2017衆院選 識者座談会
熱狂なき自民圧勝 なぜ
今回の衆院選で自民、公明両党は憲法改正の国会発議に必要な3分の2(310議席)を再び上回る勝利をおさめた。だが、投票率は低水準で、安倍内閣への支持率もあがっていない。熱狂なき与党の圧勝は日本をどこに導くのか。土居丈朗慶大教授、中西寛京大院教授、御厨貴東大名誉教授(五十音順)に話し合ってもらった。
御厨氏 歴史の幻想、野党を翻弄
中西氏 民進・希望の合流大失敗
土井氏 保守・リベラル、境目曖昧
――選挙結果をどう受け止めますか。
御厨氏 徒労感が非常に強い。結局、安倍晋三首相を再選させるために内閣をもう一度こしらえただけになった。原因は小池百合子氏の登場だ。メディアは一斉に「政権選択選挙」と報じたが僕は大うそだと思った。その時、希望の党はできてもいないイリュージョン(幻想)だったが、メディアにも世論にも「もう一度政権交代をみてみたい」という気持ちがあった。ところが、その幻想は見事に消えて野党分裂劇となり、国民はくたびれ果ててしまった。
中西氏 今回は野党が自滅したことが大きい。人々には野党が安倍政権を懲らしめてくれるのではないかとの期待感があり、普通ならば与党の議席は減っていた。民進党と希望の党の合流は大失敗だ。もし両党の連携にとどめていれば、首相指名の問題や「排除する」との失言も出ずにすんだ。前原氏はここが勝負所と判断したのだろうがあまりにも詰めが甘く大きな判断ミスをした。東京都民の怒りが大きかったことも誤算だった。
土居氏 小池氏は改革保守と言うが、彼女が保守として経済政策で立てる隙間は、政府の関与を抑えて市場に委ねる「小さな政府」寄りにあった。安倍首相は小泉内閣で育てられた人だが新自由主義は標模しておらず、より「大きな政府」に近づいている。だから小池氏には日本維新の会のような小さな政府にに近い位置をとる方が自然で、保守層の中にもそこに強い支持を持っている人はいた。だが(大きな政府寄りの)民進党とまず合流を決めたことで、保守かリベラルかさっぱりわからなくなった。
御厨氏 本来、東京都知事が国政に進出することに相当無理があった。無理があったにもかかわらず、国政進出の幻想を抱いたのは、歴史の幻想があったからだ。1990年代初頭に日本新党が都議会に進出し、その後の衆院選で躍進して細川護煕政権が誕生した。希望の党の主役は日本新党出身者。「あの夢よ、もう一度」と期待したがうまくいかなかった。
――世界ではポピュリズム政党が一世を風靡し既存政党の支持を奪っていますが、日本では二大政党制が後退し自民党の1強が続いています。どう見るべきでしょうか。
土居氏 海外では「経済政策で疎外された人々による支配階級への反逆」がポピュリズムの一つの動機。ところが安倍内閣は再チャレンジや一億総活躍を掲げ、できるだけ疎外しないように一応取り組んでいる。それが少なくとも極右や極左の誕生を阻んでいる。
――日本に社会の分断はないのでしょうか。
中西氏 イデオロギーや宗教で大きく分かれていないのが、日本と欧米の違いだ。欧米のポピュリズムは、妊娠中絶や同性婚などの「文化戦争」と経済格差が重なるときに非常に力を持つ。日本の場合はそこまで極端な分裂がない。もう一点、日本で二大政党制が実現しにくいのは、自民党が日本社会を反映した「ヌエ」のような政党である点だ。たとえば、改憲を党是として長く政権党にいながら改憲してこなかった。自民党は、戦後日本の独特なイデオロギーの中でうまく自らを位置づけていると思う。
――野党再々編はどうなりますか。
中西氏 日本の政治は、左派がイデオロギーと人間関係で混乱し続けlてきた。それを束ねることができる人物が左派に現れるかが課題だ。戦略と実利の判断ができる人が求心力をもてば、野党再編ができる。小池氏にもその役割を期待したが、当面は希望が消えてしまったようだ。
