Beyond the Finance
金融を超えて
キャッシュレス社会の足音
レジ作業が大幅減 狙いは働き方改革
当店は「現金お断り」
日本はお金の支払いの8割がお札や小銭でやり取りされている”現金大国”だ。ネッ卜やスマー卜フォン(スマホ)を使った電子決済サービスが晋及する米国や中国に比べ、キャッシュレス化に向けた取り組みで遅れているが、IT(情報技術)の進展や人手不足などを背景に変わる兆しが出てきた。最前線を追う。
「現金お断り」。支払いに電子マネーやクレジッ卜力ードしか使えないレス卜ランが11月、東京都中央区に試験開業した。「狙いは働き方改革」。出店を指揮したロイヤルホールディングスの野々村彰人常務は語る。
飲食店の従業員にとって大きな負担の一つが現金の管理。レジに記録された現金の出し入れデータとレジの中身が一致しているかを確かめる「レジ締め」と呼ばれる作業は合わなければ繰り返し確認するため40分近くかかることもある。完全に現金をなくすことでこの作業が数分ですみ、人員の効率配置につながる。
開業して1ヵ月。客の入りはまだまだだが、注文前に現金が使えないことを徹底的に確認するため、いまのところ客との卜ラブルはないという。
カードで祈祷料
利用者側のキャッシュレス対応のニーズは高まっている。その波は意外なとこらにまで及ぶ。酉の市の熊手の種類の豊富さで知られる鷲神社(東京・台東)は11月から、祈祷料をクレジッ卜カードで支払えるようにした。「カードで支払えますか?」という問い合わせが増えてきたからだ。
愛宕神社(東京・港)は1月4日限定で電子マネー「楽天Edy」で賽銭を受け付ける。読み取り端末は木造の本殿にあわて厳かな木箱で包まれている。投じる金額を入力し、端末にタッチするだけ。「小銭がなくても好きな金額を出せる」(楽天力−ドの吉田匡孝氏)
西武信用金庫(東京・中野)など地域金融機関は、スマホなどにつなげるカード決済端末を提供するコイニー(東京・渋谷)と連携。飲食店や物産展への出展者に決済端末を導入するよう促している。訪日旅行者から日本では意外にクレジッ卜カードが使えない」との声がある。
みずほ銀行によると日本で現金の流通に使われるお金は約8兆円。管理や輸送に伴う人件費、ATMなどの設備投資に膨大なお金がかる。キャッシュレス化でこうしたコス卜を減らせる。
金融行動を分析
「現金で捕捉できなかった金融行動をデータ化して、新たなサービスにつなげられる」。三菱UFJフィナンシャルーグループの平野信行社長は、キャッシュレス化は新サービスを生み出すきっかけになると読む。
中国アリババ集団のアリペイは、電子決済サービス「アリペイ(支付宝)」の利用者から集まるビッグデータを、融資の際の信用力の判断やこれまで金融機関が敬遠してきた借り手の開拓などに使っている。今後は日本でもこうした取り組みが活発になりそうだ。
カード決済海外先行、韓国は9割
世界ではキャッシュレス化が進んでいる。ニッセイ基礎研究所の調べでは、韓国は民間消費支出に占めるカード決済の比率が約9割。シンガポールなども5割を超える。日本でもキャッシュレス化は拡大しつつあるが、なお約2割と海外に比べて遅れている。
日本人がキャッシュ好きなのは「長引くデフレや、清貧を良しとする国民性も一因」 (ニッセイ基礎研の福本勇樹氏)という。実際、世の中に出回る1万円札は増え続けている。9月末の発行残高は約93兆円で、半期として過去最高だ。
博報堂生活総合研究所が日本国内で実施したアンケート調査では、キャッシュレス社会に「賛成」と答えたのは49%で。「反対」は51%。賛否が二つに分かれている。
同調査では女性の62%がキャッシュレス社会に「反対」。「浪費しそう」「お金のありがたみがなくなりそう」などの意見が多いという。男性も41%が反対する。「暗証番号や個人情報が流出して、犯罪が起きる可能性がある」との懸念が根強いためだ。
キャッシュレス社会は経済成長のカギになるとの見方もある。米ビザによると、電子決済の利用が広がるとオンライン通販の拡大などが見込まれ、国内総生産(GDP)を押し上げる効果があるという。
スマホ決済根付くか
強い現金信仰や規制が壁
スマートフォン(スマホ)やタブレット端末を活用した「モバイル決済」を手がける企業が日本でも次々と生まれているが、苦戦を強いられている。サービス導入を煩雑にする法規制や強い現金信仰といった特有の事情があるためだ。
サービス続々
スタートアップのOrigami(オリガミ、東京・港)は日本交通やロフトなど、スマホ決済サービス「オリガミペイ」の利用企業を全国の1500社に広げている。
