Deep Insight
マンガ×IT 創造力の船出
人工知能(AI)の進化が止まらない。英ディープマインドは10 月、囲碁用AI「アルファ碁ゼロ」が自己鍛錬で腕を上げ、2016 年にトップ棋士を破って世界を驚かせた「アルファ碁」を相手に100戦全勝したと発表した。
呼応するようにロボットや、あらゆるものがネットにつながる 「IoT」の技術も急ピッチで高度化する。自動化の波が押し寄せ、 ビッグデータがかつてない知見をもたらす。産業の姿も変わる。
人は新しい市場や事業モデルを創出する力を改めて問われる。I T(情報技術)をうまく取り込む知恵が一段と大切になる。
○ ○ ○
きょう3日は「まんがの日」。
15年前に出版社や漫画家の団体が 制定した。故手塚治虫氏の誕生日でもある。マンガは創造力が生命線の産業だ。ITを駆使し、面白いことができているだろうか。
1980年代、「週刊少年ジャンプ」に連戦された人気作品「北斗の拳」。全巻を収めた電子本を 売り出す計画が進む。見開きの電子ペーパーで読み、吹き出しのせりふは日英2言語に切り替えられる。本体は紙製。電子の便利さと、 紙の手触り感を合体した。
電子機器などを設計開発するプ ログレス・テクノロジーズ(東京・江東)を中心に、部品や製本な どの約10社が手を組んだ。「コンテンツと技術をかけ合わせれば、 多くのことができる」。プログレスの小西享取締役は言う。 当面の資金はクラウドファンデイングで調達する。すでに目標だった300万円を大きく上回る2200万円を集めた。2月に日米の顧客へ届ける。欧州やアジアからも引き合いがある。北斗の拳以外の作品をそろえる準備も急ぐ。
「書店に置かれず眠っているコンテンツをよみがえらせる」。そう語るのはNagiSa(東京・目黒)の横山佳幸社長だ。過去の名作など1千以上のマンガが読めるスマートフォン(スマホ)アプリを提供する。
ページビューは月間20億におよぶ。どのマンガがどれだけ読まれたかデータでわかる。アプリ内でどの作品を優先するか。1話あたりの最適なべージ数は。読者体験の改善にデータを役立てる。
作品の生み出し方にも新風が吹く。メディバン(東京・渋谷)のアプリは、スマホでも本格的なマ ンガが描ける。単調な作業は効率 化し、原作や作画、色ぬりなどをチームで分担することも可能。アイデアを世に問いやすい。
○ ○ ○
同社の技術は少年ジャンプも公式アプリとして使い始めた。狙いは漫画家の発掘だ。マンガの描き方を教え、投稿も受け付ける。多言語に対応し世界に門戸を開く。
かつて手塚氏や赤塚不二夫民ら が下積み生括を送った都内のアパ ート「トキワ荘」が20世紀のマンガ創作の象徴なら、21世紀はネッ トが才能を育む場だ。
電子書籍事業を手がけるメティアドゥホールディングスの溝口教取締役グループ最高執行責任者 (COO)は「出版のエコシステム(生態系)全体にITを活用する」と話す。同社は今夏、メディ バンとの提携を決めた。
ただ世界のなかで日本の影は薄い。コンサルティング大手ローラ ンド・ベルガーによると、海外のコンテンツ市場における日本のシ ェアは14年で2.5%どまり。「権利関係が複雑で、大胆な意思決定l ができない」。中野大亮パートナーは業界の問題を指摘する。マンガはシェアこそ高いが、市場自体は小さく、拡大の余地がある。
コンテンツ海外流通促進機構の調べでは、海外での海賊版被害は 14年で2888億円にのぼる。取 り締まりは当然だが、「守り」に 加え、日本のコンテンツの魅力を訴える「攻め」も要る。アニメを 巡る動きを見てみたい。
○ ○ ○
バンダイナムコグループは看板アニメ「ガンダム」を海外で無料 配信している。海賊版に先手を打ち、プラモデル販売などトータルで稼ぐ発想だ。日本のアニメを海外で売る住友商事は、アニメのゲーム化でグリーと提携した。相乗効果で事業を大きくする。
米IT大事が巨費を投じて独自 コンテンツの配信に乗り出し、単 にアニメを流すだけでは存在感を発揮しにくくなった。コンテンツ を入り口にビジネスの奥行きを広げる工夫が欠かせない。
ネット家電のCerevo(セレポ、東京・文京)は、アニメなどに登場するアイテムやキャラク クーを家電の技術で再現し販売す る。モーターやセンサーを搭載して動かしたり、音声認識技術でしゃべらせたりする凝った仕様だ。
世界のアニメファンが手を伸ばす。岩佐琢磨代表取締役は「スマ ートトイ(玩具)のジャンルをつくりたい」と意気込む。 ITは仕事を奪う敵だ、ととらえるのは賢明でない。マンガやアニメの制作現場でAIを使えば、 工程の一部を自動化でき、人手不足を補える。作品の翻訳も容易で 販売機会が増える。権利を守りつつ広くコンテンツを流通させることも、仮想通貨の基盤技術ブロックチェーンなら期待がもてる。
ネットが一般化したこの20年あ まりを振り返れば、日本発の世界的イノベーションを探すのはむずかしい。日本の産業界はデジタル感度が鈍いと思う。
ITを抜きに成長シナリオは描けない。製品・サービスの刷新、 生産性向上、人材の育成、グロー バル化……。マンガ、アニメ産業の試みにヒントはないか。この連休、好みの作品を楽しんだあとは、 自分が働く産業の創造力について考えてみるのもわるくない。