未来の消費はどのように変わっていくでしょうか。
「流れは反・巨大ブランドだろう。今はスタートアップ企業の小さなブランドが、すごく短期間にシェアを取る。ネットでどんどん拡散して、小売店を通じなくても売れるので、あっという間に伸びる。今、米国では10年前になかったようなヨーグルトのブランドが大変な売れ筋だ。『大量生産方式の既存のブランドと違って健康に良い製品です』と打ち出すと、多くの顧客を獲得できる」
「今、米国ではビール市場の2割以上がクラフトビールだ。かたやメーカー世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブが同業との経営統合を繰り返し、どんどん巨大になったのに業績は苦戦している」
――ビールに限らず消費財メーカーの世界大手が苦しい状況です。
「ネスレやコカ・コーラなど世界の有力ブランドの経営トップが過去3年で相次ぎ代わった。経営環境が変化し、株主からの圧力も強い。ブランドから離れる消費傾向をネットが助長している」
――イオンも規模拡大路線を進めてきました。戦略を変更しますか。
「スーパーという業態をとってみても、従来とは違う進化した店をどれくらいもてるか。そして、そこにどのようにネットを絡ませていけるか、という競争になる。大量生産型の加工食品は市場が縮小し、スーパーでもこれまで通りの売り場スペースはいらなくなるだろう。その代わりに何を置くのか。総菜を置くとしても、今のままの総菜では先が知れている。本質的な変革が必要だ」
――どんな小売業が未来に勝ち残りますか。
「日本の小売業は店のサービスレベルや清潔さだけで競い合ってきた。公設市場で生鮮品を仕入れ、加工食品は世界に冠たる問屋がもってきてくれるから、扱う商品でほとんど違いがなかった。だがみんなが同じものを売っている限りアマゾンには勝てない。絶対に独自の商品が必要だ。商品製造からお客に送り届ける物流までを含めた製造小売り(SPA)にならないと生き残れない」
――イオンは今、グループ全体で300社あるが、赤字企業も見受けられます。会社数を絞り込む考えはありますか。
「300社を100社にしても、それだけでは何も変わらない。問題は中身。それぞれの会社が先ほど言ったような意味で変われるか。何年たっても変われない会社は確実に淘汰されていく」
■コンビニ、問題は富の偏在
――世界経済や国際情勢も先行き不透明ですが、日本はどんな道を歩むべきでしょうか。
「この前、フランス大使館で聞いた話は、なるほどと思った。仏は国際社会の中で圧倒的な力を持つ国ではなくなった。だから、誰と組み、どうやって生き延びていくのかが、すごく大事になった。会社も同じで、まさにルノーなども1社ではやっていけないので、どのように他社と組むか、したたかに考えている」
「そして日本も中国に抜かれ第2位の経済大国ではなくなった。米国関係だけを考えていても、これからは生き延びていけないだろう」
――小売業の世界で、圧倒的な存在ではなくなったウォルマートは、グーグルと手を組んだ。イオンもネット企業との提携を考えますか。
「当然それは大事だ」
――セブン―イレブン・ジャパンが加盟店と対立したことをきっかけに、コンビニエンスストアの24時間営業が社会問題に発展しています。
「イオン傘下のミニストップも反省して根本的な解決策を出す必要がある。24時間営業が適正かどうかというのは本質的でない議論だ。コンビニ業界で本部がこれだけもうかっているのは富の再配分に問題がある」
――店舗の粗利益を本部と加盟店オーナーとで分け合う仕組みだが、加盟店の取り分をもっと増やすということですか。
「それによって加盟店がもっと時給を出せれば人は集まると思う。70年代にセブンイレブンが先導してできたのが現在の日本のコンビニの仕組みだ。当時、加盟店は大変もうかったのだが40年が経過し、事業モデルが時代にそぐわなくなった。加盟店には(営業時間の問題を含めて)もっと自主的な判断で経営をする権利があるはずだ」
――岡田社長は現在67歳。35歳の長男で、現在グループ会社で社長を務める岡田尚也氏に社長を継がせる考えですか。
「じゃあ俺はいつまで社長を続ければいいの」
――少なくとも、中期経営計画が終わる2021年2月期末までは交代できないですね。
「中計とは関係ない。いつでも交代は考えている。社内に人は育ってきた。指名委員会でしょっちゅう議論はしている」
■聞き手から 「恐竜化」避ける策は
45歳のとき父・岡田卓也氏から社長を託された。それから22年。大型モールの出店とM&A(合併・買収)を原動力として、売上高を3倍以上の8兆5000億円まで増やした。
近年はメディアの単独インタビューをほとんど受けていなかった。就任当初に考えていたことを、どこまで実現できたのか。改めて聞いてみると「足りないところばっかりだよ」と何度も繰り返した。あながち謙遜だけではない焦りが感じられた。
その理由は、売上高営業利益率が2.5%という低い収益性にとどまらないだろう。店舗を増やし商品仕入れなどでスケールメリットを発揮するという小売業のセオリーを忠実に追求してきたのがイオンだ。その「常識」がデジタル社会の到来で崩れようとしている。ネット時代に対応して店舗のあり方を進化させられないと、大量の店舗が不良資産になるのだ。
米メディアは、大手小売りを「恐竜」に例えるようになった。巨大さゆえに変化できずに滅亡しそうな業種という意味だ。トイザラスやシアーズ・ホールディングスが経営破綻したほか「廃虚モール」も急増している。欧州や中国などネット通販が普及した地域に共通の現象だ。
日本やアジアで合計約2万2000店をもつイオンにとっても「恐竜化」するリスクは膨らんでいる。3年でデジタルやIT関連に5000億円を投じる計画だが、資金だけでは硬直化した企業風土を変えられない。中国のデジタル拠点開設には岡田氏の切実な思いがにじむ。
イオンの前身は呉服の「岡田屋」。260年の歴史を持ち「大黒柱に車をつけよ」が家訓だ。人の流れや街の変化に合わせて店を果敢に移動させて生き延びてきた。創業8代目の元也氏の時代ほど、この家訓が重い意味を持ったことはないだろう。店舗そのものの存在意義が問われるという先人も経験したことがない事態に直面しているのだから。