グローバルオピニオン
EU分裂の芽 あちこちに
イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長
英国の欧州連合(EU)離脱を巡るやり取りばかりに注目が集まっているため、欧州が長期的に直面する難しい問題は、見過ごされてしまいがちだ。EUは中核となる原則を犠牲にすることなく、欧州債務危機と移民危機を何とか乗り切ってきた。英国のEU離脱の動きを目の当たりにし、欧州懐疑派は離脱を強く主張することを思いとどまったようだ。
EUは誇りにできることが数多くある。特に、デジタル時代の情報通信技術の規制では、傑出した存在になった。欧州に本拠のある世界的なIT(情報技術)の巨大企業はほとんどないが、消費者はたくさんいる。このため、米国などのIT大手が無視できないルールをつくっている。
欧州の課題のいくつかは、対外的なものだ。米欧の大西洋同盟は、第2次大戦以降で最悪の状態にある。トランプ米大統領が退任しても、大幅に改善する保証はない。冷戦を覚えていない世代の出現により、米欧同盟を完全なかたちで維持することは格段に難しくなる。
米欧同盟が重要なのは、ロシアが新たな脅威となっているという背景もある。ロシアの欧州への影響力は、エネルギーの需給に限られていた。ロシア産エネルギーに依存度の高い国はプーチン政権により友好的で、あまり依存していない国は非友好的だったといえる。いまでは、ロシアはさまざまな欧州懐疑派の運動に資金を投じているようだ。ロシアの動きが、欧州各国の国内政治により深く影響するようになっている。
欧州の政府高官は、ロシアが(欧州に懐疑的な)ポピュリストを後押しすることで、5月の欧州議会選挙に影響を及ぼそうとしていると警告した。だがEUにできることはほとんどない。米ロが中距離核戦力(INF)廃棄条約について履行停止を表明したので、軍拡競争が再開され、欧州の安全を直接脅かすことになるだろう。
今後始まる米国と中国の「技術を巡る冷戦」においては、中国は権威主義的な政治モデルを固守するとみられる。多くのEU加盟国は法の支配と消費者の権利を守るため、米国の側につかざるをえない。しかし中国との貿易や中国による投資は、多くの欧州諸国で既に米国を上回っているようだ。対中依存を深めるEU加盟国は、EUのIT全般への規制を順守するのをためらうだろう。EUの政治に新たな亀裂をもたらすことになる。
アフリカが提起する問題もある。移民は、いずれの問題よりも欧州政治を分断するものであることがわかった。移民危機により新たなポピュリスト政党が生まれたほか、古い政党も活気づき、ほとんどのEU加盟国の政治のパワーバランスを変えてしまった。若いアフリカ人がよりよい生活を求めるようになるにつれ、問題はさらに重要性を増すだろう。アフリカ各国の政府は対応が追いつかず、多くの人々が欧州に向かうと予想される。
最近の研究は、多くのアフリカ人が祖国を離れたいと考えていることを示す。アフリカの別の国に向かいたいという人もいるが、4分の1以上は欧州を目指すと述べている。多くの人が欧州に新天地を求めようとしていることが、反移民のポピュリストに、欧州の威信を傷つける新たな機会をもたらすとみられる。ほとんどの移民が最初に到着する南欧のEU加盟国は、他の加盟国が移民の受け入れ手続きと同化の負担を共有しようとしない場合、欧州の威信を傷つけるような姿勢をとるだろう。
言い換えれば、重要な問題に関する欧州の合意形成は、既に大変な緊張を強いられている。今後はロシアと中国、アフリカが、EU分裂の種をまくことになるだろう。
■変わる大国の力学
EUの存続に関わるような問題が見過ごされがちなのは、どれもすぐに取り組むのが難しいからだ。難民や核戦力をめぐる米ロの緊張、米中の新冷戦への対応は、一筋縄ではいかない。底流には大国間のパワーバランスがある。それが大きく変わり、国内政治にも亀裂が生じた。反EUの流れに拍車がかかり、加盟国の結束をゆさぶる。
EUはつねに国際情勢に左右されてきた。かつて大陸と距離をおく英国が前身に加盟できたのも、超大国の力関係が変わったことによる。1960年代に参加を申請、約10年かかった。この間、冷戦の緊張が緩み国際秩序が再編される中で、強く反対していたフランスを説得したことが大きかった。
冷戦終結から30年。かつてなく大国間の緊張が高まっている。60〜70年代とは逆向きの変化が、各国のポピュリスト政党を勢いづかせている。数々の危機を乗り越えてきたEUの粘り強さに期待したい。だが、指摘の通り、英離脱で手いっぱいだろう。すぐに難問打開に動ける力はないようだ。
Ian Bremmer 世界の政治リスク分析に定評。著書に「スーパーパワー――Gゼロ時代のアメリカの選択」など。49歳。ツイッター@ianbremmer Ian Bremmer 世界の政治リスク分析に定評。著書に「スーパーパワー――Gゼロ時代のアメリカの選択」など。49歳。ツイッター@ianbremmer