未踏に挑む
パナソニック社長 津賀一宏氏
1956年生まれ、大阪大基礎工学部卒。研究所からスタードし自動車や音響機器部門などを率いた。プラズマテレビ撤退を当時の経営ドップに進言。2012年から現職。
かつて世界の消費者を魅了した日本の家電が色あせて久しい。デジタル化により家電のコモディティ(汎用品)化が進み、中国勢や韓国勢が世界市場を席巻する。米アマゾン・ドッド・コムなどネッド企業もハード分野に参入する。日本のものづくり企業は縮むしかないのか、創業100周年の節目を迎えたパナソニックの津賀一宏社長に聞いた。
モノ作らぬメーカーに
――日本の家電メーカーはずいぶん存在感を弱めました。なぜですか。
「あれは何年前だろう。(2012年に)社長になる前、米国の店に行ったら消費者がうちのプラズマテレビとティッシュとバナナを同じワゴンに入れて買っていた。『テレビが安いからプールサイドかガレージで使うんや』と。開発者はホームシアターとしてリビングで使ってもらおうと高画質にしているのに」
「アホらしくてやってられるか、と思つた。日本メーカーがなぜ世界を席巻する商品を出せていないか。答えは単純だ。日本のお客様の声を聞いてきたから。中韓メーカーの台頭や円高などいらいらある。だがそれ以上に大きいのは、日本の厳しい消費者に受け入れられる製品はグローバルでいい商品だ、という認識だったと私は思う」
――どう変えていきますか。
「機能が優れ装備がリッチであればいいという高級・高機能を追求する『アップグレード型』はもうやめる。暮らしの中で顧客がこうあってほしいと望むことを、製品に組み込んだソフトの更新で順番にかなえるような『アップデード型』に変えていく」
「今のイノベーションはほとんどソフトウェアで起きている。ハードウェアの進化が一定段階になると、ハードを動かすソフトがイノベーションを起こす構図だ。ハードは単にソフトのイネイブラー(目的を可能にするもの)になる」
「例えば電気自勤車(EV)ではソフトをアップデードすると乗り心地がよくなったりする技術が現実になりつつある。家電や住宅など住まいに関する製品でも同じことができる。顧客一人ひとりの生活様式や欲求に応じて進化する住まいだ」
――本当にそんなことができるのですか
「ハードの中にあるセンサーやアクチュエーター(駆動部品)の進化が重要で、ソフドの更新と結びついて顧客の望む機能を実現する。今はハードにソフドが入つているが、(ネッドでつながった)クラウド上のソフ卜がハードを動かすのが次のステップだ」
「完成品を顧客に渡すのは一見素晴らしいが、すぐにコモディティ化する。私たちがソフド企業になるかソフト企業とテを組まないとイノベーションは起こせない」
――メーカーの生きる道はあるのでしょうか。
「我々が目指すのは『くらしアップデード業』だ。メーカーであってメーカーではない。この世の中、絶対的に最高なものがあるわけじゃないんですよ。そういうメーカー視点はもうやめる」
「理想はハードを作らないメーカー。製品の仕様を出して誰かに作つてもらう。ただ、品質や調達など高いレベルが必要で、丸投げのファブレスは成立しない。日本の工場で品質面などを実証した上で海外の生産はパー卜ナーに任せるなど、ファブレスへのシフトがこれからの主たる取り組みになる」
製造業あってのGAFA
――データの活用やサービス化では米GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が先行します。
「今後、GAFAだけ伸びるのか。私はそうは思わない。メーカーが主導する工業的な産業が暮らしを豊かにした。彼らはその上に乗つかっている。我々の進化が止まれはGAFAの進化も止まる。一方で彼らは高級・高機能化ではない方向で価値を生んでいるのも事実。だから我々もアップデード型にシフトする」
――アマゾンが人工知能(AI)スピーカー搭載の電子レンジを造るなどハード分野を侵食しています。
「アマゾンに電子レンジの何が分かるのか。私はGAFAを否定しないが、GAFAと同じように我々も進化する」
――将来をけん引する事業は中国や米国で生まれると言つていますね。
「昨年は中国に8回行つた。『暮らし』の領域では5軒、家庭訪問をさせてもらった。中国に行くといろんな課題ややりたいことが見つかる。もう待つてられない。4月に中華圈を専門で見る初めての地域別社内カンパニーをつくる。中国のスピード感についていけなければアジアでもインドでもうまくいかない」
――中国シフ卜はリスクも大きいのでは。
「政策が変わるリスクはある。そういう国ですから。例えばある産業で補助金が絞られ1〜2社以外は潰れていいよとなる。ただそれは中国企業も同じ。私たちは少なくとも中国企業並みのリスクで事業できる方法を考える。ある意味で中国のインサイダーになる。そのためにパートナーを探しローカル化する」
