グローバルオピニオン

 

権威主義が選ばれる時代

 

イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長

 

 中国では30年前、北京の天安門広場での抗議行動が、独裁政権を瀬戸際まで追い詰めた。ソ連の崩壊時、与党内で政府を批判していた人物(エリツィン氏)が、ロシアの初代大統領として政治権力を手にした。米国には、手ごわいライバルはいなかった。欧州では、西側が東側を歓迎した。世界の主要先進国に、戦う理由はほとんど残っていないようにみえた。紛争の世紀の終わりが、民主主義の勝利を確実にしたと思われた。

 ところが歴史は、別の計画を携えていた。現在、民主主義国家のほとんどで数十年ぶりの二極化が進む。米国や英国、フランス、イタリアに加えメキシコ、パキスタン、ブラジルのそれぞれの有権者は既成の政治勢力を拒否し、変革を望んでいる。こうした国以外でも、異なった政党間の共通基盤は消えつつある。米人権団体フリーダムハウスによると、国民の政府に対する信頼感は記録的な低水準にあるという。

 トランプ大統領の米国ほど分断の深刻な国はない。欧州統合の夢は欧州連合(EU)の内部、特に(統合強化に懐疑的な勢力が政権を握る)イタリアやポーランド、ハンガリーから大きな挑戦を受けている。

 一方、台頭する中国では、習近平(シー・ジンピン)国家主席が毛沢東氏以来みられなかったほどの権力基盤を固める。権威主義的な資本主義経済モデルも採用している。世界の多くの政府や市民は、中国を安全と安定、機会の源泉とみなす。米国や欧州は、政治の機能不全と、政府に対する国民の嫌悪感を代表するような存在とみられている。

 民主主義は近年、どのくらい支持を失ったのだろうか。米国や欧州をはじめ先進民主主義国の統治機関は、強靱(きょうじん)だ。こうした国々が規定する、権力へのチェックが、社会が衝撃に耐える一助になる。米国では野党議員や裁判所、メディア、官僚制度が、拙速に自分のやり方を通そうとするトランプ氏を押し戻す。

 英国では、EU離脱協定案を巡り、議会が(強硬離脱派)議員にブレーキをかける局面があった。西側の欧州で選挙によって選ばれたリーダーの中で、自らの政権が続くと(絶対的な)確信の持てる者はいない。トルコやポーランド、ハンガリーのような若い民主主義国においてさえも官僚制度や裁判所、ジャーナリスト、野党、怒れる有権者が、選挙で選ばれたポピュリストの説明責任を問うことができる。

 最近のギリシャの状況は、民主主義の強さを示している。ギリシャは、1930年代の米国よりも深刻で長く続いた恐慌に耐えた。恐慌などを受け、比較的新しい急進左派連合(SYRIZA)が権力の座についた。ただ急進左派連合は、ギリシャの将来への信頼を取り戻すため、欧州の機関や国際通貨基金(IMF)と協力するという約束を守っている。

 だが民主主義が、深く根付いた国で持ちこたえたとしても、大団円というわけにはいかない。特に通信や個人データを取得するような新しい技術が、民主主義が他の国に広がるのを防ぐ一助になるからだ。

 天安門事件からソ連の崩壊、(2010年末からの)アラブの春の初期における政権の瓦解まで、独裁者が権力の座にとどまり続けることは通信技術の進歩により不可能になるとみられた。市民同士のコミュニケーションを制限できなくなった世界で、独裁者が国内の情報の流れを統制し、どのように権力を維持できるのかと多くの人が考えた。

 ところが、政府は新しい技術を使った保身の方法を考案した。(11年から続く)シリア内戦が一例だ。内戦の初期、ロシアはアサド大統領率いるシリアに数百人のデータエンジニアやアナリストを送り込んだという。シリア軍がソーシャルメディアの書き込みやアカウントなどを調べ、政府に反抗する可能性が高い者を特定して逮捕するのを、支援したようだ。低コストのプロジェクトは、シリア政府が反政府勢力と盟友を分断するのに、極めて有効といえた。

 中国は、内部に不満分子を抱える。反政府勢力のひとつは、新疆ウイグル自治区を拠点にしている。イスラム教徒の少数民族であるウイグル族が、政治・経済的な差別と再教育の強要などに直面してきた地域だ。暴動が発生した際、中国政府が自治区のインターネットをつながらないようにしたこともあったという。

 現在、中国政府は顔認証技術とビッグデータの発達を利用して「トラブルメーカー」になる可能性のある者を特定し、大規模な抗議デモのリスクを減らそうとしているようだ。ロシアや中国政府の利用できるような監視技術は、急速に進歩し、幅も広がっている。

 技術と同様、民主主義も進化する。独裁者が一生、統治を続けられると確信を持てる人はいない。しかし世界の多くの政府にとって、永続的で権威主義的な統治が、以前よりはるかに現実的な選択肢になっている。

 

 

 

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