回顧2018
文学
批評性と娯楽性併せ持つ
芥川賞は純文学、直木賞はエンターテインメント小説が対象とされる。今年、女子大生が父親を殺したとされる事件をめぐるミステリー「ファーストラヴ」で第159回直木賞を受賞した島本理生は芥川賞候補にも4回なっている。平成は文学ジャンルの垣根が低くなった時代といえそうだ。
芥川賞選考委員を務める奥泉光の長編「雪の階」(柴田錬三郎賞など)も複数の領域にまたがる作品。昭和初期の華族と軍人の関係を描いた歴史小説であり、謎めいた心中事件をめぐるミステリーでもある。凝りに凝った濃密な文体でありながらも読みやすく、批評性と批評性と娯楽性併せ持つ。
平野啓一郎の長編「ある男」でも、事故死した男性が全く別の人物になりすましていたという謎が物語を引っ張る。読み進めるうち、国家と個人の関係など現代社会の問題に突き当たる。
昭和を舞台とした小説では、「雪の階」以外にも印象深い作品が登場した。真藤順丈の長編「宝島」(山田風太郎賞)は占領期の沖縄が舞台。米軍物資を強奪する「戦果アギヤー」の英雄が消え、3人の少年少女が残される。それぞれの道を歩む彼らの苦闘が、史実の合間でダイナミックにつづられる。今に続く沖縄の問題を考えさせる作品だ。
橋本治の長編「草薙の剣」(野間文芸賞)は射程が広い。主人公は10代から60代までの男性6人で、彼らの人生を祖父母の代まで遡って語ることで、戦中から敗戦、高度成長、平成のバブルとその崩壊までをたどる。歴史はそこに名を残す人だけでなく「普通の人々」によって作られていることが伝わってくる。
日本とおぼしき故国を留学中に失つた女性を主人公とする多和田葉子の長編「地球にちりばめられて」は、移民の増加など今の世界情勢を色濃く映し出す。その越境感覚と言語への関心は国際的に高く評価されており、英訳された「献灯使」は今年の全米図書賞(翻訳部門)を受賞した。
古川日出男の「ミライミライ」もスケールの大きな長編。北海道が占領されたという設定の日本を舞台に、ゲリラ戦を続ける男の物語と若者4人によるヒップホップグループの物語が描かれる。
宮本輝は37年書き続けてきた自伝的大河小説「流転の海」シリーズを、第9部「野の春」で完結させた。破天荒な主人公の魅力にひかれながら、人の運命とは何かを考えさせる。
寡作で知られる作家の新作にも出合えた年だった。幻想文学の旗手、山尾悠子は8年ぶりとなる「飛ぶ孔雀」(泉鏡花文学賞)を刊
行。探偵・沢崎シリーズの原奈は14年ぶりとなる「それまでの明日」を出した。
短編では短い章を間に入れることで全9編をつないだ星野智幸の「焔」(谷崎潤一郎賞)、人生に訪れる意図せぬ事件を描いた辻原登の「不意撃ち」が読みごたえがあった。
「苦海浄土」の石牟礼道子、いずれも歴史・時代小説に足跡を残した津本陽と加藤廣、故郷の津軽に関する小説や太宰治の評伝で知られた長部日出雄が亡くなった。
音 楽
新世代の旗手が躍進
指揮者の大野和士が9月から新国立劇場のオペラ芸術監督に就任し、東京都交響楽団音楽監督の任期も2023年まで延長された。日本を代表するオペラ劇場とオーケストラのトップを兼任し、日本クラシック界の顔になった。
その大野率いる都響やパ`ーヴォ・ヤルヴィが首席指揮者を務めるNHK交響楽団をはじめ、首都圏のオーケストラはいずれも技術、表現の両面でレベルアップし、成熟期を迎えた感がある。有名曲と一般にはなじみの薄い曲をバランス良く組み合わせたプログラムは幅広い層に歓迎された。
海外勢ではナタリー・シュトウッツマンやフランソワ=グザヴィエ.口卜、マルク・ミンコフスキら古楽の指揮者が自身の古楽楽団を率いて来日し、高水準の演奏を聽かせた。作曲当時の楽器による演奏が新たな表現手段になりつつある。
