Deep Insight
カリスマの後継負う重荷
米グーグルの会長だったエリック・シュミット氏は2011年、IT(情報技術)関連の会合で「プラットフォーム戦略をうまく活用している会社が4つある」と語った。自社とアップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの米国勢だ。4社の頭文字をつないだ「GAFA(ガーファ)」は、IT産業の主要プレーヤ1を表す言葉として定着した。
長く業界に君臨した米マイクロソフトの名はそこにない。主戦場がパソコンからインターネット、さらにスマートフォン(スマホ)へと移り、競争の第一線から後退する。そんな見方が専らだった。
ところが、である。12年に9位まで落ちた時価総額の世界順位はいま3位。しぶとくITビッグ5の一角にとどまる。なぜだろう。
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4〜6月期決算は純利益が1年前から倍増した。けん引役はクラウド事業だ。「社内で行うこと全てを変革している」。サティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)のもと、パソコンのソフトを売る会社からの変身が進む。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は基本ソフト(OS)で業界標準を握り、頭脳産業の鉱脈を掘りあて、カリスマになった。
21世紀に入り、検索などネットサービスでグーグルの優位が鮮明になったころ「挽回できるのか」とゲイツ氏に尋ねた。「うちが劣勢?証拠を示せ」。怖い顔で詰め寄られたのを覚えている。
ゲイツ氏の親友で2代目CEOに就いたスティーブ・パルマー氏もソフトを売りまくって会社を大きくした。米ヤフーの買収を試みるが失敗。従来の延長線上の経営が温存された。
ようやく変化し始めたのは14年にインド出身の「サラリーマンCEO」、ナデラ氏が登場してからだ。モバイル分野での出遅れという現実を受け入れ、手を打った。OSを一部タダにし、宿敵だったアップル、グーグルのOSに対応するソフトも用意した。
「タブーと思われたことをトップが自ら実践し、社員の気持ちが変わった。そこに魅力を感じ入社する人も増えた」。日本マイクロソフトの平野拓也社長は話す。
現実空間にさまざまな映像を重ねて表示し、まるで目の前にあるように操ることができる「ホロレンズ」という端末もつくった。ブラジル出身の開発リーダー、アレックス・キップマン氏は、新たなスターとして脚光を浴びる。
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過去の呪縛から脱しつつぁるマイクロソフトと対照的なのが「ウインテル」としてパソコン全盛期を謳歌した盟友の米インテルだ。
スマホ向け半導体でガリバーになったのは米クアルコム。今後有望な自動運転用は米エヌビディアが注目の的だ。ライバルに押され続けるインテルは4〜6月期、四半世紀ぶりに業界首位の座を失った。パソコン用CPU(中央演算処理装置)に頼る構造が響き、韓国サムスン電子に逆転を許した。
インテルにもカリスマCEOがいた。ICを発明したロバート・ノイス氏、「ムーアの法則」のゴードン・ムーア氏、そしていまなお経営者のお手本とされるアンデイ・グローブ氏だ。メモリーからCPUへと軸足を移す決断、黒子の部品会社らしからぬ「インテル・インサイド」の販促…。3人は思う存分、敏腕を振るった。
後継の3人はどうか。「常に前任者たちの影を意識しなければならなかった」とグローブ氏の後任のクレイグ・パレット氏が米紙に心情を明かしたことがある。次のポール・オッテリーニ氏もムーアの法則の維持に必死だった。現CEOのブライアン・クルザニッチ氏も同様だ。先人たちが築いた偉大な歴史を守る重圧が、新分野への挑戦を鈍らせたかもしれない。
前任者を否定すれば済む、といった乱暴な話ではない。だが経営環境の変化はかつてなく激しく、カリスマの敷いたレールをそのまま走るだけの後継者では心もとない。それがウインテルの明暗が示す教訓だ。時価総額首位のアップルさえ、ティム・クック氏のCEO退任を求める声が投資会社から聞こえてる。 「スティーブ・ジョブズ氏の遺産を引き継いだだけでビジョンがない」が理由だ。
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カリスマ後の経営の難しさは洋、の東西を問わない。例えばソニー。井深大、盛田昭夫、大賀典雄という創業者世代の3氏が、家電から音楽、映画、ゲームにまでまたがる複雑な組織を生み、ソニーの名前を世界にとどろかせた。
しかしその後は斬新な製品やサービスが乏しい。ビリッとしない経営が続くさなかに聞いたグループ重鎮の言葉を思い出す。「創業者世代は次の世代の力量がわかっていなかった。運営できないほど巨大なものを残したのは失敗だ」
いまソニーは業績が上向く。「復活」の評価も出始めたが、事業売却で身を縮め、売り上げやシェアを追わない方針にカジを切り、やっと現在の経営陣でも切り盛りできる規模に落ち着いてきた、といった総括も可能に思える。
そして、この人はどう着地するのか。ソフトバンクグループの孫正義社長だ。自ら選んだはずの後継者にバトンを渡す計画を撤回し、10兆円ファンドを立ち上げた。6月の株主総会では「引退していられない。燃えている」と訴えた。孫氏の人脈や行動力への依存度が高まるのに比例し、後継者選びのハードルも上がるはずだ。カリスマという存在には、閉塞を破り、革新を呼び込む突破力がある。ただ長期の成長をめざす仲業経営の観点からは、取扱注意のリスク要因と考えざるを得ない。