本庶氏ノーベル賞 紙面座談会
がんに基礎研究成果
江崎氏 全ての人類に大きな利益浜口氏 細る研究費 努力のチャンスを
2018年のノーベル生理学・医学賞は京都大学高等研究院の本庶佑特別教授に贈られる。日本人のノーベル賞受賞は2年ぶりで、日本のノーベル賞受賞者は26人目(米国籍を含む)だ。受賞が決まった1日夜、ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈・横浜薬科大学学長と浜口道成・科学技術振興機構理事長を電話でつなぎ、受賞の意義など語ってもらった。
受賞の意義
――1昨年の大隅良典氏に続く日本人研究者のノーベル生理学・医学賞受賞となります。本庶佑特別教授の受賞の意義をどのようにみていますか。
江崎氏「インパクトは非常に大きい。がんは日本人の2人に1人がかかり、3人に1人は亡くなるという、重大な脅威となっている。それに対し、手術や放射線治療ではない、免疫という方法を本庶先生が作った。日本人だけでなく、すべての人類にとって、大きなベネフィット(利益)を与えた」
――近年になって日本人の生理学・医学賞受賞が続くのはなぜでしょうか。
浜口氏「背景の一つにはノーベル賞を選ぶ人たちの視野に日本人が入ってきたのではないか。日本人が良い仕事をしているとわかるようになってきた。(論文の引用回数のような)科学技術の定量的な評価が導入され、(師弟関係などの)人間関係ではなく、仕事を定量的に評価できるようになった」
――本庶先生が取り組んできた免疫学は、医学研究の中でどのような位置づけなのでしょうか。
浜口氏「免疫細胞の一種であるT細胞の表面にある『受容体』というたんばく質を調べる中で、T細胞が細胞死(アポトーシス)を起こすものが見つかった。これが『PD−1』だ。この遺伝子を潰したマウスは自己免疫疾患になった。自分の体に対し、細菌やウイルスと同じように免疫が攻撃してしまう」
「本庶先生はがん細胞を標的にするのではなく、がん細胞を殺す機能を持っているT細胞をがん細胞が抑えていることを見つけた。T細胞を再び元気にすることで、がん細胞を殺すことができる。非常に基礎的な研究からスタートしているのが特徴だ。江崎先生のお仕事もそうだが、基礎的な研究が社会にインパクトを与える応用研究に一気につながるすごさを改めて感じている」
「免疫療法はどんな種類のがんでも殺しうる可能性が高いものだということで、発想自体がすごく新しい。さらに、オブジーボという薬として社会に送り出すところまで製薬会社が到達した。日本の社会が持つシステムが健全に働いた素晴らしい事例だ」
日本の科学力
――日本の基礎研究の現状をどうみますか。
江崎氏「新分野に対して、まず挑戦するというのが研究の姿勢だ。初めから何かを作ろうとするものでは必ずしもない。いろいろやっているうちに、偶然のチャンスに恵まれることもある。本庶先生もそのチャンスに恵まれた面もあるのではないか」
浜口氏「突出した研究が出てくるには広い裾野が要る。日本は社会保障費が増える中で研究に投資する資金が減り、裾野が枯れ始めている。本庶先生はずっと素晴らしい成果を上げてこられたが、場合によってはある日突然素晴らしい研究が出てくることもある。だいたいはそれまで評価されてこなかった人なのでなかなか投稿論文が採用されず、研究費も取りにくい」
「以前であればそういう人にも少しは資金が投入され、大きな仕事を積み重ねて、だんだん評価されることもあった。今は入り口のところで評価されない人に資金を出す仕組みが弱っている。最初から有名な人はいない。もう少し努力のチャンスを与えていただきたい」
――日本の科学力が近年弱くなっているという意見もあります。
浜口氏「ハンディキャップは深まっている。ひとつは裾野を支える構造が弱っていることだ。人口減少が進んで研究者も減り、パワーダウンは否めない。ただ科学は意外性の世界もあり、予定通りに展開することばかりではない。日本人は丁寧に持続的にとことんやるタイプが多い。日本人らしい研究展開は続くと思うが、もう少し投資がほしい」