会計の際にスマホアプリで店が掲示するQRコードを読み取ると、登録したクレジットカードから代金が引き落とされる。康井義貴社長は他社と同じ店舗で競合しても「サービスを使える店を増やすことが肝心」と普及を優先する考えだ。
L1NEも子会社を通じて決済サービス「ラインペイ」を提供している。事前に銀行口座からの振替などでアプリに現金をチャージしておくと専用のカードまたはバーコードの読み取りといった方法で決済ができる。
米IT(情報技術)の巨人も日本市場をうかがう。アップルは2016年に日本でスマホ{iPhone(アイフオーン)」を使った決済サービス「アップルペイ」の提供を始めている。
米アマゾン・ドット・コムも自社のIDを活用したモバイル決済サービスを日本で18年以降に始める予定。店頭で欲しい商品を買う際にアマゾンのスマホアプリを通じて決済できるようになる。
モバイル決済サービスを展開する企業の多くが注力するもう一つの仕組みが個人間送金だ。アプリで現金を送り合った残高を使い、店頭決済までできるようにする。
割り勘アプリ「ペイモ」を提供する工ニーペイ(東京・港)は残高からQRコード決済で店頭求払いができるようにしている。「導入店舗数を年内に1万店に広げる予定」 (同社)という。アップルも米国でアップルペイを使った送金サービスの提供を始めた。
「慎重すぎる」
日本で個人間送金サービスを提供する際には本人確認の必要がある。資金移動業の免許を取ると銀行でなくても100万円以下の送金が認めろれるが、悪用されないよう厳格な本人確認を義務付けている。同免許を持つラインペイでは銀行口座の登録が必要となる。
『金融とITを融合したフィンテック』に詳しい森・浜田松本法律事務所の増島雅和弁護士は「日本はフィンテックの大本命であるモバイル決済に慎重過ぎる」と指摘する。
日本人の現金信仰の強さも普及を阻む壁になっている。現金を24時間引き出せるATMや手軽に使える電子マネーが広く浸透しており、消費者に積極的にモバイル決済を使う理由がないためだ。決済サービス各社には、その壁を越えてなお利用してもらえる魅力が示せるかが問われている。
入出金生体認証のみ
コンンビニATM、価値磨く
コンビニエンスストアなどのセブン銀行のATMに、3月から新しい画面が表示されるようになった。スマホ向け決済サービス「LINE Pay(ラインペイ)」との連携も10月かろら始まった。
ATMの画面に表示されるQRコードをスマホアプリで読み取り、ラインペイの口座に入金(チャージ)したり、現金を引き出したりできる。1000円以上から入出金可能だ。ラインペイを使う若い世代を取り込む狙いがある。セブン銀はATMの「機能拡充」を急いでおり、来春にはオークションやチケットの払い戻しなどで生じた現金をATMで受け取れるサービスも始める計画だ。
わずか10年ほどで「コンビニATM」を全国に行き渡らせたセブン銀など流通系の銀行勢。武器としてきた「どこでも現金が引き出せる」という利便性は、キャッシュレス化の波が強まるなかでは、あっさり弱点へと転じかねない。ATMという資産からいかに新しい魅力を引き出していくか。流通系各行は新たな解を求められている。
「1本目の指を置いてください」。イオン銀行神田店(東京・千代田)のATM。取引方法として「生体認証」を選ぶと、こんな案内が現れる。ATMに備え付けられた認証装置に順番に2本の指をあてて、本人確認は終了。現金引き出しや残高照会、振り込みなどができるようになる。
ありふれた生体認証とは大きく異なる。メガ銀などの生体認証は安全性向上のために、キャッシコカードなとと組み合わせて使うのが一般的だ。だがイオン銀行は「生体認証のみで本人確認する」 (開発者)のが特徴で、キャッシュカードも暗証番号も不要だ。2本の指の指紋と静脈という4つの情報を使って精度を高めた仕組みで、生体認証技術のリキッド(東京・千代田)と組んで実現した。
キャッシュレス時代とはいってもすぐに現金へのニーズがなくなるわけではないため、ATMの使い勝手をとことん磨いていく戦略だ。一部店舗で実験的に導入したところ、「カードを出さずに済むのは便利」といった声が多く寄せられ、イオンのショッピングモールなどに併設する140店全店のATMで順次使えるようにすることになった。最終目標は印鑑さえも必要ない、「手ぶら銀行」だ。
コンビニ系のATMは17年3月末時点で約5万5千台に達した。都市銀行の2万2千台、地銀の4万6千台をしのぐ最大のATMネットワークに育った。来るべきキャッシュレス時代に向けて、どう進化し、どんな役割を担うのか。「金融インフラ」としての価値が問われる局面に入ってきた。