オペラでは、能の名作を原案とした細川俊夫作曲の「松風」 (2月。新国立劇場)の日本初演が注目された。「フィデリオ」(5〜6月、同)は斬新な演出と解釈が際立った。東京二期会の「外套」などプッチーニの3部作(9月)と藤原歌劇団の「ナヴァラの娘&道化師」(1月)は、いずれも複数の短編を効果的に見せるのに成功していた。
1990年代にメガヒットを連発したプロデューサーの小室哲哉、歌手の安室奈美恵という平成のJホップを象徴する2人の引退は、一つの時代の終わりを印象づけた。
代わって躍進したのがデジタル時代の申し子ともいえる動画投稿サイト出身の歌手、米津玄師。大ヒットした「Lemon」は動画再生回数2億回を突破。昭和の歌謡曲にも通じる親しみやすいメロディーで幅広い層に受け入れられた。
ヒップホップから日本の民謡まで、様々な要素を違和感なく同居させる在り方は、古今東西の音楽を即座に聴けるネット世代ならではの感覚で、新世代の旗手がついにJホップのトップに躍り出た年といえる。
ヒップホップ歌手ケンドリック・ラマーが「アフリカ系米国人の人生の複雑さを描いた」としてピュリツアー賞を受賞し、人種差別や銃社会を批判したラッパーのチャイルディッシュ・ガンビーノによる「ディスーイズ・アメリカ」が世界に衝撃を与えろなど、黒人音楽家の活躍が目立った。
「ディス・イズ・アメリ力」の印象的なミュージックビデオを監督したヒロ・ムライは作曲家村井邦彦の息子で、気鋭の映像作家として高く評価された。
ラマーは夏に来日してフジロックフェスティバルで圧巻のステージを見せた。ジャズの革新者ロバート・グラスパーが新バンドを率いて東京JAZZに初登場し、ヒップホップやR&Bなどを吸収した最先端の演奏を披露した。
シャルルーアズナブール、アレサ・フランクリン、西城秀樹。各ジャンルを代表する名歌手が逝ったことも時代の節目を感じさせた。
映 画
非メジャー活況の光と影
是枝裕和「万引き家族」と上田慎一郎「カメラを止めるな!。2つの非メジャー映画の大ヒットは様々な意味で日本映画の現状を象徴する事件だった。
「万引き家族」はカンヌ国際映画祭で日本作品として21年ぶりに最高賞パルムドールを受賞。オリジナル作品を中心に撮り続け、着実に地歩を築いてきた56歳の是枝が、過去の蓄積をすべて込めたような気迫があった。日本の非メジャーとしては大きな予算をかけ、力のある俳優をそろえた、世界に届く作品だ。興行収入は45億円に達した。
「カメラを止めるな!」は34歳の上田の長編第1作。俳優ワークショップから生まれた小品で、製作費はわずか300万円。ゾンビ映画を撮る自主映画の撮影隊をゾンビが襲うさまをワンカットで撮るという、低予算を逆手にとったアイデアが当たった。都内2館で封切つたが、インターネットで評判が広がり、公開規模を拡大。興収は30億円を超え、業界に衝撃を与えた。
非メジャー作品としてはいわば極大と極小に位置するが、どちらも監督が作家性を存分に発揮しており、そこに日本の独立系映画の豊かさがうかがえる。第一線で撮り続ける40〜50代監督も、続々とデビューする20〜30代の若手監督も多士済々だ。
ただ課題もある。カンヌ受賞後の是枝が指摘したように、日本の映画助成システムは貧弱で、大手映画会社はオリジナル作品の製作に及び腰だ。作家性を貫きたい監督は海外に活路を見いだし、諏訪敦彦、河瀬直美、深田晃司、船橋淳、松永大司らが国際共同製作で力作を撮った。是枝も新作をフランスで撮影中だ。
デジタル化に伴い、低予算の製作が常態化したのも問題だ。若い才能はあまたいるが、使い捨てにせず、育てる環境が国内にない。
