Financial Times

 

ドイツ、対中政策に苦悩

 

ウォルフガング・ムンヒャウ ヨーロッパ FT commentators

 

 現在、欧州連合(EU)にとって、特にドイツにとって直面している最大の地政学的な懸案は、今後の中国との関係だ。

 ドイツのある経済誌が2月末、メルケル独首相の経済顧問がスパイ活動防止協定を締結できないか可能性を探るため中国を訪れたと報じた。この種の協定は通常、結んでも実質的には何の意味もなさない。メルケル首相の顧問が中国を訪問した背景には、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が、ドイツの次世代通信規格5Gの通信網構築に向けた入札への参加を求めていることがある(決定は3月中に下される予定だ)。スパイ活動防止協定を締結できれば、ドイツとしては、中国は安全保障上の脅威にはならないと主張できるというわけだ。

 

独、欧州域外企業による買収の審査基準強化

 ドイツと中国の経済的関係には興味深い面がある。ドイツの中国に対する思いは微妙だ。ドイツは、ファーウェイが持つような中国の技術を必要としている。ドイツの携帯電話各社は、自社の通信網で既にファーウェイの製品を利用していることから、ドイツの5G通信網の入札に同社も参加してほしいと強く考えている。

 だがドイツは同時に、中国企業がドイツの技術を取得することに懸念も抱いている。ドイツには、欧州域外の企業がドイツ企業に出資する場合、25%以上なら政府が自動的に審査を開始するという法律がある。独政府は昨年12月に、この審査対象を10%以上の出資案件に拡大することを決めた。また、ドイツのアルトマイヤー経済相は最近、航空、金融、通信、鉄道、エネルギー、ロボット工学など、あらゆる分野のドイツ企業を中国企業による買収から守ることを意図した新しい産業戦略を提案した。 

 

EVのバリューチェーンの支配狙う中国

 ポルトガルの元欧州担当相、ブルーノ・マサエス氏は最近出版した著書『ベルト・アンド・ロード』の中で、中国とドイツの関係は大きく変容したと書いている。ドイツはかつて中国を機械類の輸出先市場とみて、中国はドイツ製の機械を使って自国の産業基盤を発展させていくだろうと考えていた。だが最近、両国の関係では、中国の方が優位になりつつある。

 今後は、自動車産業がカギになるだろう。自動車産業は、これまでドイツ経済の成功の根幹をなす産業だったが、これからは中国が繁栄していくうえで中核となる産業でもある。しかし、両国には相対立する利害が存在する。ドイツの自動車産業はあまりにも長くディーゼル技術に依存してきたために、人工知能(AI)や電気自動車(EV)向け電池といった分野への投資で後れを取った。

 マサエス氏は、中国は全く異なる戦い方をしている、と指摘する。中国は生産工場の確保は重視しておらず、むしろEVを巡るバリューチェーン全体を支配しようとしているという。

 そのために中国は、EV向けリチウムイオン電池の製造に欠かせないコバルトの世界的な供給源の大半をすでに押さえている(編集注、コバルトの生産量世界一はコンゴ民主共和国だが、その産出量の大部分は中国企業が押さえているとされ、英調査会社ダートン・コモディティーズによると、世界で採掘されるコバルトの8割は中国が精錬しているという)。

 

安全保障と産業を一体で考える中国の発想がない

 ドイツの通信各社は自社の通信網に既にファーウェイの製品を使っているため、同社にドイツの5G通信網の入札に参加して欲しいと考えている=ロイター 画像の拡大 ドイツの通信各社は自社の通信網に既にファーウェイの製品を使っているため、同社にドイツの5G通信網の入札に参加して欲しいと考えている=ロイター

 ドイツと中国には共通点も多い。どちらも経済が輸出主導型で、対外収支の黒字が積み上がっている。しかし、ドイツの経済戦略は一貫性に欠ける。ドイツが政治で重視するのは、公的債務の削減だ。しかし、ドイツにとって今、最大の問題は技術開発競争で後れを取っていることだ。長年にわたり過度な緊縮財政を続けてきたために、道路や通信網およびほかの新しい技術への投資不足が顕著となっている。

 ドイツは防衛面でも投資を控えすぎた。フォンデアライアン独国防相は最近、防衛予算を現在の国内総生産(GDP)比1.3%から23年までに1.5%に引き上げる計画を提案した。しかし、ショルツ財務相はこの案に反対している。

 この防衛費を巡る議論は、欧州が抱える根本的な問題を象徴している。

 EUでは中国と異なり、マクロ経済政策も、産業政策も、外交・安全保障政策も、全く別々に進められる。ファーウェイの5Gへの入札問題は、EUが安全保障政策と産業政策が重なるような分野について十分に考え、運営していく備えができていないことを浮き彫りにしている。また、EU加盟各国は厳しい財政規則が、ほかの分野、特に防衛や安全保障政策に、どのような影響を与えるかという点にもさほど注意を払ってこなかった。これに対し、中国は、経済政策と外交政策を常に一体的にとらえて運営している。

 中国が人民元を国際通貨にしようとしているのもその一例だ。中国の最終的な狙いは、商品市場における通貨ドルの独占的地位を突き崩すことだ。欧州の政治家は、このように複数の政策分野にまたがって考えることに慣れていない。特にドイツは、ユーロ圏がユーロを国際通貨にすべく動くことを決して望んではこなかった。

 以前はドイツの超保守的なマクロ経済的考え方は、ドイツ産業界の利害とほぼ一致していた。だが、状況は変わった。EUは米国と中国という2つの対立する経済大国に挟まれて動きがとれなくなっているうえ、ユーロ圏は危機に陥りやすい通貨体制となっている。

 

緊縮政策続けてきたツケに直面するドイツ

 公的債務を削減するかどうかは政治的な選択の問題だった。もしドイツが緊縮策をとるのではなく、財政を成り行きに任せ、防衛分野や将来の産業の競争力につながるような投資をしていたら、今日の状況は全く異なっていただろう。しかし、そうするためにはある程度の地政学的な戦略的発想が求められる。しかし、そうした考え方は、EUのどの国の政策議論にも欠けている。

 欧州各国はこの10年、ユーロ危機など自分たちの問題の対応に追われ、あまりに内向きになっていたため、今のような事態の到来を予期していなかったのだろう。そして突然、中国企業による買収から自分たちを守らなければならないとの必要性を認識するに至り、ここへきて保護主義が台頭し始めた。これまでは危機感に欠けていたが、まさにパニックに陥ろうとしているということだ。

 

 

 

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