複 眼
ものづくりの信頼、どう回復
神戸製鋼所の品質データ改ざん、日産自動車やSUBARU(スバル)の 無資格検査問題など、日本が強みとしてきたものづくりへの信頼を失墜させかねない不祥事が相次ぐ。製造業の現場に何が起きているのか。「メード・ イン・ジャパン」の誇りを取り戻すための処方箋は何か。
消費者目線の努力を
弁護士 中島茂氏
近年頻発する、ものづくり企業の不祥事に共通しているのは、消費者目線の欠如だ。
内部統制や企業統治の仕組み作りなど日本企業も「形」 は整ってきたが、理念先行になりがちだ。コンプライアンスの原点は消費者や社会など皆の期待に「応える」こと。 不祥事が起きると経営者は 「法令は守っていた」と発言するが、そこには言葉の持つ本来の視点が抜けている。
もうひとつ気になるのが契約書の軽視だ。契約書の重みは日米で違う。神戸製鋼所の当初の記者会見で非常に印象的だったのは「今回は法令違反はない。民間企業同士の契約に合致しないだけだ」との副社長の言葉。私は驚いた。
「民法の債務不履行じゃないか」と突っ込みたくなるが、 国の規制・監督法令に違反しないことが大事で、民間企業同士の約束は二の次という意識なのだ。日本も司法社会を目指して「契約書は大事」という文化をつくり上げてきたはずなのだが、浸透していないことが露呈した。
あるメーカーの人が「契約書で定める品質はオーバースペック(過剰品質)だ」と話すのを聞いたことがある。だからそのスペックより品質が下でも、あまり罪の意識は感じない。そこに「法令は大事 だが契約は次善のものだ」という文化が重なった。
それは欧米企業には通用しない。米ゼネラル・モーターズ(GM)や米フォード・モーターなどが購入した製品が、契約書に書いてあるスペ ックと違っていれば大問題だ。仮に品質の劣る製品を供給するなら、値下げと引き換えにするなど、その都度契約で合意しなければならない。
私は今でも日本のものづくり現場の真面目さは変わっていないと思う。技術目標達成にかける情熱は感動的だ。「働き方改革に取り組もう」と言われても、現場が気になり、 休日につい工場に来てしまう。現場の技術者のひたむきさは世界に誇れるものだ。
一方で技術に関心がない管理畑出身の経営陣は、現場と対話をせず、製造現場が「聖域化」している。職人気質の現場では技術開発が自己目的化し、不必要に高い水準を追求する。それが消費者が求めるものとは限らない。
逆に、例えば車の燃費性能の表記について、技術に詳しい人は「道路状況や運転技術に左右されるから重要ではない」と考えがちだ。だが消費者はそこに神経を注いでパンフレットを見る。技術者の理想と離れ、消費者が何を重視しているのかを指摘する人がいないと悲劇が生まれる。
本来は経営陣が現場の努力の方向性を消費者目線に修正しなければならない。生え抜きの取締役にできないのであれば、社外取締役が消費者の代表として指摘すべきだ。大企業になるほど製造現場と経営陣の距離は遠くなる。社外取締役が「オーバースペック じゃないか」 「もう少し安全性に心を砕くべきだ」といった素朴な疑問を口にすれば、両者の距離は縮まる。不祥事企業の多くは社外取締役の設置が形式にとどまり、機能していない。現場と経営陣の実質的な対話ができれば問題は解消されると思う。
なかじま・しげる 79年弁護 士登録。83年中島経営法律事務所設立。メーカーや金融機関な どの社外取締役・監査役を多数 経験。危機管理、コンプライア ンス対応が専門。67歳。
「仕組み・風土・人」を育む
旭硝子常務執行役 CT0 平井良典氏
日本の製造業で起きている 一連の不祥事は率直に残念 だ。当社でも品質に関わる問題が起きることはある。
2004年、食品添加物や医療用として提供している重曹に、顧客から「異物が混入している」と連絡があった。 調べると混入物はフッ素樹脂で、製造工程で混入したものと判明した。対象となる製品 1900トンのうち混入物は10グラム程度。だが即座に自主回収 し、顧客の連絡から3週間後 には報道発表もした。
報道発表した3月12日を 「品質の日」と定め、経験を絶対に風化させないと決た。当時は02年に制定したグ ループビジョンを社内に浸透させようとしていた時期。標榜する価値観のひとつに「イ ンテグリティ(誠実)」がある。まさに製品の質や信頼に関わる事だが、ビジョンがあっても効果的に機能していなければ駄目だと反省した。
品質問題を防ぐには、組織の風通しを良くすることが必要と改めて感じた。悪いニュースほど隠さず、早く知らせ ることが、社内にも顧客に対しても重要だ。実現するには 「仕組み」 「風土」 「人」の ひとつも欠けてはならない。
まず部門横断のチェック機能を持つ「環境・安全・品質室」を設けた。事業部門は「コ ストをかけたくない」 「不利 益なことは公表したくない」 という意識が働く。二重三重 に監視する仕組みにした。
執行側の取締役3人で、国内外の工場や営業所などの拠点訪問も行っている。最初に話すのが法令慣守を含めた品質管理の大切さだ。企業活動の前提だと伝えると「こういう問題がある」 「コストがかかる」などの反応が返ってくる。文書で何度通知しても駄目。双方向で現況を確認し合える形をとることが大事だ。
