経済教室

 

「情報の時代」の未来

 


ネットの遺伝子「現実」覆う

 

ビジネス・社会制度を転換

江崎 浩 東京大学教授


ポイント

〇 閉じたサイロ型社会をネットが相互接続

〇 異業種連携や開放型の研究開発が本格化

〇 物理的な社会システムをソフトで構築も

 インターネットは英語で、定冠詞のtheと大文字の”I”を用いて、the lnternetと表記する。世界でただ1つのデジタルネットワークだからであり、国境を越え、地球上のすべてのヒトとモノがデジタル情報を自由に送受信し、利用・加工する環境を実現する。

 そしてインターネットは、物理的なモノの存在を前提にした社会経済活動をデジタルで置き換え、新しいルールに基づく「サイバー・ファースト」な社会経済へと進化させつつある。サイバー空間に閉じ寵もっていたインターネットは、すべての物理空間を飲み込みながら、あらゆろモノとつながるToTやビッグデータという新しいエコシステム(生態系)を形成しつつある。インター不ットの新たな覚醒である。

 

 

 すべての生命体は遺伝子という設計図を持っており、この設計図に従って個体が形成される。英生物学者リチャードード・キンス氏はこの個体のことを遺伝子を運ぶための「生存機械」と位置付けた。遺伝子は交差を続けるごとで多様性を拡張・確保しつつ、一方で淘汰によって収れんされながら、設計図を継承・進化させている。

 インターネットの遺伝子は、理論や権威よりも「実際に動くもの」を尊重し、「あえて最適化しない」 「多様性を尊重する」という技術とシステムを標準化し、持続的な進化を実現した。また、独自技術で閉じたエコシステムを形成するサイロ(格納庫)型の経済社会構造を、インターネットの遺伝子は共通の技術を用いてサイロを相互接続させ、1つのシステムにした。

 その結果、各個人・組織の自律的な投資はインター不ットの成長に貢献し、インターネツ下の成長が各個人:組織へのサービスの向上につながるというポジティブなスパイラル構造を持ったソーシャル・エコシステムを形成することに成功した。

 この相互接続性という遺伝子はその生存機械を、コンピューターの相互接続網の実現から、政府の「ソサエティー5・O」でも示されている「すべての社会・産業システムの相互接続統合網の実現」へと移しつつある。

 組織の壁を越えた情報の流通は、企業のビジネス構造にも大変革をもたらしている。組織の全ての構成員が、外界の個人や組織と双方向で対話することで、迅速で正確な製品・サービスの企画・生産・提供が可能となる。

 これによってベンダー(売り手)主導のプッシュ型サプライチェーンは、ユーザー主導のプル型デマンドチェーンに進化しっっある。潜在的消費者の要求がリアルタイムで提供・共有され、適切な機能を持った適切な量の製品・サービスが需要者に提供され、付加価値の高いものを適量生産する「バリュー・クリエーションーネットワーク」の実現であり、破壊的イノベーション(革新)を繰り返し、今後ますます成長・進化する。



 相互接続性の遺伝子にとって最大の対立遺伝子は「サイロ化」「ブロック化」である。国家による保護主義的な政策との摩擦を発生させる場合が少なくなく、共存のための対話が重要となる。すなわち国を含むすべての組織間(マルチ・ステークホルダー)での自由な情報流通の実現と、サイバーセキュリティーの充実が、インター不ツトの遺伝子が生き残ろために重要で必要な要件となる。

 さらに、相互接続性の形成は、一つのインフラへの投資が複数の目的によって償却される「マルチプル・ペイオフ」を実現する。資源の共有と共用は、品質向上と経費削減、冗長化によるサービスの継続性の向上、無駄の削減による環境改善・省エネルギーへの貢献、さらにデータ利用をてこにした新事業創造の可能性を提供する。

 例えば、デタセンターを拠点とするクラウトコンピューティングシステムの環境は、連携する組織のデータが安全な場所に共存し、効率的で創造的なデータ連携を可能にすると共に、災害時の堅牢(けんろう)性の向上、サイバーセキュリティー機能の向上、人件費と設備費の削減、さらに大きな電力消費量の削減を同時に実現する。

 11年の東日本大震災では、日本のデジタル経済を支えるコンピューターシステムは地震発生時にも運用が続き、世界のデジタル経済システムとのつながりを維持し、人々がSNS(交流サイト)などで個別にコミュニケーションをとれた。インターネット、データセンター、そして日本のデジタル経済システムの高い堅牢性を示した。



 また、インターネットの遺伝子は、垂直統合によるサイロ型の経済構造を、水平統合型あるいは異なるサイロ間で利用可能な複数のプラットフォーム(基盤)から構成されるマトリックス型に変える。

 物流でいえば、まず個別に物流網が構築され、20世紀半ばのコンテナとパレットの登場で物理的なシェアリング(共有)の革命が起きた。そして20世紀後半にインターネットにおいて「IPパケット」(デジタルの小包)が発明され、サイバー空間での”物流”革命がもたらされた。IPパケットは@すべてのデジタルコンテンツは共通のデジタル小包に梱包できる、Aデジタル小包はすべての搬送媒体で流通できる――という性質を持ち、利用と所有を分離するシェアリングエコノミーが実現した(図参照)。

 多様性を持ったすべてのユーザーとサービスが、相互接続性を持った共用のプラットフォームを利用できることで、運用の効率化と競争環境が実現され、品質向上とコストダウンが同時に実現される。プラットフォームの提供者は、多様な利用者から利用料金を徴収することで投資効率を向上させる。一方で、利用者が特定のプラットフォームに拘束されず、最適なものを選択して利用できる環境を維持しなければならない。

 経済構造の変化により、例えば、金融とITが融合したフィンンテックなど「Xテック」のような異業種連携が動き出した。また、米グーグルや米フェイスブックなどが推進する、内部構造や仕様などを公開する「ホワイトボックス」型のIT機器の研究開発などが実現可能となった。

 これは人類が発明した「言葉」「文字」そして「貨幣」にも共通する性質である。今、仮想通貨に代表される「貨幣のデジタル性」の本格的な覚醒は、出版やレコードなどのコンテンツ業界におけるデジタル革命と同じような大革命が起こりつつあろと捉えることができる。

 さらにコンピユーターの「プログラム(=コード)」め発明は、機能・サービスのハドウェアからの解放を実現した。機能・サービスは自由に変更可能となり、専用機器が不要になり、さらに迅速かつ容易に、任意の物理的な場所にサービスの出口を生成・消滅させることが可能となりつつある。

 ソフトウェアで物理的な社会システムを定義・構築することも可能になるだるう。その一例が、DAO(自律分散型組織)という管理者(=経営者)が不在でも自律的に機能する組織で、ブロックチェーン技術を用いてサイバー空間で企業を定義し、必要な物理資源を確保する形が議論されている。この段階においては、インターネットの遺伝子を意識したサイバー空間での迅速なシステム設計と、戦略的かつ適切なルール(=コード)の形成が必要となる。

 

 

 

 

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