未踏に挑む
楽天会長兼社長 三木谷浩史氏1965年兵庫県生まれ。 88年一橋大商卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。 93年、ハ一バード大で経営学修士号(MBA)を取得し、留学中に起業を決意。 97年、エム・ディー・エム(現楽大)を設立。 12年、一般社団法人新経済連盟を発足し、代表理事を務める。
日本のレッテル足かせ
日本でインターネットビジネスが始まって四半世紀。米グーグルなど巨大IT(情報技術)企業がデータを独占して膨張すろなか、日本かろ世界に羽ばたくIT企業はなかなか育たない。デジタル化とグローバル化が既存の産業構造を壊す「未踏」の領域にどう挑むか。楽天の三木谷浩史会長兼社長に聞いた。
――勝敗がはっきりするデジタル時代。変革に乗り遅れないために何が必要でしょう。
「どうせ世界が変わろなら先にやってしまえ、という考え方だ。例えば電気自動車(EV)の時代になった時、日本の自動車メーカーは本当に持続的に成長できるのか。僕は難しいと思う。海外では自動車メーカーがライドシェア市場に参人するなど、先手を打つ動きがすでに始まっている」
「米国では失敗した人を応援するが、日本はリスクに対して悲観的で足を引つ張る文化があろ。米国のライドシェアの企業に投資したが、その時に日本の自動車メーカーの人から『車とは愛だ』と否定された」
――日本からグローバルで成長する企業が育たない理由は。
「まずは言葉だ。英語がしゃべれないこと。今までは日本で製品を組み立てて輸出すればよかったが、そういう時代は終わった。多様な情報基盤の上でサービスを展開するビジネスモデルが出てきたことで、相手に何かを伝えずに製品の品質だけで勝負することはできなくなった」
――グローバルで活躍できる人材も不足しています。
「育てることは重要だが、それだけではない。コンピュータ・サイエンスの技術者は日本に1万6000人。米国は30万人、中国は100万人、インドは200万人ともいはれる。もう勝負にならない。それなら日本に来てもらうしかない。楽天は新卒採用の技術者の8割が外国人だ。文化的には日本企業だが、法人格的には日本企業のレッテルを貼られたくない」
――楽天の海外売上高は2割程度です。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)と呼ばれろ米IT大手と戦えますか。
「海外事業は始めろのが遅かったので、むしろこれからだ。携帯電話事業への参人にしろ、楽天では次々に新しいことが起こっている。米IT大手とはデータの質も量もビジネスヘの応用の仕方も違う。僕たちはグーグルと肩を並べろのが目標ではない。楽天のやり方で20%、30%の成長を実現していく」
「もちろん、グーグルにしろフェイスブックにしろ進化している。例えばフェイスブックはインスタグラムを買収していなかったらどうなっていたのか。我々も臨機応変に世界の流れを読みながらやっていきたい」
――三木谷社長自身、米国シリコンバレーに居を構えています。
「革新的な起業家精神を持つた人達と交流できる。ビジネスの話が目的ではない。イーロン・マスク(テスラ最高経営責任者)やシェリル・サンドバーグ(フェイスブック最高執行責任者)らが集まって、我が家で遊んでいる。特別なコミュニティーではない。ただ、海外のコミュニティーに飛び込めない日本人が多いのは悲しい」
デ―タの壁はいらない
――個人の情報や取引履歴をビジネスに使うデータエコノミーの市場が拡大しています。
「今まで人間が属人的に判断していたこと全ては、コンピューターによって統計学的に決めた方が成功の確率は高くなる。データ分析により情報はパーソナライズー(個人の関心に合わせて提供)され、最適化される」「単純なデータを活用する方法からデータを組み合わせてグイナミックに使うやり方まで様々ある。価格やデザイン、品ぞろえ、広告の配信などあらゆる場面でデータが活用される。プライバシーの議論もあるが、データエコノミーの大きな流れは止まろないだろう」
――楽天として持つデータの価値はどこにありますか。
「科学的な発明があるわけではなく、『取引した』 『あの人が買った』ということがかなりの確率で分かり、統計学的に推測できるアルゴリズムを持つ点だ。データを持つことで広告収人も上がり、個人の信用データベースにおいては銀行が作れていないものを構築している」
――欧州連合の「一般データ保護規則(GDPR)」など、データの使い方や管理に対する規制が強まっています。
「個人情報の保護は当然必要だが、国策としての障壁というも3つの捉え方があろ。例えば、規制の1つとして『(個人情報を保存する)データサーバーを域内に置く』という考え方が広がっている。国というユニットをどう考えるのか、といった問題に結びついていくのではないか」
