統計不信
統計委の西村委員長
勤労統計「再集計すべき」
抽出調査も将来検討
毎月勤労統計の不適切調査を受け、実態解明を進めている総務省統計委員会の西村清彦委員長は23日、日本経済新聞の取材に応じた。厚生労働省が一部データを廃棄していた過去の統計について、再集計の実施を要請する考えを強調。将来は大規模事業所はサンプル調査に切り替えることも含め、最適な調査方法を検討する方針も示した。主なやりとりは以下の通り。
――22日に厚労省の特別監察委員会が公表した検証結果の報告書をどう受け止めましたか。
「監察委の委員長代理である荒井史男弁護士は『真っ白とは言い切っていない』と発言した。報告書は、昨年12月13日時点てサンプル調査分を全数調査に近づけるよう復元していなかったことを認識し、省内で共有していたと明記した。だが同日の統計委との打ち合わせでは、厚労省から報告はなかった」
「私は厚労省がこの時点で認識していたことを報告書で知つた。厚労省で行われていたことは、にわかに信じがたい事態だ。事実は正直に話してもらわないと困る。厚労省は事の重大性を認識しておらず、憤りを感じる。今回の問題は統計委と厚労省の信頼開係を崩すもので重大だ」
――厚労省は04〜11年の調査結果について、一部の資料を廃棄したと説明しています。
「廃棄したからといって、再集計しなくていいということではない。誤りがあるなら、過去にさかのぼって集計すべきだ。代替データなどあらゆるデータを使い、再集計は当然やるべきだ」
「厚労省はデータを見つけられないとしているが、残っている可能性もある。次回の30日の統計委でも検討する。賃金データは最も基幹となる統計であり、(公式な)集計値がないのはあり得ない」
――東京都は大企業が多く、規定で決められている全数調査でなく、サンプル調査でも問題ないとの見方もあります。
「私も実際に自治体から調査が大変だという声を聞いている。サンプル調査で問題がないという証明や説明があれば、サンプル調査でもかまわない。だが現段階で、厚労省から説明や証拠の提出はない。厚労省が自分たちで勝手に手法を変えるのは認められない」
――厚労省の統計システムの運用に問題はありますか。
「普通、統計システム(の動作確認や設定状況)は複数の人でチェックするものだが、厚労省でダブルチェックの体制がなかったのが驚きだ。統計用のシステムはかつて重厚に作られていたが、今では仕様などが古くなっている。政府で対応する必要がある」
――再発防止策についてはどうですか。
「不適切な対応がなぜ起きたのか、まだ解明されていない。まず実態解明が最優先で、再発防止策を検証できる段階に至つていない。30日に開く統計委では廃棄したデータの統計への影響などについて報告を求める」
――総務省は56の基幹統計について、調査手法などを点検しています。
「総務省による調査結果は30日の統計委で報告してもらう。それを踏まえ、厚労省だけでなくすべての統計について最適な方法を審議していく」
統計管理官 事実上更迭
厚労省
厚生労働省は23日、毎月勤労統計を担当していた野地祐二・統計管理官(58)を同日付で大臣官房付とする人事を発表した。同省人事課は「現下の状況を鑑みて適切な人材配置をした」とし、調査問題を受けた事実上の更迭とみられる。後任には青森労働局長だった滝原章夫氏(56)が就いた。厚労省は22日、野地氏を減給10分の1(3ヵ月)の懲戒としている。
名目賃金、ズレ最大1.2%
厚生労働省による毎月勤労統計の不適切調査の結果、統計に大きなズレが生じていた。同省が23日発表した2012年以降の再集計値をみると、現金給与総額(名目賃金)は従来の公表値と最大1.2%の乖離があった。
毎月勤労統計は働く人の1人あたりの平均賃金や労働時間などを調べる。500人以上の事業所は全て調べることになっているが、04年から東京都分は3分の1しか調べていなかった。中小企業に比べて賃金の高い大企業が抜け落ち、これまで公表してきた名目賃金は実際より過少だった。
再集計値とこれまでの公表値の乖離率は平均0.7%。1.2%の差があったのは14年12月と16年6月で、賞与の支給月にあたる。大企業と中小の賞与の差は月給以上に大きく、調査対象から大企業が抜け落ちていた影響が特に大きく出ている。
毎月勤労統計は個用保険や労災保険の支給額を算定する際に使う。不適切調査の影響で、のべ2000万人が過少給付だった。厚労省は追加給付にかかる費用として総額約800億日を見込む。
識者に聞く
景気判断曇らす恐れ
第一生命経済研究所主席エコノミス卜
新家義貴氏
――厚生労働省の特別監察委員会が毎月勤労統計の不適切調査に関する検証結果を公表しました。
「関題なのは、統計担当者にとって正確な統計をつくるのが最も重要なのに、ミスが表に出ないようにすることが優先されてしまった点だ。報告書にはミスを表に出すと関題が大きくなるという趣旨のコメン卜がいくつかあった。統計は重要という認識の甘い人たちが統計をつくっている。統計作成者にあるまじき考えだが、ミスを認められない組織の関題もあるだろう」