隠蔽を防ぐ風土づくりとしては、企業の垣根を越えた社員の交流を支援している。若手社員が企業横断で参加する勉強会で講師が必要なら、紹介する。年齢や組織間などの壁をなくすことが、間接的ではあるが、最終的には法令順守につながると考えている。
人づくりも重要だ。日本では大学で技術者に倫理教育を行っていない。論文不正なども多い。大学で倫理や哲学を共通認識として学んでから、 専門教育に進む欧米との違い だ。当社では今年から技術者に特化したeラーニングを始めた。「データは、出た物をそのまま使わなくてはならない」などの教育を徹底する。
理系の現場と文系の経営陣との壁が不正隠蔽の温床との指摘もあるが、当社では垣根は低い。社内の取締役4人のうち3人は理系だ。全員40代で子会社経営など事業経験を積んでいる。米国には理系出身の経営者は多い。理系・文系の別にこだわるのは日本ぐ らいだろう。日本では組織内外の流動性が低いことも学生時代の専攻がキャリアについて回る一因かもしれない。
日本市場の位置づけが相対的に下がり、企業はグローバ ル競争にさらされる。当社も海外進出下で必要に迫られて 仕組みや風土を作ってきた。 一連の事件を教訓に、さらに品質を追求していきたい。
ひらい・よしのリ 87年旭硝子入社。電子関係の技術開発に従事。中小型液晶パネルの子会社を経て、本体で新事業創出に携わる。16年から最高技術責任者(CTO)。58歳。
理系vs文系改めるべき
中央大教授 榊原清則氏
製造業の不祥事を「技術一流、経営三流」と皮肉る声も あるが、実は「技術一流」も怪しくなっている。産業史を踏まえると、品質にかかわる不正が目立つ背景には2つの問題がある。1つ目は、ずばり日本の製造業の国際競争力が劣化していることだ。現場に余裕がなくなっている。
戦後日本を支えてきた主要産業は自動車と電機だが、電機の競争力低下は著しい。旧知のコンサルタントによれ ば、台湾の鴻海(ホンハイ) 精密工業は最近、インドにスマートフォンの受託製造工場をわずか75日間で立ち上げたという。同規模のエ場を日本企業が設けるには、どう頑張っても1年かかるそうだ。
2つ目の問題は、日本の大手製造業に長く横たわる「技術系(理系)社員」と「非技術系(文系)社員」との、心理的な距離感だ。双方のカルチャーの違い、もっといえば 「理系の文系に対する不信感や蔑視」かもしれない。
両者の微妙な関係は、理系と文系に分かれて入社して以降、ずっと続く。ある電機メーカーの場合、入社時は「理系7割、文系3割」だが、役員になるのは「文系7割・理系3割」と逆転してしまうそうだ。だから理系が文系を処遇面で羨み、「技術一流」を支える自意識を募らせる。
1990年代までは日本経済が右肩上がりで成長し、社員に一体感があった。役員と社員の報酬格差も欧米と比べ小さかった。だが近年、経営不振で技術者らをリストラした一方、市場の圧力で企業統治改革が進んだ。役員報酬は高額となり、理系と文系との対立が深刻になった。
理系は文系を「技術も分か らないくせに、世渡りだけうまい」と蔑視する傾向があ る。電機大手や化学大手の技術者が、はっきり文系社員をバカにするのを聞いたことが ある。企業や社会が何かにつけ理系、文系を区別するのは日本独特で、改めるべきだ。
ある素材大手の技術者は、 プロジェクトが成功した理由として「技術が分からない経営陣に報告せず、内密に進めたから」と自慢する。この話には重大な落とし穴がある。 「経営者に話しても無駄」「技術のことは任せておけ」という現場のおごりを生んだ。数多くの失敗したプロジェクトは当然隠しているはずだ。
加えて経営との距離を生みかねない日本の「優秀な現場」 特有の問題がある。トヨタ自動車の関係者から聞いたが現場技術者たちは自分でエ夫し、私的なルールを作ってしまう。例えば仕掛かり品を隠し持ち、困った時に使う。そんな行為をさせないことが、 トヨタのように中間在庫を抱えず、オープンな生産システムを築くには大事だという。
規制やルールの中には現実に即していないものもあるだろう。それを現場は認識しているがゆえに、不正なルールを作りかねない。法令順守は技術や品質、効率と並ぶ重大問題なのに、現場が深刻にとらえていない可能性もある。 理系は工場など閉鎖環境で働 くケースが多い。他社との協業など、企業は現場をより開かれた環境にすべきだ。
さかきばら・きよのリ 73年 電通大経営工卒、78年:一橋大院修了。米マサチューセッツ工科大客員研究員、ハーバード大研究員などを歴任。技術経営論が専門。68歳。
アンカー
現場と対話しルール浸透を
愚直に品質を追求するイメージが強かった日本のものづくり現場で続く不祥事は、製造業全体への深刻な打撃だ。
戦後の町工場からスタートした際には美談だった現場のこだわりが、大企業に成長するにつれ、利益を追求する経営陣との間で距離とあつれきを生む。そこに欧米流の法令順守を上から唱えても、現場はついてこない。「ハコ(組 織)はハコの論理で固まろう とする。壁を突破することが法令順守の浸透につながる」と平井氏は指摘する。
日本企業が国際化に乗り出して久しいが、ルール対応は形式に流れ、成長に見合う企業風土、人づくりが追いついていないのではないか。人材の流動性向上や経営陣と現場の対話の繰り返しで、顧客の声や国際的な法令順守の基準を現場に届けることが大事 だ。現場の課題もそこから見 えてくる。