訪日客ゲット、外国人目線

 


眠れる魅力発掘に手腕


 中部地方で観光振興の新たな動きが始まった。県境を越え広域で誘客にあたるDMO(観光地経営組織)を発足、その司令塔として英国人のアシェリー・ハーヴィー氏(44)に白羽の矢を立てた。同地域の訪日外国人客(インバウンド)は、能登半島を竜の頭に見立てた「昇竜道」をアピールしたことなどで急増したが最近は失速気味。魅力を再発見し、観光産業の裾野を広げる。

 「福井県勝山市の白山平泉寺の歴史は紀元700年までさかのぼることができます」−−。ハーヴィー氏は7月に入り、写真共有アプリ「インスタグラム」を使い9県の観光地の英語による情報発信を始めた。近く全9県の訪問を終える予定で、外部の目で地域の魅力を発掘し、効果的に発信する考えだ。

 愛知や岐阜、石川や長野など日本の中心部に位置する9県の自治体や企業は、5月に中央日本総合観光機構(中央日本DMO)を発足した。この最高執行責任者(CCO)にスカウトされたのがハーヴィー氏だ。「外国人をDMOのトップにした例は聞いたことがない」(観光庁)といい、業界でも注目を集める。

 「欧米人に本当に喜んでもらうには、現地の人の視点が必要だろう」。異例の人選はDMOで最高経営責任者(CEO)を務める中部経済連合会の豊田繊郎会長が昨年10月に指示を出したのがきっかけだ。

 英国出身のハーヴィー氏は英レスタ一大学で経営学修士号(MBA)を取得後、2012年から16年まで英国政府観光庁の日本・韓国代表を歴任した。トヨタグループの主要企業、豊田自動織機会長も務める中経連・豊田会長の号令により、適任者探しを続けたことで実現した。

 
アイデア続々


 就任早々、名古屋城本丸御殿の一室で開いた説明会では、「五平餅、海女ダイバー(海女)など、中部は魅力的なものが多い」と英語で力説。眠れる観光資源の魅力を語る言葉を、参加した9県の自治体や企業関係者は新鮮な思いで聞いた。

 評価されたのは限られた予算のなかで成果をあげる手法だ。英政府観光庁では航空会社やホテルと組み、影響力のあるブロガーを招待するといった新たな手法で情報発信した。中経連と岐阜県内の商工会議所などで構成するツーリズム東美濃協議会の阿部伸一郎会長は「世界の成功事例を知っているだけに、アイデアが豊富だ」と期待する。

 同氏は矢継ぎ早に手を打っている。

 まず観光資源の発掘で、これまで訪れた6県3市にも「福井県の自然と融合したライフスタイルや、禅経験など新たな発見があった」といい、その都度英語で全世界に発信する。「パンフレットなど印刷物は充実しているが、インターネット上の情報が限られ、デジタル化が遅れている」と、SNS(交流サイト)などでの発信を重視。初年度の事業計画には米国や英国など6ヵ国でメディア向けセミナーを実施することも盛り込んだ。

 9県のインバウンドは11年を底に急増し、16年の外国人観光客の延べ宿泊数は784万人泊と4年連続で過去最高を更新した。岐阜県高山市などを巡る昇竜道のルートが中国人観光客を中心に人気となり、15年の同宿泊数は前年に比べて71%増と、全国の46%増を大幅に上回った。

アジア依存裏目


 その間、東アジアからの訪日客が全体に占める割合は11年の58%から70%に上昇するなどアジア依存が鮮明となり、欧米からの比率は13%から8%に低下した。「訪問客のバランスを取りたい」
豊田会長)というのが関係者の願いだ。

 既にアジア依存は裏目に出ている。15年に訪日客の43%を占めた中国からの旅行者のブームがしぼんだためで、17年1〜4月は9県の外国人延べ宿泊数が前年同期比6%減少。7%増だった全国に比べ厳しい状況だ。

 製造業が集積する中部地方も、地域経済の活性化に観光への期待は高まっている。その切り札となる欧米人向けの観光資源の発掘と情報発信を英国人トップに託す。

 




観光誘客へ広域連携

 



 地域ごとに観光客誘致の戦略づくりや商品開発を担うDMOは昨年2月から登録が始まった。観光地単位の小規模な地域連携型が多いが、県境を越えて観光客を呼び込む広域連携型は全国に6つあり、中央日本DMOは設立が最も新しい。

 広域連携型で注目を集めるのは昨春始動したせとうちDMOだ。広島など瀬戸内海沿岸の7県と企業が設立した団体などで構成する。

 今年4月にはAKB48の姉妹グループで地元で活動する「STU48」の支援を発表。米旅行予約サイト運営大手エクスぺディアの子会社と業務提携し、改修した歴史的建造物や古民家を宿泊・商業施設として運営する事業にも着手した。

DMO、人材育成課題


 「外国人旅行客は日本での歴史的な体験を求めている」 (同DMO)といい、構成主体の観光推進機構に外国人スタッフを配置するなどして、インバウンドのニーズを探ることにも刀を入れている。20年には外国人延べ宿泊者数を13年比で5倍に増やす目標だ。

 DMOは1990年代から欧米で設立が相次いだ。観光ルート開発や訪問客の調査・分析を担うなかで、専門人材も育ったという。一方、日本は「ホテルなど個別企業に良い人材はいるが、観光振興を本業とするプロがまだ存在しない」と中央日本DMOのハーヴィー氏は指摘する。人材育成には費用や時間もかかるため、DMOを構成する官民の覚悟も問われる。

 

 

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