「投資を続ければオブジーボのような素晴らしい薬ができ、日本の国内総生産(GDP)を押し上げるかもしれない。忍耐強くサポートするような社会のシステムや気持ちが生まれ、研究の現場にメッセージとして伝わる必要がある」
江崎氏「確かに、科学研究全体から見れば、中国が伸びており、日本を凌駕(している。日本はクリエーティブ(創造的)な研究、内容を充実させた質の高い研究をもっとすべきだ。本庶先生は非常にクリエーティブな研究に取り組み、その模範を示したといえる」
研究者の素質
――研究者の創造性はどうすれば生まれるものでしょうか。
江崎氏「私は教育こそが大事だと思う。知性には、分別力と創造力がある。分別力というのは、情報を得て、知識を得て、理解し応用する能力だ。創造力というのも知性の一つとして、もっと教育で高めなければならない」
浜口氏「異端を受け入れることが必要だ。研究が進むためには反論が欠かせない。違いますよ、こういう見方もありますよという人がグループの中にいて初めてイノベーションが生まれる。今の日本社会は均一性や絶対的な成功を強く求める。これは科学をやる現場の人にとってはすごくつらい状態だ。多様性が大前提となる」
――理科離れや博士課程への進学者の減少などが懸念される中、日本人の受賞はどのような影響があるでしょうか。
浜口氏「すごく大きい。私も若いころは予算が厳しい中で、貧しい部屋で細々と研究していた。研究者はすごく孤独だ。自分の未来がどうなるか、今やっていることがうまくいくか分からないが、チャレンジしていく。挑戦する気持ち、ある種の勇気がすごく大事になる」
「本庶先生は純粋科学に対する情熱を持ちながら、研究を続けていた。そういう意味で、細々と研究を続けている人たちに諦めるなとメッセーブになるはずだ」
――先輩受賞者として、ノーベル賞はどのような賞だと実感されていますか。
江崎氏「ノーベル賞を受賞するとその後の人生が変わる。科学界にとどまらず、世界の知性の代表、社会全体のエリートとして祭り上げられる。受賞はある意味では、重荷になることもあるだろう。しかし、天賦の才能を無駄にすることなく、これからもノーベル賞受賞者として、世界の医学研究の発展に貢献してほしい」
江崎玲於奈氏
えさき・れおな 1947年東束京大学理学部卒業、神戸工業(現在のデンソーテン)入社。東京通信工業(現ソニー)や米TBMの研究所に在籍。73年に日本人4人目となるノーベル賞を受賞。筑波大学や芝浦工業大学の学長を務めた。
浜口道成氏
はまぐち・みちなリ 1980年名古屋大学大学院修了、医学博士。米ロックフエラー大学研究員、名大教授などを経て2005年医学部長、09年名大学長。15年より現職。文部科学省の科学技術・学術審議会会長も務める。
本庶氏の会見
研究者に勇気 「望外の喜び」
ノーベル生理学・医学賞を受賞する京都大学の本庶佑特別教授は1日、京大で記者会見し「多くの基礎研究者を勇気づけることとなったことは望外の喜びだ」と話した。
基礎的な分子生物学の成果が新たながんの治療法につながった点が高く評価された。京大医学部の出身者として「何かの治療につながらないかということは常に考えてきた」と自身の研究への姿勢を振り返った。
大学時代に友人をがんで亡くした経験も持つ。趣味のゴルフをしに出かけたゴルフ場で「あんたの薬のおかげで肺がんが治った」と話しかけられた時には「これ以上の幸せはないと感じた」。
本庶氏らは、体内の免疫システムのブレーキ役として働くたんばく質「PD−1」を発見した。がんの治療に応用できることを確認、小野薬品工業のがん免疫治療薬「オブジーボ」に結実した。
しかしその道のりはけっして順調ではなかった。同社に声をかけた当初は「効くか効かないかわからない薬にお金はかけられない」と言われ、共同開発の道を探る日々が続いた。会見では「日本の研究現場には勝れた成果がたくさんあるのに、製薬企業は海外にばかり目を向けている」と指摘した。
「有力な論文誌に書かれたことであっても簡単には信じず、自分の目で見て確信が得られたものを信じる」ことをモットーに研究にまい進してきた。PD−1の仕組みを活用したアレルギーや自己免疫疾患の治療法や、がんの免疫治療薬としてのPD−1が効く人と効かない人を見分ける判定法の研究開発などに引き続き力を注ぎたいと意欲を見せた。