ニッポンの革新力

 

若手研究者アンケート

科学技術「競争力低下」8割



研究時間と予算不足

 

日本の研究現場が活力を失いつつある。日本経済新聞が連載企画「ニッポンの革新力」の一環で20〜40代の研究者141人を対象に実施したアンケートで、8割が「日本の科学技術の競争力が低下した」と回答した。不安定な雇用や予算の制約で短期的な成果を求められることを疑問視する声が目立つた。世界をリードする業績は若手時代に生まれるケースが多く、イノベーションの土台が揺らいでいる現実が浮かび上がった。


 研究開発で先行する米国やそれを激しく追い上げる中国の存在感が高まるなか、アンケートでは若手研究者の強い危機感が明らかになった。日本の科学技術の競争力について、「低下したと思う」(38.3%)と「どちらかというと低下したと思う」(39.7%)を合わせると約8割が地盤沈下が進んでいるとの認識を示した。

 若手の意識はデータでも裏付けられている。日本の科学技術論文がピークを迎えたのは2000年代前半。この時点で独創性が高いとされる質の高い論文数は米英独に次ぐ4番手につけていたが、直近のデータがある13〜15年は中仏に抜かれて9番手まで落ちている。

 研究者にとって40代までにどれだけ独創的な成果を挙げられるかどうかが重要になる。文部科学省によると、戦後に科学技術分野でノーベル賞を受賞した研究者のうち、半数以上が40歳までの業績が受賞につながった。00年以降に受賞ラッシュとなった日本人研究者も例外ではない。

 総務省によると、16年度の科学技術研究費は18兆4326億円で前年度に比べて2.7%減った。米中に次ぐ世界で3位の水準だが、金額は2年連続で減少している。国の予算の制約もあり、研究開発費は当面大きな伸びは見込めない。世界と競い合うべき若手の危機感は日本のイノベーションカの衰えを映し出している。


将来を悲観、人材空洞化

 厳しい環境に置かれた若手研究者は将来をさらに悲観視している。今の若手が大学などで重要な立場に就く30年ころの日本の科学技術力の見通しを聞いたところ、「現状よりも小さいと思う」(37.4%)がトップ。「どちらかというと小さいと思う」 (30.2%)を合わせると7割に迫る。

 回答した若手研究者よりも下の世代では人材の空洞化が一段と進んでいる。国際的に一人前の研究者と認められる博士号取得には、大学院の博士課程に進むことが必須。しかし博士課程への進学者数は03年の1.8万人をピークに年々減少。16年はピーク時に比べて2割弱減った。

 優秀な人材ほど研究者を敬遠し、商社や金融機関に流れる現実もある。15年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所の梶田隆章所長は取材班に「長い目で見れば日本をリードする人材を輩出できなくなっている」と語った。

 日本が30年に科学技術立国であり続けるためには何が必要か。アンケート(複数回答)では「長期的な視野で研究できる環境」(61.7%)と「研究者の研究時間の確保」(52.5%)の2つを半数以上が挙げた。やるべきことは分かっているのに手を付けられない。日本のイノベーションカを立て直していくには、若手研究者の声に耳を傾けることから始める必要がある。


雇用不安定、悪循環招く

 若手研究者の多くは持てる力を十分に発揮できない環境に置かれている。アンケートで競争力低下の原因(複数回答)を聞いたところ、「大学の研究時間が減った」(46.1%)との回答が最も多く、これに「必要な分野に研究費が回らない」(24.8%)、「国の科学技術予算が少ない」(24.1%)が続いた。

 研究時間の減少は大学の研究者にとって深刻な問題だ。教育や学内事務も担う大学教員が研究活動に振り向ける時間は年々少なくなり、直近のデータがある13年は02年に比べ10%ほど減った。特に若手研究者が多い助教は15%も減つている。

  大学の若手研究者の多くは、5年の任期付きなどの不安定な待遇で研究とその他の業務の板挟みにあっている。研究者に競争原理を持ち込む目的で1990年代後半に政府が導入した制度によるものだ。

 回答者からは「研究費の獲得や事務処理で時間がとられ、研究に費やせる時間が減っている」(30代・大学)という意見があった。「研究者の待遇が不安定であれば、独創的な研究が減少する」(20代・大学)と、博士号を取得しても安定した職に就けない「ポスドク」の問題点を指摘する声も多かった。

 次の職を見つけるためにすぐ成果が出るような小粒のテーマで論文数を稼ぐ事態も常態化し、若手の多くは悪循環に陥つている。


 


 調査は未来技術推進協会(東京・港)と日本ロボット学会(東京・文京)の協力を得てインターネットを通じて実施した。3月23日〜4月19日に141人が答えた。回答者は30代(61.7%)が最多で、40代(21.3%)、20代17%)と続いた。所属の内訳は大学(56.7%)、民間企業(29.1%)、研究機関(13.5%)、公益財団法人(0.7%)。


 最終学歴は博士(59.4%)が最も多く、修士(33.3%)、学士(7.2%)が続いた。学生時代の研究分野は工学(50.4%)、理学(21.3%)、保健・医学(12.8%)、農学(9.2%)、社会(4.3%)、その他(2.1%)の順で多かった。

 

 

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