日本はどこに向かうのか
中西氏 中国との間合い重要
御厨氏 首相の外交手腕、突出
――首相は北朝鮮問題を「国難」として衆院解散しました。北朝鮮問題はそれ程はど緊張するのでしょうか。
中西氏 トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の2人によるダンスなので、そのダンスがどう転ぶかによる。ただ緊張する可能性はある。来月の米中首脳会談の意義は大きい。トランプ氏は中国がどこまで金正恩体制を支えるのか腹を探るだろう。結果次第では年末から来年にかけて米国が動く可能性はある。軍事的選択肢も入ってくる。
――選挙戦では中国や韓国との関係はほとんど論じられませんでした。
中西氏 習近平政権とどういう間合いをとるかはこれまで以上に重要だ。習近平思想が公式化され、権力掌握もより強固になる。これまでは西側の枠組みの中で中国を大きくすると言っていたが、今は世界のモデルになると言っている。従来は日米で中国を抑えてきたが、難しい時期に来ている。北朝鮮問題で協力を引き出しながら、海洋進出では歯止めをどうかけていくかバランスが必要だ。
――首相の外交手腕は評価しますか。
御厨氏 首相は5年間、外交を自分でやってきたことに大きな自信がある。以前、首相を4〜5年やって国際舞台に行くと全く違うと言っていた。「すべて分かっている。初めて来た首脳を案内できる」と。そういう意味では、首相は外交面で突出している。北朝鮮問題や安全保障で代われる人材は今はいない。
土居氏 経済面でいうと環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を二度取りまとめたのは画期的だった。農業や畜産業の反対があるにもかかわらず国内をまとめあげ国際的にも妥結できたのは大きい。「国内は引き受けるから外交・通商交渉をしっかりやってこい」という政権のお墨付きがあってこそできることだ。今までの政権はなかなかそこまでできなかった。
――トランプ氏から日米の貿易赤字問題を解決するよう言われたら「ノー」とは言いにくいのではないでしょうか。
中西氏 その局面が来たら日本は苦しくなる。金融緩和でも、円安傾向への非難が正面からくる可能性もある。ただ、今の首相とトランプ氏の関係からみれば、日米の経済問題が正面から出てくるのはまだ先ではないかと思う。
御厨氏 トランプ氏は1点突破で「成果はこれだ」と言いたいから、日本がこれにどう対応するかが問題だ。
土居氏 もめているからフタをするのではなく、できるだけトランプ政権の姿勢を開放的なものに導く。それが日本が自由貿易を守るために果たす役割だ。第4次安倍政権は引き続き、米国の保護主義的な姿勢をいかに和らげるかに取り組んでいく必要がある。
アベノミクスの行方
土居氏 緩和の出口、難題に
中西氏 自転車操業逆風も
――首相は衆院選で2019年10月の消費税10%への引き上げと使途変更を争点に揚げました。
土居氏 使途変更を解散の大義にしたが、使途変更をすると財政健全化が遅れる。これは首相も認めている。「予定通り増税して財政も健全化する」という選択肢もあったはずだが、残念ながら提示する政党はまったくなかった。増税しないよりはよいが、問題は首相が「増税に国民の信認を得た」と強く認識しているかどうか。いつ何時、様々な理由で3度目の先送りをするかもしれないとの懸念はある。
御厨氏 3回連続で増税を見送るというわけにはいかないし、そろそろ首相も(消費増税をめざす)財務省を粗雑には扱えない。安倍内閣下で財務省はずっと黙ってはいるが、首相も圧力を感じないわけはない。
