バルト3国 母も脅威に備え
東欧バルト3国で民間の予備軍組織(バラミリタリー)の活動が盛んになっている。隣国ロシアによるウクライナ侵攻を機に危機感が強まり、女性を含む志願者が膨らむ。背景には繰り返し隣国に侵攻され、大国の取引に翻弄されてきた苦難の歴史がある。
爆発音がとどろき、機関銃の音が鳴り響く中、軍服を着た男女が林を駆け抜ける。泥沼を渡ったり、重い軍需品を持って丘を上り下りしたり、助け合って障害をくぐり抜けていく。
エストニア南西部のバルヌ郡で8月初旬に行われたバラミリタリーの軍事競技会。国が侵略されたという設定でライフルを手に4日かけて森林地帯を100`以上行軍する。射撃やナイフ投げ、「敵」の偵察能力も試される。ラトビアやリトアニアなど外国勢を含む4人一組28チームが参加した。
「誰もがスキルを身につけ、有事に備えなければならない」。エストニアのバラミリタリー「防衛連盟」で訓練を積み、女性4人で競技に参加した2児の母、マルユさんが語る。「国民すべてが独立に責任を負っている。男だけでは足りない」人口130万のエストニアの総兵力は6千人足らず。防衛連盟は女性2400人を含む2万6千人のメンバーを抱える。軍事訓練だけでなく、災害対応や応急措置、地域支援といった活動もあり、7歳から18歳の子供と若者も参加する。
2014年、ロシアが「ロシア人を守る」との口実でウクライナ領クリミア半島を併合、同国東部にも軍事介入したのを目の当たりにし、バルト3国の脅威への認識が高まった。ロシアは国籍を隠した部隊の侵入にサイバー攻撃や偽情報の拡散などを親み合わせた「ハイブリッド戦争」を仕掛け、介入の事実を否認したままウクライナの親ロ派武装勢力の支援を続ける。
バルト3国もウクライナ同様に多くのロシア系住民を抱え、ロシア発の偽情報の標的になってきた。エストニアは07年に大規模なサイバー攻撃も受けている。防衛連盟のメリス・キリー指揮官は「ハイブリッド戦争は現実的な脅威だ。社会全体で準備する必要がある」と指摘する。
現在、1万1千人が参加するリトアニアのパラミリタリー「銃卒同盟」は14年からメンバーが3千人増えた。「北大西洋条約機構(NATO)への加盟で安心していたが、ウクライナ危機にショックを受けた」とエンジニアのユリウスさん(37)はいう。「(攻撃されても揺るがない)強いコミュニティーづくりの核となることが同盟の使命だと考えている」
リトアニア国防省は15年から市民に「有事ガイド」を配布し、侵略者への抵抗を説く。デモや敵の情報収集、サイバー攻撃の手法などを具体的に指摘している。16年発行の第3版ではロシアを「潜在的な侵略者」と名指した。ラサ・ユクネビチエネ元国防相は幅広い市民の国防への取り組みは「強い抵抗の決意を示し、ロシアの抑止になる」と話す。
NATO加盟国でありながらバルト3国で高まる危機感は歴史に根っこがある。帝政ロシアの支配から第1次世界大戦後に独立した3国は、ナチスドイツと密約を結んだ旧ソ連に併合され、第2次大戦中は独ソ双方から侵略を受けた。米英ソが戦後処理を決めたヤルタ協定を受け、約50年旧ソ連に支配された。
NATOが7月に公開した動画「森の兄弟(Forest Brothers)」は1950年代まで続いたバルト3国の凄惨な対ソ連レジスタンスを描いている。パラミリタリーは100年前の独立と同時に発足、侵略への抵抗を支えた。
ロシアのプーチン政権に融和的な姿勢を示し、NATOを「時代遅れ」と評したトランプ米大統領への不安もある。バルト3国の国防関係者は集団的自衛権をうたうNATO条約第5条への信認を強調しながら、「自助」を規定した同第3条の重要性を一様に説く。パラミリタリーの活動の広がりは、世界秩序が揺らぐ中で独立を死守する小国の覚悟を示している。