未踏に挑む
スーザン・ウォジスキ 米ユーチューブCEO
ハーバード大学で歴史と文学を専攻した後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学修士号(MBA)取得。99年にグーグルの創業者らに自宅ガレージを貸したのをきっかけに同社に入社。14年からユーチューブCEO。18年に米フォーブス誌が選ぶ「世界で最もパワフルな女性ベスト100人」で7位に入った。
ネットの暗部、技術で克服
動画共有サイト「ユーチューブ」は2005年にシリコンバレーで誕生した。06年に米グーグル傘下に入り世界規模で事業を拡大し、テレビに取って代わるほどの巨大動画サービスになった。一方、不正投稿の拡散で批判も浴びることもある。先端のテクノロジーの役割、その担い手である企業の責任についてスーザン・ウォジスキ最高経営責任者(CEO)に聞いた。
――インターネットを核としたテクノロジーの可能性をどうみますか。
「テクノロジーは私たちの生活をよくする機会を提供してくれる。活版印刷の発明が情報のアクセス方法を変えたように、ネットは社会に大きな変化をもたらした。今後もそうだ。多くの新しい情報を与え、学びやコミュニケーションの点でとても価値がある。私が仕事をし始めた頃、何か情報が欲しければ図書館に行くしかなかった」
――人はテクノロジーとどう向き合うべきでしょう。
「暗部の議論があるのは分かっている。だがテクノロジーはあくまでも道具だ。未来や多くの仕事はテクノロジーから生まれる。次世代の人は機会を逃さぬようコーディングを学ぶべきだ。誰もがコンピューターサイエンティストになろう、と言いたいのではない。医者もテクノロジーを仕事の効率化に使う時代が来る。新たな病気の発見や、試験方法の確立に不可欠になる」
――世界各地にユーチューブの視聴者がいます。自社が流すコンテンツの社会的な責任をどう考えますか。
「社会的な責任は私が今年最も力を注ぐ事項だ。私たちにはコミュニティー規範があり、アダルトコンテンツのようにユーチューブでは許されないものを明示している。常に各国の法規を追っているが、それでもヘイトや暴力、ドラッグなどは最新の規範が求められる。昨年だけで規範は30回以上変えた」
「毎分500時間分の動画が投稿され、管理するには人と人工知能(AI)の組み合わせが欠かせない。18年には議論を呼びそうな投稿をチェックする要員として1万人を雇った。AIがこうした投稿の発見にとても有効なことも分かってきた。18年10〜12月は800万もの動画を削除し、70%はAIによるものだ。大半は誰も視聴しないうちに削除している」
――とはいえ、3月に起きたニュージーランドの銃乱射事件では惨劇の動画投稿を許しました。
「問題のある投稿をできる限り早く摘発すべく努力しているが、状況が特殊だった。実行犯がフェイスブックでそれを生中継し、声明をネット上に出した。複数の動画が生成され、その動画を視聴した人による別の加工動画も生まれた。動画が再投稿される量も過去に無いレベルだった。なぜ人はこれほどまでに大量の動画をアップするのか、との思いを抱かざるを得なかった」
「流れ込む投稿量が膨大で、最終的には問題動画も報道機関が加工した動画も一緒くたにAIを使って削除した。本来、報道機関の動画は啓蒙の意味から人が介入して残すが、その余裕はなかった。直近の投稿の検索機能を使えないようにもした。こうした経験は今回が初めてだ。できるだけ早く問題の投稿を消去するため、有事に対応すべきだと思えばプロトコル(手順)を変える」
――フェイクニュースやプライバシーの問題など、テック企業への批判をどう受け止めますか。
「ネットで社会が変わることは担い手である企業の責任と裏腹だ。いつの時代でも課題はある。最善のやり方は私たちがテクノロジーをよい方向に使うことを理解し、正しく適用すること。そしてオープンな視点を持ち、どんな課題にも対処することだ」
動画発信、個人がメディアに
――06年にユーチューブに16.5億ドル(約1800億円)を投じ、「まぬけ」と言われた買収の推進役があなたでした。
「グーグルから変容するメディアの姿を見て、私は背中を押された。当時、ユーザーが日常のできごとを動画としてネットに投稿し、他者と共有したがっていた事実にまず驚いた。さらに衝撃だったのは、普通の人の投稿を見たがる人が数多くいたことだ。人は物語を伝えたがり、他人とつながりたがっていた」
「当時の動画はプロの制作者がテレビ向けにつくるものがほとんどだった。だが私は最初から『ここから新たなヒットが生まれる。大きなプラットフォームになる』と確信していた。現在ユーチューブは1カ月に20億人が視聴し、世界100カ国以上で展開するほどに大きくなった」
――今や米アップルも動画配信に参入し、安泰ではないのでは。
