未踏に挑む
日本電産・永守氏が語る未来
1944年京都府生まれ。苦学し67年に職業訓練大学校(現職業能力開発総合大学校)電気科を卒業。73年に会社を辞め、従業員3人とともに日本電産を創業。世界的なモーター会社に育てた。2018年に京都学園大学(現京都先端科学大学)の運営法人の理事長に就任した。
ロボ時代、製造業死なず
人工知能(AI)やロボティクスで製造業のデジタル化が飛躍的に進む。ドイツ発の「インダストリー4.0」や「中国製造2025」など各国がデジタル革命を競う中、ものづくりの世界はどう変わり、日本勢はどう変革すべきか。1973年にプレハブ小屋で創業し、63件の買収で連結社員11万人の企業に育て上げた日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)に聞いた。
――製造業のデジタル化で世界はどう変わりますか。
「2030年に世界の主な工場が完全自動になるとみている。50年時点で世界人口を100億人として、その5倍の500億台のロボットが働く時代が来る。ドローン(小型無人機)による配送も進むだろう」
「たとえば都心部のビルの中でも工場生産ができるようになる。店先で注文を受けたら即座にその種類のパンを自動でつくり温かいまま提供するといったようなことが想定できる。外科手術もロボがやることになる」
――製品サイクルやコストはどうなりますか。
「30年には大きな社会変革が起き、時間軸そのものが変化するだろう。これまで開発から生産まで10年単位で考えていた製品が、今後は1年ごとに考える必要がある。特に自動車は新製品が年に4回出てもおかしくない。電気自動車(EV)に移行することでテレビや携帯電話のように車はコモディティー(汎用品)化し、価格は5分の1になる。500万円の車が100万円で買えるようになるということだ」
「私は母親が冷たい水でおむつを洗っている姿を見てきた。洗濯機の登場がその状況を改善した。製造業は常に社会の問題を解決するソリューションとして育ってきた。幼稚園の送り迎えで母親が自転車の前後に子どもを乗せ必死に走る姿を見るが、車の値段が5分の1になればその姿はなくなるだろう」
――デジタル化でハードからソフトへの移行が進んでいます。
「米IBMが事業を転換するなど、10年ほど前からソフト至上主義が叫ばれハードの生産技術者は減った。デジタル革命がもてはやされる昨今だが、皆が同じ考え方をするのはおかしいし味気ない。今から世界の工場が自動化され、安くて安全なロボが何億台も必要になる。製造業がなくなったらどうなるんだ。ハードを無視した主張はありえない」
「確かに機器の制御をソフトでできるものは増える。20個の部品で構成されていたものが、技術革新で半分の部品でできるようになる。コストの低減と汎用化はますます進む。同時に複雑に制御するための基幹部品がますます重要になる」
――そもそも製造業はなくなりませんか。
「それはあり得ない。100年先は別にして、2030年、50年まではあるだろう。メーカーがなくなる時はソフトがなくなる時だ」
――日本の総合電機の衰退に学ぶ点は。
「韓国勢とは技術で負けていないが、値段とスピードで負けた。今後は中国勢との競争になる。私は社内で、優れたものをつくる前に競争で勝てるものをつくれと言っている。多角化ではなく技術を深掘りしないと中国には負ける。部品点数の半減、軽薄短小といった技術が必要になる。中国のスピードが5倍速いなら、我々は500人でやっていたことを100人でする。生産性を5倍にしないといけない」
経営、担うべきは技術者
――インダストリー4.0を意識しドイツ企業を買収していますね。
「買っているのは100年生き残る技術力を持っているところだ。職人技術を自動化しながら機械をつくる。職人を自動化しているのがドイツだ。彼らは電子を捨てて、メカで生き残った。日本もやはりものづくりだと思う。狭い意味ではなくて、ソフトも含めてだ」
――日本電産は何の会社になるのでしょうか。
「100年後も成長するソリューションの会社だ。製品の中身は変わっていく。駆動システムが中核になっていく」
――競合する独ボッシュなどは部品自体より移動システム技術に移行しています。
「流行を追う必要はない。人の居ないところに利というものがある」
――今後はどのような人材が必要になるでしょうか。
「ソフトとハードの融合が必要で、複合的な技術者が求められるだろう。昔の医者は何でもできた。医療でいえば総合診療科、多能工化のような方向性だ。自動化で製造現場でも全体の制御や品質維持に限られる」
――日本のエンジニアをどう見ますか。
「経営力がない。欧米ではエンジニアが経営学修士(MBA)を取りに行き経営者を志向する。日本では『私はあくまで技術者なので』と萎縮してしまうし、金を使うだけみたいな技術者もいる。本来、社長というのは事務系ではなく、技術系がならないといけない。米国企業のトップの多くは技術系だろう」
