未踏に挑む
ネットフリックスCEO リード・ヘイスティングス氏
1960年ボストン生まれ。アフリカでの数学教師のボランティア経験を経て88年、スタンフォード大学で人工知能(AI)学を修了。91年にピュアソフトウェアを起業し97年に売却。同年にネットフリックスを創業。
コンテンツに第3の革命
既存産業を新たなものに置き換えていくディスラプター(破壊者)。映画やテレビの世界では米ネットフリックスがその代表例だ。インターネットによる動画配信ビジネスはコンテンツ産業のあり方を変え、米ケーブルテレビ業界の再編の呼び水にもなった。デジタル革命は何を壊し、何を創るのか。リード・ヘイスティングス最高経営責任者(CEO)に聞いた。
――2007年に始めた動画配信はいまや既存の映像メディアを脅かす存在です。
「インターネットによってコンテンツの世界に革命が起きている。それは過去120年の映画やテレビの誕生に匹敵する第3の革命ともいえる。昼でも夜でも関係なく、見たいときにいつでもオンデマンドで動画を見ることができる。視聴のための媒体もテレビからスマートフォン(スマホ)まで、その人に見合つたものを選べる時代だ」
「直近にどの作品をどこまで見たかといったユーザーデータの分析も可能になった。我々はユーザーの嗜好を2000にまで細分化して整理している。世界中から集めた大量のコンテンツから、個々のユーザーに適した動画を『推薦』として表示している」
「例えば我々はシンガポールを題材にしたドキュメンタリー番組をつくっている。万人向けではないが、シンガポールの文化やノンフィクションが好きな人には世界中で評価されている。データを駆使してその作品を見てくれそうな人に『推薦』をしているからだ。こんなことは20年前には考えられなかった」
――もともとは1997年、DVDの郵送からビジネスを始めました。
「スタンフォード大学でコンピューターサイエンスを学んだ際、大量のデークを効率的に届けることの大切さに気がついた。当時は動画配信にはネットの速度が不十分だった。ビデオテープでなくDVDを送ることは、情報をデジタルで届ける『デジタルディストリビューション』の先駆けになると確信していた」
「念頭に置いていたのはビデオレンタルのブロックバスターとアマゾン・ドット・コムの間のようなものだ。それを土台に契約者を増やしていった。インターネットの進化で動画配信の時代が来ることは当時から分かっていた。DVDでその準備ができた」
――動画市場に他社も参入を始めています。
「最初に意識したのは05年に無料動画を流し始めたグーグルのユーチューブだ。動画配信を手掛けるアマゾンとはもう10年競つている。そしてアップル、さろに優れたコンテンツを抱えるウォルト・ディズニーも競合として出てくる。独自コンテンツなど、他社にない独自性を訴えていく」
「ただ競争はゼロサムではないと思っている。いま、人は異なる内容の複数の雑誌を購読しているが、動画も同じことになるだろう。私の場合、アマゾンとユーチューブとネットフリックスそれぞれを契約して好きな動画を見ている。作家や俳優などクリエーターに流れるお金が増えるという点でプラスでもある」
――デジタルの時代、1T(情報技術)大手がコンテンツ市場でも存在力を高めそうですか。
「テック企業は今後いくつかの面で強みを発揮するだろう。ただ、ディズニーなどコンテンツ企業も長年の蓄積というアドバンテージがある。コンテンツ企業はテックから学ぼうとしており、テックはコンテンツ企業かろ学ぼうとしている」
「ただ、データが万能かというとそうではない。例えばエンターテインメントの世界は、はやりを事前に見つけるのが最大の課題だ。データは世界中のユーザーの過去の視聴の共通性を教えてくれるが、新たなコンテンツとして何が評価されるかを考える際にはそれほど参考にならない」
異なる文化動画がつなぐ
――最近は米国以外のユーザーの獲得に力を入れています。
「フェイスブックやユーチューブなどインターネットの利用を世界で分析すると、米国はわずか10%分しか占めないことがわかる。残る90%は海外だ。そして米国は世界人口の5%の位置付けでしかない。成長のためには世界に出ていくのは当然だ」
「そして我々こそが過去に存在しなかったグローバルなテレビネットワークをつくった企業でもある。世界のユーザーに向けて良質な動画を流せる企業はほかになかった」
――いまは米国の作品が中心ですが、グローバル化のためにハリウッド以外の海外への投資も増えていくのでしょうか。
「その通り、いまはハリウッドのスタジオ向けを中心にコンテンツ関連で年間80億ドルを投資しているが、これが年間160億ドルに増えていくような時代がやってくる」
「新しい市場に入るためには、現地の優れたクリエーターとの協力が不可欠だと思つている。日本ではアニメ作品やアニメにまつわる経済圏への投資を進めている。インドでは映画品質のテレビ作品をつくれるよう関連スタジオに投資している。それぞれ現地の人が納得するような本物の作品はグローバルでも通用する」
「これが何を生むかというとつながりだと思う。異なる文化同士がつながる手立ては実はこれまでほとんどなかった。それが動画を通じて、他国の人が同じようなことで面白いと思つたり、希望を持つたりすることが分かってくる。私も『深夜食堂』を見て日本のことをだいぶ学んだよ」
――一方で中国市場ではサービスを展開していません。
「ユーチューブやフェイスブックは中国からブロックされている。我々も同じだ。なので今はほかの国に注力する」
「力を入れている国としてひとつあるのがインドだ。インドが他国と違うのは、現地の通信会社が200億〜300億ドルを新たな通信網に投資している点だ。これによってネットのアクセスが格段によくなり通信費も下がる。データコストがどんどん下がり、これまでネットを使う機会がなかったインドの人々ともつながる状態が生まれてくる」
聞き手から 理論と感性が生む「破壊」
日本ではGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット。コム)が米巨大1T(情報技術)企業の総称として使われるが、米ウォール街ではここにN(ネットフリックス)を足したFAANGの俗称が一般的だ。
1997年にDVDの郵送サービスで創業した同社は、その10年後に動画配信に参入した。いまでは世界に1億3700万人の契約者を抱える。月10ドル前後の定額料金でネット動画が見放題となるサービスを世界190カ国以上で展開。コンテンツの確保・制作に費やす費用は17年は63億ドルで、メディアではディズニーに次ぐ規模だ。
「コンテンツ企業」であることを強調するヘイスティングス氏だが、強さの源流は「テック企業」の生い立ちにある。ネットがもたらすデジタル流通の可能性に早くから気づき、ビデオレンタルのブロックバスターを破綻に追い込んだ。顧客データの有用性を見逃さず、精緻な動画推薦システムを構築した。ネツトの特質を理論的にとらえ、ビジネスに収れんさせた点でグーグルやアマゾンに近い。
一方で同氏は単なるテック企業に甘んじる気はないようだ。取材中はアップルの名を多くあげ、「技術とデザインを見事に融合させた」として動画参入を狙う同社への警戒心を隠さなかった。データでは捕捉できない人に訴えるコンテンツをいかに囲い込むかというアナログ面での現実を直視している。
課題は、追われる立場になった今でも強さを発揮し続けられるかだ。ヘイスティングス氏は「破壊」という言葉を慎重に避けるが、ディズーやタイムワーナーなど視聴者を奪われた側は逆襲に躍起だ。プライバシーを巡る規制などIT大手を巡る批判的な声も逆風になる。
とはいえ本人も成長に向けた柔軟さを失うことの危うさを強い調子で説いている。日本が58歳の創業者から学ぶべき教訓は、変化し続けることへの強い意志だろう。
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