「ルール違反と認識しているのに罪の意識が薄いのは信じがたい。毎勤統計は500人以上の全事業所を調査しなければならないと定めている。厚労省は(統計調査を審査する)総務省の承認を得ずに標本調査にした。なぜ正規の手続きを経なかったのか。報告書からは読み取れなかった」
――民関のエコノミス卜として政府統計を参考に経済に関するリポー卜を多く発表しています。
「毎月勤労統計をもとにした分析や予測もあり、自分のリポー卜の信頼性にも関わってくる。統計利用者と統計作成者の関係は信頼なしでは成り立たない。利用者は統計が正しいと信じるしかない。一つの統計の正確性が損なわれると、ほかの統計は大丈夫かという疑関がわいてしまう」
「厚労省だけの問題なのか心配せざるを得ない。他省の統計でも不適切な問題があるかもしれない。基幹統計は国外の利用も多い。国外からも信頼されなくなるリスクがある。そうした疑念を引き起こす点でも、厚労省の対応はまずかった」
――日本の景気認識は変わりますか。
不適切な結果の修正で賃金の伸び率は下がったが、景気認識が大きく変わるわけではない。ただ統計は経済の錦だ。統計をもとに景気を判断し政策を考える。鏡が公っていたら、適切でない景気認識、政策決定につながる恐れがある」
――再発防止策は。
「ミスをゼロにすることはできない。誰かがミスが見つかったときに声を上げられるようにすることが必要だ。内部の雰関気づくりも重要だし、外部から検証できるような仕組みがあってもよい。可能な範囲で原データを公表し、研究者がチェックできるようにすることも考えられる」
「政府全体にも関題がある。統計関連予算や人員を減らし続けてきた。統計の重要性を理解していない表れで、改めてもらいたい」
「日本の統計は各省が手掛ける分散型だ。総務省の統計委員会が司令塔だが、その権限は必ずしも強くなく、強化してもいいのではないか。人材育成や統計全般の関題で、改革のリーダーーシップを取つてほしい」
識者に聞く
合理化の発想なく放置
昭和女子大特命教授
八代尚宏氏
――毎月勤労統計の不適切調査を巡る厚生労働省の対応をどう見ていますか。
「統治能力(ガバナンス)の関題で、厚労省の古い体質が出た。一般的な企業なら人員や予算が足りなければ、何らかの合理化をするのが晋通だ。だが、今回は一切なかった」
「現行ルールでは、毎勤統計は500人以上の全事業所を調査しなければならないと定めている。法律違反は関題だが、なぜ全件調査をしなければならないのか。実態をみてルールを変えるべきだった。公務員は定員が減らされ、一方でやるべきことは増えている。過去のやり方が通用しなければ、正しく新しいやり方を考えるのが行政改革だ」
――2018年1月分から全数調査に近づける復元加工を施し、統計の賃金の伸びが高くなりました。
「総務省が手掛ける賃金センサスと毎勤統計の結果を比べてみたところ、ほぼ同じ上昇上レンドだった。安倍政権に忖度した結果ではないだろう。ただ、不適切調査の影響が年金にも波及しないかチェックしてもらいたい」
――背景には何があったと考えていますか。
「統計は成果が出にくく、やって当たり前の職場で評価されにくい。それゆえその場しのぎの対応を現場がしてしまったのだろう。専門職のため、組織の風通しが悪くなった面もあると思う。ミスがあるという前提で、あったらどう対応するかという雰関気をつくらないと、ミスを隠蔽する組織になってしまう」
――さらに、政府全体の基幹統計の4割で誤りが見つかりました。
「一部の部門が単にミスをしたというより構造的な関題があったと思われる。政府の統計には厚労省や国土交通省が自分たちのためにやっているものと、総務省が行っている基本的な調査があり重なる部分もある。毎勤のような重要な統計は逐一チェックをして、2つの統計にずれがないか確認する必要がある。時代の変化で新しい調査をするときに、古い統計は整理する必要がある」
――今後の対策は。
「大事なのは透明性だ。一部の統計を民間に任せてもよいのではないか。すべての統計を国がやる必要は必ずしもない。民間が主に手掛け、その過程でチェック機能を働かせる仕組みをつくればよいだろう。公務員は公務員にしかできないことに専念して、民間でもできることは民間に任せていくことが基本だ」
「総務省の統計委員会や政府の規制改革推進会議が抜本的な改革の主体になり得る。会計検査院にも、不正だけではなく効率性の視点でチェックしてほしい」
――民間をどのように活用すればいいですか。
「専門家を民間から招いて人事交流を活発にするのも手だろう。統計の実務はプロが来ればすぐに改革ができる。米国では公務員は給与が低くて敬遠されがちだが、政府で働くのはキャリア形成になると数年は働く人は多い。日本でもこういう形をつくれればよい」