経済教室70周年


資本主義の未来C

 

 

「変革する力」取り戻せ



技術革新の速さ対応急務



大田 弘子 政策研究人学院人学教授

ポイント


○ 制度の改革が遅れると「政府の失敗」招く


○ 第4次産業革命で技術革新は格段に速く


○ 規制改革の問題、税制・社会保障にも共通



 資本主義を機能させるには「市場の失敗」など、その欠陥を是正する仕組みの設計が重要だ。例えば利用者がサービスの質を判断できない場合(情報の非対称性)、事業者の参入やサービスの質を規制する必要がある。

 しかしその規制が必要性を失っても、事業者は撤廃に強く反対するように、一度つくられた制度を変えるのは簡単ではない。制度の改革が遅れると、産業の活力低下などの市場のゆがみを生み、今度は「政府の失敗」が生じる。

 いま資本主義の姿は、デジタル化を核として変容しつつある。デジタル化がビッグデータ、人工知能(AI)、あらゆるモノがネットにつながるIoTなど、第4次産業革命と呼ばれる新たな段階に入った。それらが日常生活に浸透するとともに、イノベーション(技術革新)のスピードが極めて速くなり、市場の構造も不連続に変わっている。

 この変化をいかに迅速に受けとめ、さらには変化を起こす側になれるかが、企業の将来を左右する。それと同様に資本主義の欠陥を是正するはずの制度もまた「変革する力」を内包していなければならない。制度改革の遅れがもたらす弊害は、ここへきて格段に大きくなっている。

 本稿ではデジタル化による市場の構造変化と、そのスピードに追いつけない規制や制度の問題点、およびその背景にある要因を考えたい。

 最近のデジタル化がもたらす市場の構造変化は、第1に技術やビジネスモデルの転換が短期間に起きることだ。画期的な技術が生まれるスピードも速いが、それが普及するスピードも速い(図参照)。

 第2に事業の担い手が大きく変化しつつあることだ。他の事業分野からの参入だけでなく、個人が事業の担い手になることもある。例えば民泊では仲介事業者が大きな役割を果たし、個人が宿泊サービスの担い手になる。魅力的なデジタルプラットフォームを構築した事業者は、自らの企業規模に関係なく膨大な数の利用者を集め、そこで蓄積した情報を糧に新たなビジネスモデルを生み出し、既存の産業分野の垣根を崩していく。

 第3にこの動きが一気にグローバル展開されることだ。世界中の人がインターネットにつながる状況下で、最初から国内と国外を意識せず、グローバルにビジネス展開をする企業が多数登場する。



 こうした市場の変化に対して、現在の制度改革がいかなる問題を抱えているか、筆者が担当する規制改革を例にとって考えてみよう。

 いま起きている市場の変化に対し、日本の規制を巡る構造は極めて不適合にできている。第1に日本では「まずやつてみよう」ということができない。規制緩和後に問題が起きると、その対処策を議論するよりも前に、規制改革全体への批判が広がりがちだ。イノベーションにつきものの試行錯誤が許容されない。

 第2に日本の規制は業種ごとに細かく分類された「業法」を根拠とするため、産業や業態をまたいで複合的に起きる技術革新や業種を横断する二ーズの登場に対応できない。

 第3に業と官の結びつきが変革を遅らせる。規制当局は、業法が対象とする既存事業者とは常に意思疎通を図っているが、新規参入しようとするイノベーターはこの結びつきに入れない。政治も含めて供給側の現状維持を図る力が強いがゆえに、規制の変革には膨大なエネルギーと時間を要する。

 そしてこの裏返しとして、利用者・消費者の利益を反映する機能が弱い。最近の技術革新は消費者利便を原動力とし、供給者と消費者が相互作用しながら進化するものが多いから、この点は致命的だ。

 不要な規制がいつまでも残ると、価格高止まりや産業の活力低下などの弊害を招く。さらに今後は当該産業にとどまらず、広く社会の様々な場での技術革新や、新産業の創造が阻まれることになろう。最近の技術革新は、個別の産業を越えて流通やファイナンスなどの横断的分野で起きたり、シェアリングエコノミーのように全く新しいビジネスモデルをもたらしたりするからだ。しかそのスピードは極めて速い。

 現在の規制体系のままでは将来の成長機会が損なわれる可能性が高い。市場や産業の構造変化が大きいだけに、個々の規制のみならず、法体系そのものを見直す努力が必要だ。これは相当に大掛かりなことではあるが、試みがなされた事例はある。

 通信・放送の分野では、両者の融合が急速に進むにもかかわらず、全体で9本の縦割りの法律が存在し、新たなビジネスモデルを持つ事業者が多様なサービスを提供する形態になっていなかった。

 そこで法改正の過程では、事業ごとの縦割り型法体系を伝送、プラットフォーム、コンテンツといった横断的機能のレイヤー(階層)に応じた横割り型法体系に大胆に組み替えることが検討された。結果的には放送法制の一本化、電気通信事業法制の一本化にとどまったが、これは産業構造の変化に法体系を対応させようと試みた貴重な事例だ。



 さてここでは規制改革を例にとったが、@現状を維持しようとする力の強さ A多様な主体の意見が反映されにくい仕組み B省庁ごとの縦割りの政策体系――という要素は、税制や社会保障など他の制度の議論にも共通しており、その改革を遅らせている。「変革する力」の弱さは規制政策にとどまらない。

 これらの問題は、第4次産業革命が日本経済にもたらす新たな可能性を狭めるだけにとどまらない。AIが将来の雇用や所得分配にどのような影響を及ぼすのか現時点ではまだみえないが、どんな影響を受けるにせよ、税制や社会保障制度、雇用制度などを変えていく力を持たなければ適切な対応はとれない。

 政策は幅広いステークホルダー(利害関係者)との調整の中でしか実現しない。そうではあってもスピード感を持って意思決定し、途中で問題点を修正しながら良い制度にしていく仕組みが必要だ。一度決めたらなかなか変えられないというのでは、技術・人材・資金など、日本が持てる資源を最大限に生かすことは決してできない。

 日本の政策決定プロセスは2001年の省庁再編を機に大きく変わった。経済財政諮問会議など首相主導の政策決定プロセスがつくられたことで、難しい政策課題や複数の省庁にまたがる問題について透明性とスピード感を持って議論する仕組みができた。これが経済構造改革の推進力となったことは間違いない。

 この仕組みをべースとしてさらに歩を進め、個々の制度改革をより柔軟に、かつ戦略的に進めるための政策決定プロセスをつくり出す必要がある。それは @産業構造の変化に対応した横割りの視点 A利用者・消費者の視点 B多様性を包含する視点――が重視され、データや理論に基づく議論がなされるプロセスでなくてはならない。

 戦後、資本主義は様々な課題を突きつけ、日本はその都度解決の努力をしてきた。第4次産業革命も日本経済に新たな可能性と課題をもたらしつつある。ただし今回は変化のスピードが非常に速いことが特徴であり、日本の経済政策にとっては大きな挑戦だ。危機感を共有しながら、旧来の政策決定プロセスを根本から見直し、次世代により良い成長の姿を引き継ぎたい。

 

 

 

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