池上彰の大岡山通信

若者たちへ

 

話す力を磨く

 

「知らない」を前提に

 

 

  若者たちから「人前でうまく話すコツは何ですか」とよく質問されます。長年、報道やテレビ番組にかかわってきたので、私の経験や環境は皆さんとずいぶん異なります。ただ、どの分野でも技術を磨く近道などありません。そこで今回と次回は「話す力を磨く」をテーマに考えます。

 「わかりやすく話をすること」。私はいまも悩んでいます。特に大学での講義や一般の聴講者を対象にした講演会などでは配慮が欠かせません。聴く人の立場で気をつけているポイントは2つあります。


   口 ■ 口

 第1のポイントは「キーワードの説明は丁寧に」です。知つていることを前提に、専門用語をそのまま使わないこと。聴く人は、わからない言葉に出くわしたとき、いちいちスマートフォンで調べていたのでは話に集中できないでしょう。

 たとえば金融や経済をテーマに「政策金利」を話題にする場合です。年配の方に対しては、「かつての公定歩合はなくなり、いまは日銀が民間の銀行との間での取引で金利水準を誘導している」などと説明します。まだ公定歩合が存在していると思っている人が意外に多いからです。

 日々、本紙を読みこなす読者には必要ないかもしれませんね。でも、経験から言えば、人は言葉を理解しないまま、話を進められてしまうと消化不良に陥ります。聴いている人たちの年齢構成や職業などを考え、「この人たちは何が理解しにくいのだろうか」という問題意識を持って説明する必要があるのです。

 第2のポイントは「出来事の理由や背景の説明をしっかりと」です。キーワードを押さえるだけでなく、必要に応じて、理由や背景を補うようにしています。ニュースを詳しくチェックできない人々を前提に、解説の理解を深めてもらう狙いがあるからです。

 たとえば「トランプ大統領の米国第一主義」です。聴いている人たちの多くが、「そもそも、なぜあの人が大統領になれたのか」と疑問に思つているはず。そこで話を始める前に、「どんな人々が選んだのか」 「得票総数で負けても大統領になれてしまう選挙制度の仕組み」を加えています。


   口 ■ 口

 私にとって、NHK時代、11年間携わった「週刊こどもニュース」の番組づくりが大きく生きています。放映前、小学生たちに解説していましたが、「理解してもらえていない」ときは、説明の方法だけでなく、台本そのものも見直しました。

 テーマやキーワードを理解してもらうために、ゆっくり、わかりやすく語りかける経験を積むことができたと思います。長年の記者生活とはまったく異なる経験でした。いま思い起こせば、子どもたちが私の先生だったのですね。

 4月には新しい職場や教室で、自己紹介をしたり、自分の考えを述べたりする機会が増えるでしょう。そんなとき、自らの言葉で語る「会話」を大切にしてください。常にスマートフォンでつながる友人以外の人々に、「私」を伝える作業はとても大切なことです。

 「話す力」は、学びや将来の仕事にも欠かせない身近な技術でしょう。ぜひ、人前で話す経験を積み、冷や汗をかいてみてください。まさに「習うより慣れろ」です。まず短く話すことから、1年間、チャレンジしてみるだけでも、大きな力になるはずです。

 

 

 


 

 

 

話す力を磨く

 

自問し考え抜く経験を


 今回も「話す力を磨く」について考えます。技術を磨くには、まず話をしたいテーマについて自分の頭で考え、必要な知識や情報を整理することも大切です。人前で話すことで思考が整理されるのです。自分が人前で話をせざるを得ないように追い込むことで、自分の話す技術が磨かれます。

 大学教授になって海外の大学を視察したときのこと。「何を話せばよいのか」という多くの日本人留学生に会いました。外国人学生たちは育つた国の歴史や政治、文化をよく知つている。休み時間やランチタイムで始まる議論についていけないというのです。

 一方、外国人学生から見ると「日本人はハッキリと自分の考えを言わない」と思われています。海外では様々な言語や文化を背景にした学生が集まっています。明確に発言しなければ、存在すら認められないかもしれません。主張することから始まるのですね。


   口 ■ 口

 私なりに解釈すれば、日本という国は島国で、ほぼ同じ言語を使ってきた歴史と深いつながりがあるのでしょう。強く主張するより、相手の気持ちを忖度(そんたく)して行動した方が、組織や社会に受け入れられる日本の社会特有の環境が浸透しているのでしょう。

 たとえば世界について話をするために大切なことは「まず日本を知ること」でしょう。政治や経済、文化や歴史を知ることも欠かせません。また、いまの日本を外国人に伝えるという点では、アニメーションや食文化も魅力的かもしれません。

 論点を理解し、自分なりの考えを整理する作業を積み重ねていると、「なぜだろう」という問題意識が芽生えます。きっと、「人にも伝えたい、聞いてほしい」という気持ちが高まるはずです。


   口 ■ 口

 以前、高校生から「多くのテーマを考え、話せるようになるために、世界の動きにどうアンテナを張るべきですか」と質問されました。でも、恐れることはありません。

 その際、「高校時代には学業に専念し、余力があればシェークスピアなどの古典の教養の基礎を身につける努力をすればよいでしょう」とアドバイスしました。世界にアンテナを張るのは、高校を出てからでも決して遅くはありません。

 インターネットが発達し、日本にいながら世界の情報を集められる時代になりました。ただし、いわゆる「まとめサイト」には注意してください。誰が、どれだけ事実を確認して書かれた文章なのか、確かめるのが難しい場合があるからです。

 日本では、子どものころから、教室で先生の質問に答え、定期試験や入学試験で正しい答えを出す訓練をしてきたのでしょう。先生がどんな答えを求めているのかを即座に忖度できる生徒が優秀な生徒といわれてきました。それではいけないのです。

 大学生になったら「自らの問いを立て、その問いへの答えを考え抜く」という経験を積んでほしいのです。自分と反対の考え方を知ることも重要です。「人前で話す力を磨く」という悩みは、知識や情報を増やしたり、テクニックを身につけたりすればすぐに解決するわけではありません。

 まず「できるだけ簡単な言葉を使うこと」 「話すテーマを自分の頭で考え抜くこと」というポイントを思い出してみてください。新年度、新しい課題としてチャレンジしてみるとよいでしょう。

 

 

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