中西氏 首相は2つのシナリオを考えているのかなと。一つは3度目の正直として増税しつつ子育てや教育など若い有権者にアピールする政策をする。気になるのは「リーマン・ショック級の事態」になればやらないシナリオ。以前もそれで延期したが、当時がリーマン・ショック級の事態というならば今のほうが起こりやすい環境だ。
――首相はデフレ脱却や財政健全化に道筋をつけられるでしょうか。
土居民 社会保障費の抑制には成功している。あまりアピールしていな
いが、ハレーションを起こさずにうまく抑えている。ただ、もう一段の健全化を実現するには消費増税が必要だ。 首相にはデフレ脱却や経済成長が先にあり、それがなければ財政再建はできないとの考え方だ。ただ、うまくデフレ脱却できても、その先には金融緩和策の出口として大変な難題が待ち構えている。うまく操縦できなければ「ポスト安倍」は大変な難題に直面する。
中西氏 黒田東彦日銀総裁は物価上昇率2%を2年で達成すると緩和に踏み切ったが、達成されずに今も続いている。日本経済が自転車操業になっていてこぎ続けないと止まってしまうことは誰の目にも明らかだ。
これまでとは違い、米連邦準備理事会(FRB)も金融緩和の縮小に踏み出し、欧州も徐々にその方向に行くだろう。日本だけが金融緩和を続けることへの国際圧力が高まる可能性がある。来年以降は、国際経済の観点からも順風より逆風が吹いてくるかもしれない。
土居氏 政権が今すぐするべきことは、財政出動によらない成長戦略をいかに促すかだ。もちろん規制改革もあるし、官民の協力もいろいろある。頑張ってほしい。
「安倍1強」は続くか
御厨氏 3選まだ不透明
土居氏 年金検証鬼門に
――今後も「安倍1強」は続きますか。
御厨氏 安倍首相が内閣を率いる限り続くと思う。今の内閣は安倍さんがいないとできない体制になっている。首相官邸も菅義偉官房長官がいないとできない官邸になってしまった。この状況下、首相や菅氏の後継者はいない。行くところまで行くという感じだ。
ただ、国民も同じ人を5年近く見ていたら飽きる。戦後、在任期間が1番長かった佐藤栄作首相も国民が飽きた。内閣支持率や求心力の低下は避けられない。自民党総裁選での3選も絶対とはいえない。最近の政治状況は風が吹くとあっという間に変わる。国民の側にも変化への期待がある。
土居氏 「安倍1強」はなお山あり谷ありだと思う。一つの鬼門は2019年の消費増税。もう一つは19年に予定する「年金の財政検証」だ。5年に1回、年金財政の健全性をチェックする仕組みで、14年はほとんど何も問題が無いとフタをした。19年は本当にメスを入れないと国民に年金への不安を引き起こしかねない。その対応に失敗すると、政権が追い詰められる可能性がある。
――憲法改正の論議はどうなるでしょうか。
中西氏 改憲勢力が3分の2を超え、改憲論議もタブー視されなくなった。ただ、9条の改正にはまだ抵抗が強い。改憲に慎重な立憲民主党が野党第1党になった影響も強いと思う。国際情勢が緊迫すれば世論が盛り上がる可能性もあるが、簡単ではないと思う。
――数の論理だけでは難しいのでしょうか。
中西氏 9条改正への意見は分かれている。真面目に条文を考えれば考えるほど何を変えるべきかわからなくなる。
御厨氏 今の国会議員は憲法改正と普通の法改正を同列にして「憲法も国際情勢の変化など必要に応じて変えられる」と考えていないか。憲法改正は法改正より射程が長い話。実際にやるのはかなり困難だ。
――ポスト安倍として岸田文雄政調会長や石破茂元幹事長、野田聖子総務相が挙がっています。
御厨氏 首相を見ていると、彼らを後継者にしようという感じはしない。その世代を全部飛ばした場合、どうなるかといえば、やはり小泉進次郎氏だ。自民党も生き残るためならやる。
土居氏 (期待するのは)小泉氏だ。政策立案に関わる年数は短いとはいえ、政策の重点をどこに置けばいいのかという勘がある。
中西氏 やっぱり小泉氏くらいしか今は出てこない。