経済教室70周年


資本主義の未来@



「3つの挑戦」に備えよ



大衆迎合・中国・AIが焦点



岩田 一政  日本経済研究センター理事長

 

ポイント

○ 戦前並みに世界でポピュリズムが広がる

○ 中国のデジタル国家主義と民主主義対立

○ AIとの融合できない部門は大量失業も



 現代の資本主義は3つの挑戦に直面している。第1がポピュリズム(大衆迎合主義)による「リベラルな国際秩序」に対する挑戦、第2が中国によるデジタル国家主義の挑戦、第3が人間の知性を超える人工知能(AI)の登場である。

 

 


 世界でポピュリズムの台頭が著しい。世界最大のヘッジファンド、米ブリッジウォーターが示したポピュリズム指数は、戦前の1920〜30年代の高水準に比肩するところまで高まっている(図参照)。

 ムッソリーニは22年、イタリアでファシスト党を率いて連合政権を樹立し、45年に処刑されるまで独裁者として君臨した。若きムッソリーニはスイスのローザンヌ大学でヴィルフレド・バレートの講義を聴講した。革命や政治レジーム(枠組み)の変化があっても変わることのない富の行き過ぎた不平等に対するパレートの怒りに強く共鳴した。

 現代のポピュリズム台頭は金融資本主義の過度の拡大よるグローバルな金融危機の発生と富の偏在に根差している。またデジタル技術とそれに秀でた人材を活用するスーパースター企業と技術革新に乗り遅れた企業とのパフォーマンス格差拡大がみられる。

 保護貿易措置を取引材料とするトランプ米大統領を支持する層は、技術革新とグローバル化に取り残され相対的な社会地位が低下した人々だ。米国で薬物(鎮痛剤オピオイド)やアルコール依存により白人の平均寿命が短くなっていることは、いかに米国社会の病理が根深いかを物語る。

 リベラルな国際秩序の維持には、ポピュリズムに依存しない米国型資本主義の再生が求められる。「黄金律の成長理論」で名高いエドムンド・フェルプス米コロンビア大教授は、米国が飛躍した時代(1820年代〜1960年代)の経験に基づき、米国の再生を草の根民主主義と草の根ベンチャーの再興に求めている。もとよりリベラルな秩序は「自立した個人」のリーグーシップに支えられていることを忘れてはならない。

 一方、欧州の社会民主主義型資本主義は、社会集団の有機的な関連と協調を重視するコーポラティズム(協調主義)に基づくシステムだ。フェルプス教授は、その将来は戦前のイタリアやドイツのように民間部門を国家の下に従属させる「抑圧された経済社会システム」の形成につながるとして退けた。

 ただしパスカル・ラミー前世界貿易機関(WTO)事務局長は、米国型資本主義には社会保険や社会的な連帯といったコンセプト(概念)が欠如しているため、保護貿易主義が大手を振ってまかり通るという反論をしている。



   
 ところがイタリアでは反欧州連合(EU)、親ロシアのポピュリスト連立政権が成立した。またトランプ大統領には、なぜか独裁者としてのロシアのプーチン大統領への個人的な思い入れがあるようだ。一方、ロシアは領土拡張を基本理念とする「ユーラシア的価値観」に基づき、リベラルな国際秩序を敵視してきた。

 歴史的にはロシア帝国はモンゴル帝国の一部として建国された。岡田英弘・東京外国語大名誉教授は著書「世界史の誕生」で、現代中国とロシアの共産党政権はモンゴル帝国の直接の後継国家だと論じた。中国の王岐山・国家副主席も3年前に青木昌彦・米スタンフォード大名誉教授、フランシス・フクヤマ・同大シニアフェローらとの座談で「世界史は東西の文明を最初に結び付けたモンゴル帝国の誕生に始まる」とする岡田名誉教授の歴史観を高く評価している。

 中国の広域経済圏構想「一帯一路」も帝国による世界支配の夢と重なる。「海と陸の戦い」が太平洋・インド洋とユーラシア、さらには宇宙を舞台に始まっている。覇権国は新興の覇権国に取って代わられることを恐れるがゆえ、`戦争が勃発するという「ツキディデスのわな」に米中は陥りつつあるようだ。中国はデジタル国家資本主義により「リベラルな経済秩序と民主主義」を基礎とするシステムへの挑戦を始めている。デジタル技術の覇権争いが重要であるのは、それがかつてないほどに政府による個人の徹底的な監視を可能にし、自由な民主主義システムに代替する「権威主義的社会システム」をつくり上げることを可能にしているからだ。

 ジョージ・オーウェルは小説「1984年」で、「テレスクリーン」を通じて独裁者が日常生活をすべて監視する社会で、経済データの改ざん(歴史・公文書の改ざん)を職務とする「真理省」の役人が任務に疑念を抱いたため廃人となる悲劇を描いた。このディストピアでは、偽りの過去をつくることにより未来をコントロールすることが可能だ。

 デジタル技術を活用した中国政府による個人情報の管理は、テレスクリーンの域をはるかに超える。2014年に導入された「社会信用システム」は、個人への商品・サービスの供給をパーソナライズすることを可能にする。その一方で、個人情報をすべて政府が管理することにより、個人の日常生活を完全に社会から隔離することも可能だ。

 中国はインターネット世界に選別的な検閲制度を構築するとともに、世界のデータを自由に収集する一方で、データをすべて国内で管理する体制を築いている。また中国人民銀行(中央銀行)は、中銀口座を通して電子取引などを決済することを、すべてのプラットフォーム企業に要請している。中銀による仮想通貨の導入は、キャッシュレス化が進むスウェーデンよりも中国の方が早い可能性があり、国際通貨体制に地滑り的な影響を与える可能性がある。

 個人のプライバシーを確保しつつ、国境を越えるデータの自由な取引を可能にするグローバルなインターネットガバナンス(統治)の構築は喫緊の課題だ。



   
 最後の現代資本主義に対する挑戦は、人間並みあるいは人間を超えるAIの登場だ。

 AIが人間の能力を超える「技術的特異点(シンギュラリティー)」を迎えるとの予想は、コンピューターの父と呼ばれる数学者フォン・ノイマンの「オートマトン」の研究に始まる。30年代に人間並みのAI、45年には人間の知性を超えるAIが実現するとの予想もある。人間並みのAIが創造されれば、人口減少をはじめ多くの社会問題を解決することが容易になろう。

 AIは既に深層学習(ディープラーニング)を通じて眼(め)をもつ。生物進化の歴史の中でも眼の発生は、約5億3千万年前の地球に一斉に多様な生物が現れた「カンブリア大爆発」を引き起こし、進化プロセスを躍進させた。

 シンギュラリティーの下では、超人AIは人間よりも賢いので人類を「役に立たない」ものとして滅亡させるリスクがあると憂慮する科学者もいる。経済の面では、AIとの融合で人間の能力を飛躍的に高めるA1部門と、AIとの融合ができない人々による非AI部門との間に巨大な不平等をつくり出し、大量の技術的失業を生み出すだろう。

 アントン・コリネク米バージニア大准教授とジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授は、生産性が指数的に伸びるAI部門は、非AI部門の人々の生存に必要な資源すら奪う「マルサス均衡」をもたらしかねないと論じる。そうなる前に、人類全体の生存に必要な資源確保のメカニズムを備えておくことが求められる。巨大IT(情報技術)企業に対し税制や競争法上の制約が加わりつつあることはその前触れともいえよう。

 

 

 

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