政府の統計軽視露呈
単純ミス見逃す揺らぐ信頼、収束見えず
56ある政府の基幹統計のうち半数近い22統計で調査手法などに不備があったことは、政策をつかさどる官僚が統計を軽視し、ずさんな管理を続けてきた実態を浮き彫りにした。点検結果をまとめた総務省は各省で「責任を持つてやってもらう」と自主点検や意識向上を求めたが、一般統計を含めれば、どこまで問題が広がるかわからない。政策の根拠への信頼が大きく揺らいでいる。
総務省の担当者は24日の記者会見で、22統計の不備の原因について「最も多いのは単純ミス」と説明した。職員の自覚や責任感の欠如が原因だとすれば、いわば防ぐことのできるミスだ。
だが厚生労働省の不適切な統計調査の発覚をきっかけに、政府全体に広がる統計現場のずさんな体制が明るみに出た。積み重なるミスが問題の根を深くしており、厚労省の特別監察委員会も22日公表の報告書で、省全体として統計の正確性への認識が甘いと指摘した。
内閣府への出向経験がある明治安田生命保険の小玉祐一氏は「専門知識の蓄積がないまま、担当者が2〜3年で異動していく」と人事面の課題を挙げる。統計は専門性が高い仕事だが、小玉氏は日本政府に専門家を育成する意識は乏しかった」という。
官僚のなかでも幹部候補の「キャリア」も、成果の見えにくい統計部門で働くことを望むケースは多いとはいえない。政府全体でみても統計を重視してきたとは言いがたい。財政再建や生産性向上といった課題が山積するなか、統計開係の予算や人員は抑制された。
統計業務を専門とする職員は減少傾向が続いているのに加え、2018年度までの5年間の国の統計開連予算は、1999〜03年度の平均と比べて約1割減つた。
今回の問題発覚後も、政府内の危機意識は決して強いとはいえない。政府は第三者機開として総務省に設置する統計委員会で再発防止と品質向上に向けた検証を要請するが、収束は見えない。
統計への信頼が崩れれば、その統計を前提とする景気分析や政策判断への信頼も揺らぐ。SMBC日興証券の末沢豪謙金融財政アナリストは「今回の問題を契機に、政府はヒト・モノ・カネを投入すべきだ」と、国全体での改革を訴える。
日銀の推計見直しも
需給ギャップなど勤労統計の影響精査
毎月勤労統計の不適切な調査をめぐる問題が日銀の景気分析にも影を落としている。日銀が独自に公表している需給ギャップや企業向けサービス価格指数でも、同統計を活用しているためだ。特に需給ギャップは物価の先行きを見極めるうえで日銀は重要視している。政府の「基幹統計」の修正が進むことで、日銀の重要指標も推計を見直す可能性が出てきた。
日銀は四半期に1度、需給ギャップを推計して経済や物価の過熱感をみている。その計算過程で毎月勤労統計の労働時間を活用しているという。需給ギャップは労働や設備といった経済の「供給力」と、個人消費などの「総需要」の差を示す。
需給ギャップのプラス幅が徐々に拡大していることなどから、日銀は景気の基調判断を「緩やかな拡大が続いている」との見方を示す。今後もプラスが保たれれば、企業の価格改定や賃上げにつながると期待する。生鮮食品を除く消費者物価の上昇率は足元で1%未満だが、給ギャップなどをもとに「2%の物価安定目標に向けた勢いが維持されている」という。
ただ厚生労働省は23日、毎月勤労統計を巡り、2012〜18年分の調査結果を修正した。日銀もこの期間について推計の見直しが必要になる公算が大きい。日銀は「どのような影響をちよぼすかについては、政府の今後の調査結果に基づいて精査していきたい」 (広報課)とするにとどめている。
日銀が物価勤向をみる材料として毎月公表する企業向けサービス価格指数でも、基礎統計として毎月勤労統計を使っている。仮にこれらの指標について大きな修正を迫られれば、日銀の「物価の番人」としての判断に揺るぎが生じかねない。日銀幹部は「影響がどこまで広がるか見当が付かない」と困惑している。 日銀が3ヵ月に1度まとめる「経済・物価情勢の展望(展望リポー卜)」に毎回掲載する約60の図表のうち、少なくとも8つで毎月勤労統計のデータを活用している。
雇用者所得、名目賃金、個人消費、消費性向に関する図表だ。23日の金融政策決定会合でまとめた1月の展望リポー卜でも使っていた。展望リポー卜は、日銀の黒田東彦総裁らが経済や物価情勢を見極めて、先行きの金融政策運営を判断するうえでの貴重な資料にあたる。判断を覆すような大きな修正に至らないにせよ、信頼性に疑問符が付く事態になりかねない。
日銀は毎月勤労統計など様々なデータを集めて景気や物価を判断している。特に雇用・所得環境に関して、展望リポー卜では「着実な改善」と表現してきた。こうした判断が毎月勤労統計データの修正を受けて影響を予けるのかどうか。影響の広がりはなお不透明だ。
専門職の減少続く
人員不足、現場に余裕なく
国の統計を巡る不適切調査問題の背景には、統計業務を専門とする「統計職員」の減少傾向もありそうだ。人手不足による繁忙が、ずさんな処理をする勤機になった可能性もある。
総務省によると、国の統計職員は2018年4月時点で1940人。省庁別に見ると大半の省庁で2009年より減少した。厚生労働省は233人で09年比16%減。経済産業省は245人で同15%減つている。
17年に総務省が統計調査について各省職員に行つたヒアリングでは、人員不足を問題視する声が相次いだ。「事務処理能力の高い人材に頼るのが現状」 「ベテラン職員がやめる一方、新しい人が人つてこない」など、現場に余裕のない状況が浮かび上がった。
総務省は「統計の品質を確保するため、職員の能力向上が不可欠」として、統計のスキルを高める研修の充実に力を入れていくとしている。