The Economist



北朝鮮の通信網  統制か覚醒か



 世界は北朝鮮を「隠者の国」だと思っているかもしれないが(編集注、19世紀後半に米国の東洋学者ウィリアム・グリフィスがこう命名した)、意外にもこの国の2500万人の国民は情報機器を持っている。

 都市部では恐らく半数の世帯が「ノーテル」と呼ばれる中国製の携帯メディアプレーヤーを所有している。「ピョンヤン」 「アリラン」などの国産ブランドのスマートフォンもあり、携帯電話の契約者数は300万を超える。

 外国の映画やテレビ番組をUSBメモリーで北朝鮮へ持ち込んでいる韓国の非政府組織(NGO)は、現地で窓口となる相手から、携帯メールで具体的な題名とともに作品を要望されるという(韓国のメロドラマや米ハリウッド映画が人気だ)。

 北朝鮮政府は市民に隷属状態を強いるため長年、国際社会に対し門戸を閉ざしてきたが、通信分野では変革を後押ししている。2008年、エジプトの通信会社オラスコムに、国営企業と合弁で第3世代(3G)通信網を構築させた。

 今や政府分認の国産携帯電話は、国境付近で電波を拾える違法な中国製より広く出回っている。利用者の多くは政府が黙認する闇市場の取引で、国内のほかの場所の価格と比較するのに携帯を使う。ノーテルは闇市場で50j前後(約5500円)で手に入る。国営商店でも購入でき、14年には合法化されたようだ。

 国内での情報のやりとりがこれまでより容易になっているとしても、外部情報を遮断する動きは以前にもまして苛烈を極めている。金正恩(キム・ジョンウン)権が11年に誕生してから、中国との国境沿いには携帯電話の電波を妨害する装置が据え付けられた。威力が非常に強く、中国側の利用者も影響を受けているほどだ(北朝鮮では国際電話が禁じられている)。違法通話者を見つけるため、監視カメラも設置された。

 「109常務」という検閲部隊も金委員長の下で創設された。頻繁に国民の自宅を家宅捜索し、海外コンテンツや中国製の携帯電話、短波ラジオを隠し持っていないかを調べている。

 米放送管理委員会が15年に約300人の脱北者を対象に調査したところ、ほぼ3人に2人が、スイスで教育を受けた金委員長の時代になって以来、海外ドラマの視聴がより危険になったと答えた。危険度が下がったとの回答はゼロだった。

 大半の国民はインターネットにアクセスできない。ネット利用が許されているごくわずかな人々も、見られるのは国営イントラネット上の28の退屈なサイトだけだ。

 北朝鮮のデジタル化の二面性を浮き彫りにした最新の報告書「コンプロマイジング・コネクティビティー」の執筆者の一人、ナット・クレッチャン氏によると、北朝鮮は「ほかの独裁国家でも目にしない」ような検閲手法を備えているという。

 それは驚くべきものだ。3G通信網と「レッドスター」と呼ばれる自前の基本ソフト(OS)を用いた当局の監視活動は自動化されている。OSは13年後半に更新され、無許可のメディアファイルは見られなくなった。端末の画面は国産携帯電話に初期設定されている「トレースビューアー」というアプリで無作為に撮影される。ファイルは別のソフトがスキャンし、疑わしい文言を見つけては消していく。

 当局はレッドスターを使い、違法コンテンツが友人間でコピーされていないかも探れる。新たな規則で利用者にノーテルの登録を義務づけ、国民も監視できるようにした。

 政府がこうした手法で国民を自前の「クリーン」な端末情報網に次々と誘導していため、いずれノーテルの使用
が全面的に禁止されるのではないかとクレッチャン氏は見る。

 ただ多くの専門家は、より多くの国民が携帯電話を持ち、海外ニュースを見聞きし、韓国ドラマを通じて隣国の自由と豊かさを知れば、政権は崩壊すると考えている。

 東ドイツがいい例だ。昨夏、韓国に亡命した北朝鮮の太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は「ドローン(小型無人機)やUSBでさらに多くの外部情報がもたらされれば、金体制は実態が暴露され、自壊するだろう」と話す。最近行われた脱北者調査では、違法コンテンツの保存にUSBを使った人は98%にも上った。

 もっとも、違法に持ち込まれたドラマを視聴しても、それが一足飛びに政府に対する蜂起にはつながらない。娯楽は国民の陰鬱な生活に彩りを与えるが、反逆は死をもたらすからだ。

 北朝鮮に海外コンテンツを密輸するのも極めて難しい。その方法はいたってローテクだ。中朝国境沿いの鴨緑江にUSB入りの密封袋を浮かべて流したり、DVDを付けた風船を韓国側から軍事境界線を越えて飛ばしたりする。脱北して日が浅い人に音声コンテンツを聞かせ、内容が妥当かどうか判断してもらうラジオ局もある。

 北朝鮮でどういったものが受けるかがわかる人などほとんどいない。イデオロギーに訴えかけるような、あるいは扇動的なコンテンツにこだり続ける活動団体もある。金委員長の暗殺計画を題材にした趣味の悪いコメディー映画「ザ・インタビュー」の短縮動画などだが、こうしたものは北朝鮮の国民にとってはむしろ興ざめかもしれない。

 政府公認の端末であっても、国民はこれまで見られなかったものを目にし、言えなかったことを口にすることができるようになった。彼らが共通の経済的利益について意見を述べ合っていけば、やがてロビー団体、それも恐らく商業関係者の組織が生まれるかもしれないとクレッチャン氏は言う。09年のデノミ(通貨呼称単位の変更)で庶民の貯蓄は紙くずになった。もし同じことが今起きれぼ、携帯通信網上で大騒ぎになるだろう。

 政府は新技術を取り入れることで失うものもあるが、それ以上に統制を強められると踏んでいるようだ。今のところはまだ、国民に使う端末を指示できる。国民に処刑や収容所送りの可能性をちらつかせて脅したり、携帯通信網を完全に遮断したりすることも可能だ。

 04年、金委員長の父、故・金正日(キム・ジョンイル)総書記の乗った列車が通過した直後、駅で爆破事件があった。政府は起爆装置の作動に携帯電話が使われたと結論付け、携帯電話の使用をすべて禁じた。

 だが、新しい通信網ができたことで、政府はあらゆる情報を遮断したり、国民が意見を交わすのを防いだりすることがもはや不可能になったと知った。それなら、いっそ監視すべきだと考える。

 海外コンテンツは北朝鮮の若者が「覚醒」と呼び始めた動きをこれからも刺激し続けるはずだ。それを視聴し少数の友人と共有したり、政府の監視に文句を言ったりすることは、抵抗がほとんど起こらないこの国では、静かな抵抗といえる。 (8月12日号)

 

 

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