AI普及 仕事どうなる
東大・暦本教授に聞く
人間の能力も拡張
人工知能(AI)の急速な進化が社会を変えようとしている。2045年にはAIが人間の能力を超えるとされる「シンギュラリティ」が起きるといわれるほか、人間の仕事の多くがAIに奪われるとの予測もでている。今の大学生、高校生が社会の第一線で活躍するころ、AIと人間の関係はどうなっているのか。東京大学の暦本純一教授(56)に聞いてみた。
AIの普及で「多くの人の仕事が奪われる」という予測が話題を呼んでいますが、私は現状では「AIが人に置き換わる」という見方はしません。むしろ人にとって非常に便利なツールです。ただ、その「便利さ」が従来のIT(情報技術)とは次元が異なります。
例えば、これまで熟練した専門医でなければできなかった「レントゲン写真からがんを発見する」仕事をコンピューターが実行できるようになり思す。この点では、人間が持つある種の「専門知識」はAIに置き換わるでしょう。
だからといって「医者」という職業がなくなるわけではありません。がんを発見するだけでなく、患者と接して心身の両面からサポートすることが医者の大事な仕事だからです。医者の仕事のうち、これまで過去の経験などに頼っていた一部の業務が「AIをツールとして使いこなす」ことで代替されていくというイメージです。
ただ、人の果たす役割や医療産業のあり方がリストラクチャリング(再構築)されることにはなるでしょう。
対面スキル重要に
米国の調査で「AIに置き換わる可能性がある」という調査結果が話題になった「弁護士」も同様です。過去の判例を検索する業務などはAIが担うでしょう。「裁判」のあり方も大きく変わると思います。しかし、依頼者とのコミ土ニケーションなど、人間同士の交流が大きな要素を占める部分を置き換えることはできないと考えます。
5月に米グーグルのAI「アルファ碁」と、世界最強とされる中国の阿潔(か・けつ)九段との対局がありましたが、実は同じ会場でアルファ碁と人間のペア2組による対局が実施されました。AIと人がコンビを組んで交互に打つという競技です。人がAIの能力を最大限に引き出せるかどうかが勝負の分かれ目になります。
チェスでも同様の試みがあります。1997年に米IBMのスーパーコンビューター「ディープブルー」が当時のチェス世界チャンピオンに勝利した後、「アドバンスドチェス」という新たな競技が始まりました。対局中に人間がコンピューターで指し手を調べながら戦う競技です。
このように医師や弁護士もAIを使いこなすことが求められる「アドバンスド医師」や「アドバンスド弁護士」といった形に変わるのかもしれません。
囲碁では、アルファ碁の登場で「AIが人間の囲碁棋士の能力を超えた」といわれる一方、「AIの手を参考に新たな定石が生まれる可能性がある」という意見もでてきています。AIによって人間の囲碁に対する能力が引き上げられるという考え方です。
AIは人に対抗するものではなく、人間の能力を拡張する可能性の方が高いと見ています。こうした考えの下、私たちは「拡張現実(AR)」の次の段階として「拡張人間」という研究テーマに取り組んでいます。AIなどの技術と人間を一体化させることで、人間の知覚や認知、身体といった能力を拡張するという研究です。
人間の能力拡張に向けて、あらゆるモノがネットワークにつながる「IoT」の次の段階である「IoA(インターネット・オブ・アビリティー)」の時代が到来すると見ています。IoAは私たちが提唱している概念で、人や機械が時間や空間の制約を超えて相互に能力を強化し合うネット環境のことを指します。
変わらぬ学問の基礎身につけよう
技術革新によって職業のあり方や社会が大きく変わる中、次代の担い手である若者にとって特に重要なのは「変化しないこと」を見極める力だと思います。例えば、どんなにAIが進化しても数学など学問の基礎が変わることはありません。こうした不変の知識や能力をきちんと勉強して身に付けておけば、社会の変化にも柔軟に対応できるでしょう。