「私たちの強みはコンテンツの量とチャンネルの数だ。テレビの場合、チャンネルが増えてもコンテンツは限られていた。ユーチューブはユーザー自身がチャンネルを持ち、ジャンルも楽器やスポーツといった趣味から教育まで幅広い。どんな会社も自社製品の使い方を紹介するチャンネルを持てる」
「(自ら動画を投稿して稼ぐ)『ユーチューバー』と呼ばれるプロ化したユーザーの存在も強みだ。かつては自分が見たものや趣味を普通の人たちが投稿する場だった。今、多くのユーチューバーは背後にメディア企業を抱え、コンテンツの作成に特化している」
――メディアと言っても遜色がないビジネスモデルに見えます。
「伝統的なメディアでは多くの放送局がコンテンツの制作と配信を手掛けていた。ユーチューブは配信のプラットフォームで、クリエーターにはならない。注力し得意とする分野は、テクノロジーを駆使したあらゆるコンテンツの配信だ」
「スマートフォンからテレビまですべての媒体で視聴でき、数百万のチャンネルで(個々人に最適化する)パーソナライゼーションを通じた動画の検索も可能にしている。今後も仮想現実(VR)、ライブ配信などあらゆる動画に対応していく」
多様性が企業を強くする
――女性として職場の多様性にも配慮しています。
「ユーチューブはグローバル企業だ。20億人の多様なユーザーがいて、数百万人のクリエーターが参加している。あらゆる地域やバックグラウンドを代表する必要がある。CEOの最大の任務は最適な人員と最適な戦略を持つことだ。組織には皆が常に同じことを考える『グループ思考』のリスクがある。働く人が多様性に富めば『何かを見落とす』というCEOが最も恐れる事態を防ぎ、会社がよりオープンな視点を持つことができる」
「ユーチューブでは毎週金曜日の夕方、社員誰もが私に質問できる場を設けている。質問を受ければ、会社や世界で『何が起きているか』という核心に直接触れることができる。多様なユーザーと従業員を抱えていれば、質問はありとあらゆる分野に及ぶ。多様性に富むグループを持つことで会社は強く、よりよくなる」
――5人の子供を育てながらCEOを務めています。両立の秘けつは。
「私が99年にグーグルに入った時には妊娠5カ月だった。グーグルで最初に産休をとったのは私だ。『秘けつは?』とよく聞かれるが、それはおそらく秘けつでも何でもない。まず非常に献身的な夫に恵まれている。彼はフルタイムで働きながらサポートしてくれる。そして、私は仕事において何が最重要か絞り込むよう、キャリアを通じずっと心がけてきた。結果的にあまり時間を割く必要がなさそうな仕事にとらわれない癖がついた」
――勤務時間を1日4〜5時間程度に減らすという感じでしょうか。
「だったら最高。でもたぶん1日10時間は働いている。とはいえグーグルの制度で業務にかなり柔軟性を持たせ、うまく仕事を回せている。子供の学校の会議があったり、誰かが病気になり医者に行くことになったりすれば会社を休める。そういう状態が仕事をよりよくしている。今、私が子供に『仕事を辞めようか』と聞くと子供は反対してくる」
【聞き手から】 共感される進歩へ
ユーチューブは広告から収入を得て、代わりに動画の視聴を無料とすることで世界20億人ユーザーの支持を得た。近年はそのユーザー数を生かしテレビ番組や音楽を課金のうえで配信するビジネスも始めた。売上高は非公表だが、企業価値はいまや1600億ドル(約18兆円)を超えるとの試算もある。同規模の企業価値がある米ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEOは「我々よりも早く動画に目をつけていた」と、重要なライバルの一社に挙げる。 一方、誰でも動画を投稿できる「プラットフォーム」として拡大を続けてきた半面、課題も増えている。1分間に投稿される動画量は400時間、500時間とここ数年は増加がとまらない。日々膨大な情報を扱うなか、ニュージーランドでの銃乱射事件の動画のような「世に出すべきではない」コンテンツの拡散を防ぐ知恵が求められている。 欧州を中心にテクノロジー企業への規制論も高まるなか、ウォジスキ氏が示すのは企業自身による問題解決だ。99年、同氏はスタンフォード大学生だったグーグルの2人の創業者に自宅ガレージをオフィスとして貸したことを機に、16番目の社員としてグーグルに入社した。発言の底流には「テクノロジーが世界を良くする」という、シリコンバレー共通の信念がある。 とはいえフェイスブックの不祥事が示すように、前進のみでは「シリコンバレー流」も支持されない。今のテクノロジーの世界への影響は、同氏が挙げた活版印刷の発明とは比べものにならないほど大きいからだ。ヒントは同氏が言う「多様性」にあるのではないか。求められるのは人種や文化を超え、世界中の声を代弁できるテクノロジー。ガラスの天井ともいわれる女性の壁を乗り越えてきた経営者だからこそ、シリコンバレーの次の流儀を構築することを期待したい。