安心の設計

  より良い最期とは

 

 高齢化で亡くなる人が増える多死社会・日本では、「より良い最期」を模索する人たちも増えつつある。QOD(Quality of Death、死の質)を考えてきた連載の最終回では、老いや 死に向き合った経験のある3人に、人生の最終場面の医療やケアについて聞いた。

 

 

「最期まで手厚い医療」再考

医師 新田国夫さん 73

にった・くにお 1990年、東 京都国立市に「新田クリニック」 を開業し、1000人近い患者を看取ってきた。全国在宅療養支援診療所連絡会長。日本臨床倫理学会理事長

 「もし家で死にたいと思 うなら、病院や医者とケンカしてでも家に帰ろうよ。何とかなるから」。そう言える地域がこの数年、本当に多くなってきたと実感しています。

 確かに、訪問診療や訪看護などの在宅医療は、質の差が大きく、過疎地を中心に不足しています。こうした地域では、介護施設や高齢者住宅に住み替えなくてはならないケースもあるでしょう。それでも、病院ではなく、「住まい」と呼べる場所で亡くなることは、決して難しいことではなくなってきました。後は覚悟の問題です。

 80歳代半ばを超えて一人暮らしだと、今はなんとか生活をしていても、ちょっとしたケガや風邪がきっかけで寝たきりになり、死に直面する可能性があります。こうした人は今後もっと増えるでしょう。

 80歳代半ばにもなれば、 肉体は終わりを迎えようとしていることが大半。その時、私たちはどこまでの医療を求めるのでしょうか。 栄養を吸収できなくなって食欲がないのに、カロリー 不足だからと栄養を点滴で流し込むのか。老衰で止まりかけている心臓を、外からの刺激で無理に動かすのか。死に向かって下がっていく血圧を、薬を使って上げるべきなのか。

 多くの医療行為が、死にゆく肉体の邪魔になる段階が誰にも訪れるのです。その時がやってきたことを本人や家族に伝え、QODを高めるためにどうすべきか、正しい情報と選択肢を示すことが、医師や看護師、ケアマネジャーらの役割なのです。

 その人にとって大切なことは、一秒でも長く心臓が動いていることなのか、それとも、たとえ旅立ちが少し早まったとしても、退院して好物を食べたり、家族と話したりすることなのか。本人や普段の生活をよく知る人たちが、総合的に判断することが大切ではないでしょうか。

 「誰もが最期まで、できる限りの手厚い治療を受けるべきだ」という考えは、変えなければいけません。 医療者はもちろん、全ての人に真剣に考えてほしいと思います。

 

 

 晩年も人と関わわたい

歌手

前川清さん 69

  「まえかわ・きよし 今年2月、歌手デビュー50周年を迎えた。現在、記念全国コンサートツア」中。 テレビ朝日系「前川清の笑顔まんてんタビ好キ〜)」で九州各地を訪れている。

 

 僕たちは、お年寄りにはできる限りのことをして、 最期まで面倒を見るのが 「孝行」だと恩ってきました。でも、ちょっと違うのかもしれません。僕はこの年になって、「子どもたちには迷惑をかけたくない」と思います。ですから、過度な延命治療は要らないと、妻や子どもたちに繰り返し伝えています。

「痛いのは嫌だから、苦痛を和らげる薬は使ってほしい。でもそれ以上のことはしなくていい。直前まで 仕事をして、人と関わっていたい」。それが、僕が望む最期です。自分のペースでできる歌手という仕事さえもできない状態になった時は、人生が終わる時。そう思っています。

 テレビ番組で、6年前か ら九州各地を回って、個人のお宅を訪ねています。この数年で、地方ではぐんとお年寄りが増えた印象です。連れ合いを亡くして一人暮らしとか、つい先日、 ご近所の方がお亡くなりになったとか。自宅で酸素吸入をながら、ほぼ寝たきりだった男性は、撮影直後にご家族から「亡くなった」と連絡がありました。死が身近にあるんです。自然と、自分の最期はどうなるのか、どうするのかと、考えるようになりました。

 お年寄りの言葉で意外だったのは「このまま、ここで死ねたらいい」と言う人が多いことです。仲間がいるからなんですね。経済的な理由で施設に入れないという人もいます。でも、それだけではなく「なにか因っていないか」と、気にして声を掛けてくれる人がそばにいるのです。

 生きるって、人と関わることなんだと僕は感じました。僕自身も、仕事をして、人に会うから身支度にも気を使い、いろんなことを考える。体が弱って、そういうことが全くできなくなっ て、外とのつながりが何にもなくなってしまったら、 その状態で何年も生きたいとは思わないだろうな。

 僕は団塊の世代で、同級生が多い。みんな、これから老いていくわけです。僕らが自分で「自分にとっての死に際、引き際」を考えておくことは、次世代に迷惑をかけないためにも、とても大切だと思います。

 

 

 

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