――EV電池供給など深い開係にある米テスラ。 一時の経営のごたごたは落ち着きましたか。
「知りません。テスラのお守りしてるわけではないですから。(イーロン・マスク最高経営責任者=CEOの辞任危機など)大変な一年だった。急成長する企業の危うさというのをさんざん味わった」
「だからといって後ろ向きになるのではない。イーロンから『もうかってない』とメールが来る。私は『本当は隠してるのとちゃう』 『ロス多いからやろ』と返す。せめぎ合いですよ。はっきり言つてうちはもうかってない。こんなはずではない。どうすればウィンウィンになるのか。この一点に尽きる」
今のまま、10年もたない
――名門意識は邪魔じゃないですか。
「ずっと足かせになってきましたよ。パナソニックは潰れない。よい会社であると。先々代の中村(邦夫・元社長)が危機感をあおり、初めて大々的にリスドラした。意識は少し変わった」
「ただね、いまだに既存事業を一生懸命やればいいんでしよ、少しでもアップグレードした商品を出せば日本メーカーがみんなへたるから、自分たちだけは頑張れるという意識は残つている。これでは何も変わっていない。お客様から見れば一旦選択肢が減るだけで、結局タイソンやアイリスオーヤマが出てくる
「現在の危機感はもう200%、深海の深さだ。今のままでは次の100年どころか10年も持たない。会社をばらばらにすれば生き延びる事業もある。だがパナソニックを任されている私にその選択肢はない」
――日本マイクロソフト元社長の樋口泰行氏ら外部からの人材登用を進めています。
「やはり既存の人は既存の事しか考えられない。既存事業は人口減などの変化にさらされ急速に成長が見込めなくなる。ビジネスモデルを変えないといけない時に、ビジネスモデルが議論できる人に来てもらう」
「私も社長になったからこそ過去を否定しているが、晋通は抵抗を受けて面倒くさくなる。パナソニックを外から見たらこんな矛盾があります、とダイレクトに言つてもらう。中国人の社員なんか私に好き放題言いますよ。しかも上から目線で。それが必要なんだ」
創業100周年記念イベンドでファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が「パナソニックはBtoB(法人向け)では輝かない」と言つていました。
「そんなことはない。これからはBtoBの時代なんですよ。中国大手火鍋チェーンの海底撈(ハイディトラオ)と提携した。配膳用のお盆に鍋の具材を自動で並べるロボッドを提供する。法人向けを通じて個人の暮らしをアップデー卜する『BtoBtoC』だ。目線を変えると生活水準向上に役立てることはたくさんある」
――6月で就任から丸7年。引き続き津賀さんが改革の先頭に立つと。
「それはご想像にお任せします、以外の何ものでもないです、はい」
聞き手から 企業風土、変えられるか
スイスのビジネススクールIMDが国別の世界競争力ランキングの発表を始めた1980年(平成元年)、総合で首位に立つたのは日本だった。だが18年は25位。グーグルなど米ネット大手が新しい発想でデジタル時代を切り開く中、多くの日本の「名門企業」は完全に出遅れた。パナソニックも1984年11月に記録した営業利益の最高益をいまだに更新できていない。
戦後に日本メーカーは、安い人件費や円を背景に良品廉価な製品を大量生産し世界を席巻した。「水道水のように手に入りやすい製品を行き渡らせて貧乏を克服する」。パナソニックの創業者、松下幸之助氏の掲げた「水道哲学」の延長線上に日本メーカーの躍進があった。
メーカーは安定した大企業に育つ半面、大きくなった組織を効率的に運営するため硬直化して発想や挑戦が生まれにくい体制に変わった。殼を破れない日本の大企業に必要なのは、ゼロからイチを生むエネルギーや創造性のある人材だ。
総合商社出身のある有力スタートアップの経営者は「資金調達しやすい今、野心的な人材が大企業で働く理由はない」と断言する。組織に風穴を開けるエネルギーを持つ若者の選択肢は増えた。優秀な外国人を増やそうにも、固定的な給与制度がグローバル人材の間尺に合わず多様性を十分高められていない。
日本企業のジレンマを尻目に、GAFAなどソフ卜企業が世界で人材をひき付ける。
「パナソニックは『くらしアップデード業』を営む会社です」。18年秋に催した創業100周年記念イベンドで津賀社長はこう定義した。長らく「何の会社か自問してきた」という津賀社長が出した答えだ。
毎朝に社歌や社是を唱える「伝統的な日本企業」の代表格とされるパナソニック。変革を遂げるには、ハード志向などの企業風土を変える必要がある。歴史のある巨艦の意識を変えることができるのか。長期政権になりつつある津賀社長に重い課題がのしかかる。