竹森俊平の世界潮流

 


たけもり・しゅんペい 慶応大教授。慶大、米ロチェスタ一大を経て、1997年から現職。専門は国際経済学。主な著書に「経済論戦は延る」(読売・吉野作造賞)、「世界デフレは三度来る」、「欧州統合、ギリシャに死す」など。61歳

 今年は世界的に景気が上昇するとの予想が大方だが、国際情勢は北朝鮮問題を始めとして緊張が高まっている。国際経済学者の竹森俊平・慶応大教授が、経済と政治の対比が鮮明な三つの事例をもとに、世界経済を展望する。

 


韓国


半島の緊張と株高

 北朝鮮が、米国本土を攻撃可能な核ミサイルの完成に近づいている。それを避けるため米軍が先制攻撃をすれば、軍事境界線から50`程度のソウル市に甚大な被害が及ぶ。米政府がミサイル完成を黙認すれば、新鮮半島の軍事均衡が崩れる。

 韓国の株価は無関心なように上昇を続け、2017年11月に史上最高値を付け、年末の株価は最高記録だ。世界景気が上向けば、国内総生産(GDP)のなんと5割近くを輸出で稼ぐ韓国経済は追い風を受ける。経済面からみれば株高は不思議でない。

 しかし経済活動は「安全を保障する秩序があって始めて正常に機能する。その秩序が脅かされている。企業収益など数字にできる要因は株価に反映されるが、秩序への脅威といった数字にできない要因は反映さ如ないようだ。「何とかなるだろう」という楽観がビジネスの世界を支配し、とくに韓国でその傾向が強い。

 この事例が象徴するように、経済についての「楽撃と、軍事など世界秩序の根幹にかかわる「不安」の併存の中で今年の世界経済は展開する。



ドイツ


好調経済と政治の混迷

 一昨年の16年は、欧州連合(EU)離脱を決めた英国の国民投票や、米国のトランプ大統領選出など、中下流層の声を代表し、エリートの作った秩序の打破を目指す「ポピュリズム旋風」が世界的に台頭した。

 その根底には経済要因、つまりリーマン・ショック後の経済低迷や、近年の所得格差拡大傾向があると指摘された。

 では経済要因が良好ならどうか。ドイツはここ数年、先進国中でもっとも高い成長を遂げ、所得格差もさほど深刻でない。財政黒字を実現したため、政策の発動余力む大きい。だから昨年9月の下院選挙ではメルケル氏が首相4選をやすやす決めると予測された。

 ところが氏の率いるキリスト教民主同盟(CDU)は戦後2番目に悪い得票率に終わる。新内閣は依然成立のめどが立っていない。従来の大連立の相手、社会民主党(SPD)が選挙で大敗し、さらに衰退するのを恐れて政権参加を渋るのが最大理由だが、政治の右傾化の影響もある。

 メルケル氏は15年に100万人を超える難民受け入れの判断をした。これに対する国民の不満を追い風に躍進した右派の政党は、政権との対立を強めることで基盤を固めようとする。だから連立パートナーが見つからない。今や欧州の行方はドイツなしに決まらない。ドイツの国内政治の混迷は欧州統合そのものに陪雲を投げかける。

 ドイツよりも成長率は低いが難民、移民の問題が存在しない日本で政治が安定していることと考え合わせると、ポピュリズムの根源は経済要因よりも、社会要因、とくに難民、移民への反発にあるようだ。しかし経済要因が悪けれぼ国内政治の安定は一層脅かされる。そのため3月に下院選挙が決まったイタリアでは、EU支持派の民主党の政権維持が疑問視されている。


米国


「上流」に手厚いトランプ減税

 与党共和党の分裂が深刻だったこともあり、当初成果を上げられなかったトランプ政権だが、昨年12月、税制改革(トランプ減税)を実現した。

 目玉は基本税率を35%から21%に引き下げる法人税だ。政権や共和党はこれで成長率が跳ね上がり、税収も増えて、減税にもかかわらず連邦債務は増大しないと主張する。だがそこまで数観的な予測をする専門経済機関はない。比較的楽観的な見通しでも、GDPへのプラス効果を考えなければ10年間で連邦債務が1.5兆j拡大するのが、プラス効果で1兆j程度の拡大で収まるとみる。

 連邦債務が拡大した場合、歳出削減や増税が必要になり、その分経済成長へのマイナス効果が働く。連邦憤務拡大が金利の上昇を生み命、成長を妨げる可能性も無視できない。それでも経済成長の刺激のための法人減税は、経済学的には筋の通った処方箋だ。

 トランプ減税の問題は、その中身がトランプ政治のスローガンとあまりにかけ離れていることだ。

 成長率を高めればその恩恵が全国民にトリクルダウンする(滴り落ちる)という通念を裏切り、上流の所得の伸びが著しい一方で、中下流のそれは沈滞し、所得格差が拡大している事実が、ポピュリズム旋風の根底にあると言われてきた。だが今回の税制改革の基礎となるのはトリクルダウン思想に他ならない。

 税制改革のもう一つの柱は、8年間の期限付きで実行される所得減税だが、これについては逆進性が指摘されている。より巨額の納税をしている富裕層の「減税額」が低中所得層を大きく上回るのは当然としても、税率について富裕層の「軽減率」が、低中所得者のそれを上回ると試算されているのだ。

 08年のリーマン・ショックの原因は信用のない低所得層向け住宅ローン(サブプライムローン)を膨張させた米金融業の行動だった。甘い審査で住宅ローンを与えられた低所得層は、いわば金融業の利益拡大のための「手段」にされた。

 トランプ氏を大統領選での勝利に導いたのは中下流層の支持だった。彼らも、金融業や富裕層への利益が大きい「トランプ減税」を実現するための「手段」にされた疑いがある。税制改革が不人気で、昨年12月の世論調査で支持率が平均して33%しかなかったのは、国民がそれに気付き、憤っているためではないか。共和党はこの減税で景気を刺激し、11月の中間選挙を有利に進める計算だが、これだけ不人気ならかえって民主党の勢力挽回につながりかねない。減税効果もあり、今年の米国経済はますます好調だろう。その背後で米国政治の機能不全が進むことが心配される。

 



韓国の株価 通常、代表的な株価指数である「韓国総合株韓国取引所の全上場銘柄からなる時価総額を加重平均した指数。サムスン電子やSKハイニックスといった半導体関連銘柄がけん引し、2017年は約2割上昇。18年も上昇するとの見方が多い。


トランプ減税 1986年以来、約30年ぶりとなる大型の税制改革で、2018年1月からスタートした。トランプ米大統領が掲げた主要公約で初めて実現した。連邦法人税と地方税を合わせた法人実効税率は約41%から約28%となり、日本やドイツなどを下回る見通しだ。

 


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