「逆に言えば各国の規制が強まれば、日本には素晴らしいチャンスがある。データを完全にオープンにし、アジアの『テックハブ』として米シリコンバレーに匹敵すろ都市を日本につくっていくチャンスだ。仮に保護主義の方向に行きたいのであれば、中国のような情報保護政策をとればいい。日本の現在の政策はどっちつかずだ」
「データエコノミーの分野でどういうことが起こりうるのか日本では議論すらない。僕は日本は規制を設けず、アグレッシブに行けばいいと思う。移民政策も含めて国ごと開いてしまえ、日本全国シリコンバレーになってしまえと思う」
――データの開放以外で、日本がシリコンバレーになるには何が必要ですか。
「一言でいうと出生地主義の原則を認め日本で生まれたら日本人とし、ビザも取りやすくする。そして税金を下げることだ。海外に住む人はみんな日本に来たいのに、来ない。こうした問題をクリアしたら、いくらでも来る。日本は生まれ変われる」
創業者の「狂気」どう持続
――次の成長に向け捨てるべきところ、変わるべきところは。
「僕は捨てるのが下手くそだ。捨てるよりはガバナンスの構造を分権型にし、よりアカウンタビリティー(説明責任)を現場の近いところに寄せていく。ネット通販が中核事業というより、もともと顧客を獲得すろツールだった。そこから金融や保険にエコシステム(生態系)を広げてきた。携帯事業へのに本格参人で事業の中核は大きく変かっていくだろう」
――データを軸としたサービスが広がってきました。
「遠い点をつないだほうが面積が大きくなり、近い点をつないでもあまり面積は広がらない。証券や銀行への参人は当初『バカじゃないの』と言われた。新しいサービスを始めろ際に、批判ではなく、どういう可能性があるのか見てほしい」
――新規参人する携帯事業は既存の通信会社にない価値をどのように生んでいくのでしょうか。
「世界は衝撃を受けろだろう。詳しくは言えないが、世の中の携帯事業が全部変わるきっかけになる。携帯事業でも勝つに決まっている。
――楽天の100年後をどのように描いていますか。
「分からない。楽天に僕ほどのクレージーな人間はいない。ソニーの盛田昭夫氏や米アップルのスティーブ・ジヨブズ氏にしろ、創業者がいなくなったらイノベーションは止まる」
「起業家精神を止めないようなメカニズムをどう作ろのかが、僕の一つの大きなミッションだ。ソフトバンクグループみたいに投資会社になるなら別だが、僕にはそういう思考はない」
「テクノロジー、ビジネスモデルの面でもイノベーションをどうやって続けていくのか。それは同時に、日本の既存の産業が今のままで生き残れろのかという問いでもある。日本として新たな産業を作ろ必要があると思う」
聞き手から グローバル成長を渇望
1997年設立の楽天はインターネット通販を祖業とし、旅行予約やスマートフォン(スマホ)決済など約70を超えるサービスに事業を拡大してきた。クレジットカードや銀行、証券といった金融部門が安定した利益を稼ぎ、2018年12月期に売上収益で初の1兆円台が見込まれる。
19年秋に携帯電話事業に参人するが、KDDIと提携して通信網の整備を進める戦略を打ち出した。三木谷氏が「世界は衝撃を受ける」と話すように、様々なネットサービスと組み合わせた新たな携帯事業に期待が集まる。
だが、楽天は多数の事業を抱えろ複合体だけに、多角化により成長事業の価値が十分に株価に反映されなくなろ「コングロマリット・ディスカウント」が指摘されてきた。実際、楽天の現在の株価は900円台とピークだった15年の半値以下に低迷していろ。日本の時価総額ランキングではトップ100位にも入らない。トップ10にIT(情報技術)企業が多数ランクインすろ米国とは様相が異なる。
1994年に設立した米アマゾン・ドットーコムは時価総額が1兆ドルを突破した。三木谷氏は「メディアの人がアマゾンのほうがいいと書くのは、西洋かぶれ」と話し、GAFAと呼ばれろ米IT大手や中国・アリババ集団など海外企業の爆発的な成長スピードと比較されろことを嫌う。
自信と強気を示す三木谷氏だが、米国や中国のIT大手と比べられ、評価の低さに悩んできたのも事実だ。社内の公用語を英語とする取り組みや外国人技術者の積極採用など社員と社内文化のグローバル化を進めるのも、さらなろ成長への渇望からだろう。
国際的に注目されろ日本企業はトヨタ自動車やソフトバンクグループなど、長引く日本経済の低迷とともに少なくなった。楽天がこうした企業と肩を並べろには、成長への爆発力が必要だ。国内では強いブランドカを誇ろとはいえ、海外での成長に向けた道筋を示す必要がある。