――日本からは米国のグーグル、アップルなど「GAFA」のような企業が生まれてきません。
「日本はもともとソフトが弱い。教育的な背景も含めて金融も向いていないと思う。日本企業が生き残るには自らの良さを重視し、深掘りし、温存して人材を育成していかないといけない」
――大学経営に参画しました。
「最後にカギを握るのが人材だ。大学経営を通じて起業家を育て、エンジニアを経営者にしたい。これまで大学はブランドと偏差値偏重でペーパーテストのできる人間が重視された。時代は変わった。大企業にいたら安心というのではない。これからは自分の道は自分で決める時代だ」
「子どものころから塾に行かされて育つよりも、若いときは遊んで育った方が強い。ニワトリだって放し飼いにしたほうがよいという考え方もある。ゆくゆくはエンジニアを経営者にするのが目標だ。技術と経営を兼ね備えた人が出てくると、日本の強い事業が育っていくはずだ」
カナリアの嗅覚、次代に
――米中貿易戦争が過熱し、世界景気に不透明感が出ています。1月には「尋常ではない変化」と述べ、中国の需要減速を予見しました。
「『中国ショック』を予見し、最近は『炭鉱のカナリア』と呼ばれる。日本政府が戦後最長の景気拡大とうたっている中で大変なことが起こっていた。経営者は景況が少し悪くなってもすぐよくなると思いたいものだ。だが米中の問題は世界恐慌すら巻き起こしかねない状況だと思った」
――今後も不透明感は増しますか。
「政治家は理想を追って理想に向かおうとするが、必ずしもいい結果をもたらさない。今は政治リスクが1000倍くらい上がっていると感じる。だから経営者はリスクを分散しないといけない。これがトップメーカーの使命だ。将来のことは完全に見通せないが、『こうなればこうする』と選択肢をいくつも持っていなければならない」
「ドル相場が1ドル=360円から70円台になった時、日本は破滅するといわれたが、むしろ強くなった。米中問題もどういう結果をもたらすかわからない。いじめられっ子はいじめられて逆に強くなることもある」
――不透明な時代に先を読むにはどうしたらいいでしょうか。
「いくらカナリアでもにおいがないと察知できない。いろいろな変化が起きる中で、絶対になくならないものがある。M&A(合併・買収)でも常にそういうものを先んじて買ってきた」
――日本のオーナー企業の多くが世代交代に苦しんでいます。
「10年間苦しんだのが後継問題だった。カリスマがいればそれが一番いい。でもいないのだ。どれだけ探してもいなかったのだから。結局。創業者は後見人として長生きし、3、4人くらい社長が代わるのをみて路線を定着させるのが一つの形かもしれない」
――"嗅覚"をどう伝えていきますか。同じく京都に本社を置く京セラは「フィロソフィ」など思想を体系化しました。
「まさにその仕組みをつくっているところだ。創業者がリーマン・ショックやタイ洪水など危機にある厳しい局面で何をしたのか、全部記録しておくよう指示した。吉本浩之社長ら後継も苦しい時の経験を自分でしないといけない。彼らにはいつも経営をなめるな、会社は自分たちで守るしかないと言っている」
聞き手から 危機こそ新参組の好機
メモを取るスピードが追いつかないほど次々飛び出す「永守節」は健在だった。 最も熱く語ったのは教育と「人づくり」。永守氏自身、貧しい農家で育ち、小学校では教師から「百姓の子どもが勉強ができて何になるねん」と言われながら、実験でつくったモーターを教師に褒められた。モーターは日本電産の主力事業。技術者育成に力を込めるのは自らの体験が背景にあるのだろう。 「危機の時こそ新規参入組が入る余地が生まれる」と永守氏は説く。日本電産は石油危機が起きた1973年の創業で、省エネの波に乗り高効率モーターで急成長した新参企業だ。 この間、中核事業はモーターと関連するメカ部品のまま。だが主力製品はパソコンのハードディスク用小型モーターから、EVや機械・家電に使う大型モーターなどに代えつつある。 電機業界では、液晶テレビや携帯電話などでコモディティー化と寡占化が一気に進んだ。自らのイノベーションで業界地図を変えてきた永守氏は、自動車業界でも価格破壊が起きるとの予測に基づき対策を練る。 日本電産は2030年度に売上高10兆円と現状の6倍超に引き上げる目標を掲げる。「モーレツ企業」の代表格とされてきた同社らしいが、実は働き方の転換点にある。工場の自動化で「残業ゼロ」による生産性向上を急ぐ。研究所では工場の建設段階から完全自動化をにらんだコンピューター設計とドローンを使う構内物流の実験を始めた。 永守氏にとって次の危機は、最大のライバルとみる中国企業の脅威だ。日本の製造業の新たなモデルを示せるかが問われる。