大森立嗣「日日是好日」、瀬々敬久「菊とギロチン」、石井岳龍「パンク侍、斬られて候」、塚本晋也「斬、」、行定勲「リバース・エッジ」、沖田修一 「モリのいる場所」、吉田恵輔「犬猿」、山下敦弘「ハハード・コア」など第一線監督の快作は多かった。濱口竜介「寝ても覚めても」、三宅唱「きみの鳥はうたえる」を筆頭に若手の才能も光った。
東宝配給「劇場版コード・ブルー/ドクターヘリ緊急救命」「名探偵コナンゼロの執行人」が興収90億円を超えたが、10億円に届かない作品も多く「東宝のヒットの方程式が揺らいだ」 (映画ジャーナリストの大高宏雄氏)。有名原作と有名俳優に頼るメジャー作品より、エッジの効いた是枝、上田作品を観客が選んだという見方もできる。
「ウィンストン・チャーチル」の特殊メークを手がけた辻一弘のアカデミー賞受賞も快挙。海外に飛び出す日本の映画人に勇気を与えた。国立映画アーカイブの発足は、保存・活用が制作・配給・興行とともに映画文化に不可欠の柱であることの宣言といえる。
放 送
ネット同時配信対応急ぐ
テレビとインターネットの融合が最終段階に入る。2015年に在京民放5社が始めた見逃し配信サービス「TVer(ティーバー)」が定着する中、NHKがネット常時同時配信の準備に入つた。早ければ来年度にも始まる。テレビからネットへ。地上波の優位は揺らいでいるが、優良なコンテンツを生み出す役割は将来も変わらないだろう。
今年は社会現象といえる大ヒットドラマは見当たらなかったが、テレビ朝日系は好調を維持。すご腕のフリーランス外科医の活躍を描いた「ドクターX」シリーズに続いて米倉涼子が元弁護士役で主演した「リーガルV」、水谷豊と反町隆史がコンビを組む刑事ドラマ「相棒」は平均視聴率が15%を超える。
春放送の深夜ドラマ「おっさんずラブ」は、視聴率は低かったが男性同士のいちずな恋愛を描きSNS(交流サイト)で話題を集め熱狂的な支持を得た。全国各地で「おっさんずラブ展」が開かれ、視聴率では測れない広がりをみせた。編成担当の亀山慶二専務は「シリーズものと新たなことに挑戦するドラマ、この両輪で製作を続けていく」と話す。
バラエティーはフジテレビ系で22年続いた「めちゃ×2イケてるッー」、前身を含め30年続いた「とんねるずのみなさんのおかげでした」が3月に終了した。視聴率低迷を受けての判断だった。
一方、高視聴率の日本テレビ系「世界の果てまでイ
ッテQ!」では、実在しない海外の祭りを取り上げたという「やらせ疑惑」が浮上。やらせがあったかどうかは「調査中」(大久保好男社長)だが、祭り企画は当面体止となった。ある番組製作者は「報道やドキユメンダリーではないので演出は入るものだが、やらせとの線引きは曖昧。今後も同様の問題が起きかねず、バラエティーは苦難の時代」と明かす。
ハード面では11年の地上デジタル放送完全移行以来の大きなイべントがあった。NHKや民放など計17チャンネルで1日に始まった4K8K衛星放送だ。4Kは画素数が通常のフルハイビジョンの4倍、8Kは16倍で高精細な映像を味わえる。
各局は番組の多くを4Kで撮影しておりコンテンツには事欠かないが、視聴者が見るには対応したチューナーが必要で、ハードルは高い。動きの速いスポーツ中継でもぼやけず滑らかに表示できるのが強みで、機器の普及が見込める20年東京五輪・パラリンピックに向けて魅力的な番組を用意できるかがカギになる。
ネットとの融合ではWOWOWが10月、テレビ放送とネットの常時同時配信を始めた。NHKは来年度中の開始を目指して、総務省の有識者会議から求められていた受信料の引き下げを実施する。今後は同時配信に慎重な民放との調整が求められるが、海外の多くの公共放送が同時配信をしており、ネット対応は避けられないだろう。