FINANCIAL TIMES
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米ロ大統領、共倒れか
チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーター ギデオン・ラックマン
選挙の共謀疑惑 非難と制裁招く
もし本当に、ロシアのプーチン大統領がトランプ氏の昨年の米大統領選挙における勝利を手助けしていたとすれば、それは情報工作による究極のクーデターだったと言える。しかしそれは、究極の「オウンゴール」だったのかもしれない。
米政権に親ロ的な人物を送り込むことでプーチン政権への圧力緩和を狙った作戦は、逆に対ロシア制裁の強化を招いた。また、ロシア国内でもプーチン氏に対する政治的な風当たりが危険なほど強まっている。
トランプ氏の側からみても、トランプ陣営が大統領選中にロシアと共謀していたとすれば、トランプ氏の勝利に寄与した可能性はあるものの、そのことはトランプ氏から大統領の座を奪う危険性もはらんでいる。
プーチン政権とトランプ陣営の親密な関係が、最終的に同大統領の政治生命に終止符を打つとしたら、それは奇妙なまでに皮肉な事態と言えよう。
もちろん、ロシア政府もトランプ氏の熱烈な支持者たちも、そうした共謀関係を否定している。だが米国の複数の情報機関は、大統領選中に米民主党のメールサーバーがハッキングされた事件の背後にロシアがいたことを確信している。
民主党から流出したメールが、僅差の選挙結果に影響を与えた可能性は高いと思われる。筆者は昨年7月、最初にウィキリークスが流出メールを公開した時、翌日から民主党大会が開催されるフィラデルフィアにいた。公開されたメールから、民主党全国委員長を務めていたデビー・ワッサーマンシュルツ氏が、ヒラリー・クリントン氏の対立候補だったバーニー・サンダ―ス氏を追い落とすことをひそかに画策ていたことが明らかになり、同氏は辞任。当然、党大会は大混乱の中での開幕となった。
サンダース氏の支持者らは、同氏が不当に扱われたことを確信した。そして、彼らが共和党支持に乗り換えたことがペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンなどの重要な州でトランプ氏が勝利を収めた要因となった。今では、ロシア側がフェイスブックやツイッターを利用して反クリントンのメッセージを拡散したことも判明している。
トランプ氏は選挙運動中、一貫してロシア政府に好意的な姿勢を示していた。それが、思想的な動機からなのか、投資家としての考えからなのか、あるいは公にできない恥ずべき理由が何かあったのか、今なお明らかではない。
いずれにせよ、ロシア政府と共謀していたのではないかとの疑惑から始まった一連の出来事は、トランプ氏を最終的に大統領の座から引きずり下ろすかもしれない。
トランプ氏は、米連邦捜査局(FBT)が同氏のロシアとの接触について捜査を始めたことを警戒し、5月にFBIのコミー長官を解任した。だがこのことが、それまで特別検察官を任命してロシア介入凝惑を捜査することに慎重だった米議会などの反発を招き、モラー元FBI長官が特別検察官に任命され、トランプ氏とロシアの関係を捜査することになった。モラー氏は徹底した捜査を進めているため今後、複数が起訴され、辞職に追い込まれる可能性が高い。そうなれば議会が大統領の弾劾に動く可能性もあり、トランプ氏は失職するかもしれない。
一方、プーチン氏側も、トランプ政権で最初の国家安全保障過当大統領補佐官を務めたフリン氏がロシア政府と接触していた事実を明かしていなかったために、トランプ氏が同氏を2月に解任せざるを得なくなった時点で、自らの賭けが裏目に出た可能性があることが明白になった。以来、トランプ氏がロシアを助けるために制裁緩和するのは政治的に不可能になった。それどころかロシアの介入疑惑は、制裁強化をもたらした。トランプ氏への不信感を募らせた米議会は、同氏の一存で制裁解除をできないようにもした。
実際、米議会の共和党は、トランプ氏に勝手なことをさせないためにロシアヘの強硬姿勢を強めているように見える。8月には、特にロシアの鉱業と石油産業を標的とした追加制裁を決めた。これに対しロシアのメドべージェフ首相は、「ロシアへの全面的経済戦争の宣戦布告だ」として米国を非難した。
今や米ロ関係は改善するどころか、冷戦時代に両国関係が最も冷え込んだ時以来の厳しさとなっている。トランプ政権がもはや制裁解除に動けないとみたロシア政府は同じ8月、在ロシアの米国外交官の大量国外退去を命じるという強攻策に出た。これはオバマ前政権が昨年末、在米ロシア大使館などに勤務するロシアの情報機関職員35人を米次統領選に関係するサイバー攻撃に関与したとして国外追放したことへの報復措置だった。
かくして米国がウクライナに武器を供与する可能性も現実味を帯びつつある。ロシアも東欧で大規模な軍事演習を実施しようとしており、実行されれば米国を一層不安にするだろう。
プーチン氏にとって皮肉なのは、米大統領選に介入などせずなりゆきに任せていたら、クリントン氏が大統領になっていたとしても、対ロ制裁は自然に緩和されていたかもしれないということだ。国務長官時代にもロシアとの関係を仕切り直す努力をしたクリントン氏は大統領になった場合も、再びそうした可能性はある。多くの欧州諸国も対ロ制裁にうんざりしている。
モラー特別検察官による捜査報告書が発表されれば、米国ではロシアへの怒りが改めて高まるだろう。それがトランプ氏にとって脅威となることは明らかだが、プーチン氏にとっても間接的な脅威となる。
ロシアは来年3月に大統領選を控えている。反プーチン派は、国民の間で人気が高い勇猛果敢なアレクセイ・ナワルニー氏を中心に勢力を盛り返しているし、国民は経済の悪化にあえいでいる。プーチン氏の敗北を予想する者はほぼいないが、数年前のようなプーチン氏への熱狂的な支持はみられない。ロシアの国内メディアにも、プーチン後に言及する記事が現れ始めている。
何よりロシア経済界の有力者たちは、制裁が終わる兆しがみえないことに気づいている。実際、事態はさらに悪化しそうだ。制裁を解除されるには、何か根本的な変化が必要だ。その変化とは、プーチン氏がクレムリンを去ることかもしれない。
トランプ氏とプーチン氏が共に大統領の座を去った時にはじめて、米ロ関係は真の意味で新たなスタートを切れるということかもしれない。
(9/12日付)