ポスト平成の未来学



第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方



好きな職 好きな所で

 

 

 2050年の東京・丸の内にスーツ姿の会社員はいないかもしれない。リモートワークの推進や副業の緩和で毎日会社に通うという考え方や1つの会社への帰属意識は弱まる。一方、単純作業のような仕事は人工知能(AI)に取って代わられる。持つ能力を細分化し、好きで得意なことだけを仕事にする働き方が主流に。そんな将来を予見させる人たちがいる。

  
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 「100年生きることを考え、ずっと好きで続けられる仕事は何か。会社に属すことにはもう意義を感じない」と話すのは石川陽子さん(42)。以前は大手流通業で広告営業やマーケティングなどを担当。2年前から複数分野の仕事をプロジェクト単位で組み合わせて働く「ピクセルワーカー」ともいえる存在だ。

 仕事はイメージコンサルタント、英語教室、海外企業の日本進出支援、訪日客の買い物同伴など。週半分は暮らす実家のある干葉県館山市、半分は顧客と会うため東京。数カ月に1度べトナムを訪れる。「得意分野に絞ってピクセル化。好きな仕事を好きなペースで頑張れる」と話す。

 11月初旬、午前10時。私(29)は6時半発の高速バスで東京へ来た石川さんと合流、1日に密着した。まず顧客相手に1時間、好印象を与える色を提案。午後1時から渋谷のカフェで服飾ブランドを立ち上げるという女性の相談に応じ、午後2時に目黒で企業と研修の打ち合わせ。午後4時、六本木で別の企業とイベントの会議。「会社員の時より収入は減ったが、時給換算だと高いことも」と笑う。

 ベトナムへの移住などを経て38歳で帰国、会社員としての復職も考えたが、息子を「自然豊かな館山で育てたい」と新しい道を選んだ。国際的なコンサル資格を取得、得意な英語や海外の人脈を生かす。「不確かな時代だからこそ、何がしたいか、自分が納得できないと」 (石川さん)

 IT(情報技術)の発達で世界中の個人同士が情報を送受信できる時代。ピクセルキャリアは学生起業家に限られたことではなく、会社員でも学ぶ意欲と思い切り次第で挑戦できる。総務省の調査では、16年の就業者数に占める転職者比率は4.8%で増加傾向。転職も副業も当たり前になる日は遠くない。

 渡り鳥のように自由な働き方の人たちがいると聞き、私は京都市に向かった。繁華街の四条烏丸交差点から徒歩数分。語学教育事業の北海道グローバルレンクス(札幌市)が10月に開いた国際ビジネス交流拠点「CO&CO」だ。

 午後5時半。カタカタとパソコンのキーボードをたたくジェシカ・イエーガーさん(26)。勤める米ソフトウエア会社に合わせ、日本時間の夕方から翌朝までが「オフィスアワー」。7カ月間オフィスに出向かず、インターネットで海外から財務の仕事をこなす。1年間働きながら世界12カ国を旅するプログラム「リモートイヤー」の参加者だ。

 リモートイヤーは15年設立の同名の米ベンチャー(イリノイ州)が提供するプログラム。勤務地の制約から自由になり、旅する各国の地域社会と関わりながら24時間仕事ができる環境を提供する。参加費用は約300万円。参加者同士が互いのスキルを持ち寄り、起業することもある。


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 30代中心に約40カ国から延べ1000人以上が参加。会社員もいれば起業家もいて、職種もエンジニアやマーケッターなど多彩だ。1人で複数の仕事を持つ人や部下のいる管理職もおり「そんな働き方アリ?」と私は声をあげた。

 私は正午から午後9持すぎまで滞在。「どんなことをやっていますか」の一言で人がつながり、自分の強みをアピール、新規ビジネスが芽吹く。「働く場所の役割が変わりつつある」と北海道グローバルリンクスの中野創次郎社長(36)。「普段は遠隔で働く人が増えれば、それだけ実際に出会って交流する価値が高まる」と指摘する。

 この日40人以上と出会うなか、これからはどんな仕事が必要とされ、私にはピクセルワーカーとしてどんな可能性があるだろうかと考えた。

 単純な記事はAIに任せるとして、空いた時間で得意な英語を使った観光案内はどうだろう。イベントの企画も好きなのでイベンターもいいかも? ただ、肩書を離れたときに社会でどう評価されるかはわからない。自分の価値を見極め、選択する力がますます問われるに違いない。

 


 

 

2050年オフィスが消える

 

 

 働き方は技術に伴って変化してきた。日本の「テレワーク」は1980年代、都市部の地価高騰などで登場した郊外サテライトオフィスに始まる。以降、インターネット普及で広がるが、導入率は1割強。会社で働く意識は依然強い。

 ただ、2027年に予定されるJR東海のリニア中央新幹線の出現で、働く場と住む場の考え方が変わるかもしれない。延伸後の37年ごろには品川ー大阪間は最短67分。普段は大阪に住んでリモートワークをし、必要なときだけ東京に出社する「リニア都民」誕生の可能性も。

 東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授は50年の働き方について「3D映像のテレビ会議などが進化し、今以上にどこからでも仕事ができるようになる」という。結果「多くのオフィスビルがなくなる」。集まりたいときに集まる場所はカフェでよい。既存のオフィスはレジャーやサービス提供の場に変わり、逆に生活の場に働く場所が取り込まれていくとみる。

 場所が自由になると「働くことと、余暇や社会貢献活動などをする時間との境目もなくなる。会社に働かされている感覚が薄れ、仕事を含め自分の時間をどう有意義に使うかをもっと考えるようになる。人生の中でいつ働くかという選択も自由になる」と柳川氏は強調する。10代から働き、30代は子育てや学びに専念、40代からまた働くことも可能だ。

 三菱総合研究所の亀井信一研究理事は「場所と時間に縛られない働き方は、いっときに人が複数の組織やプロジュクトに所属する『ピクセルキャリア』を加速する」とみる。これに伴い「1つの雇用主と被雇用者という構図のもとに成り立つ、現行の制度は変わっていく」。例えば企業の雇用は、正社員で構成された年功序列・トップダウン型ではなく、個人が企業と契約、上司もいないフラット型に。賃金はプロジェクトごとに人を集めて契約、成果で報酬が決まるのが基本。企業の役割もそぎ落とされ、保険も個人でまかなう。労働時間ではなく成果で評価するため、労務管理などは最小限になる。

 さらに亀井氏は企業と個人の新しい関係を「プロ野球選手」に例える。リーグや球団と契約することで競技に出られるように、個人は企業を自分が活躍するためのプラットフォームと捉える。代わりに「個人が挑戦する機会や費用卑保障する制度を構築しなければならない」(亀井氏)。例えば投資や寄付活動をしやすくし、個人が多大な負債を抱えなくとも事業に挑戦しやすくするなど。成果主義がより重視される分、安心して仕事に挑める環境整備が必要だ。

 旧来の管理社会の仕組みに身を委ねてきた人の中には、新技術を使い、自分で時間を工面して働くのが困難な人も出てくる。「これからの企業は社員が自分なりの働き方を選べるよう、必要な情報提供が欠かせない」(柳川氏)

 

 

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