くらしの数字考

 

終身雇用ニッポンも変わる? 転職平均2回、米国は11回

 

 

米国の転職回数は平均11.7回。4年ごとのオリンピックと似たペースだ。一方で終身雇用、年功序列が根強く残る日本は平均約2回。流動性の低さは低賃金の一因とも言われる。日本の雇用は変わるのか。

「日米のキャリア観はほぼ真逆。5社目の私も米国では『転職していない部類』」。日系IT企業の米国拠点で働く40代の日本人男性、ゆうさんは話す。2013年に渡米後、米シアトルにあるアマゾン本社のプロダクトマネジャーなど複数の企業に籍を置き、その体験をブログなどで発信している。

ゆうさんによれば、アマゾンでは勤続年数に応じて社員証の色が違った。初めは青、5年勤務で黄、10年で赤、15年で紫など。「職場で見かける社員証のほとんどは青。赤や紫はめったに見なかった」

 

日本人の転職回数はわずか2回

23年8月に米労働省労働統計局が公表した調査では、1957年から64年までに生まれた人は18歳から56歳までに平均12.7の仕事に就いていた。最初の仕事を引いた「11.7回」が転職回数となる。

日本に同種の政府統計はないが、転職支援のゴールドキャリア(東京・港)が今年1月、男女687人に実施した調査では、平均転職回数は男性が1.97回、女性が2.49回、全体で2.23回だった。

米国は勤続年数も短い。労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2024」によると、米国は平均で4.1年。日本の12.3年、英国の9.5年、ドイツの9.7年と比べ突出している。

米国人はなぜ転職を繰り返すのか。ゆうさんは「日本における就職は『就社』に近いが、米国では文字通り『職』に就く感覚」と解説する。

日本企業は新卒者を一括採用し、後から仕事を割り当てる「メンバーシップ型雇用」が一般的だ。様々な部署や職種を経験して会社の内情を把握しながら出世していく。勤続年数が長いほど支給額が増える退職金制度も特徴だ。

 

米国で転職は昇進や昇給と同義語

一方で、米国の労働者は「マーケティング」「商品開発」など一つの職種でキャリアを築いていく。多くの企業が「ジョブ型雇用」を採用し、職務内容や条件を明確に定義した上で雇用契約を結ぶ。部署異動や転勤は求められない。

「いつ空くか分からない一つ上のポストを待つより、専門性を武器に転職市場で待遇が良い職場を探す方が早い。転職は昇進や昇給とほぼ同義語」とゆうさん。「とても断れない魅力的なオファーを受けた」は退職の挨拶の決まり文句だという。

労働者と企業を仲介するプロ「リクルーター」の存在も大きい。独立系のほか、大手では社内にもいて、業種や地域ごとに優秀な人材とポストの空き状況に目を光らせる。労働者はリクルーターに売り込みつつ、常に緩やかな転職活動を続けているという。

履歴書(レジュメ)も日米で大きく異なる。米国のレジュメは顔写真の添付や性別、年齢、趣味などの記述欄がなく、自由度が高い。求められるのは仕事に直結する経験や即戦力として活躍できることを示す情報だ。レジュメ作成など求職者向けの有償サービスも充実している。

「米国ではやむを得ない理由による転職も少なくない」と指摘するのはIndeedハイヤリングラボの青木雄介エコノミスト。米国には雇用主と従業員の一方がいつでも理由を示さずに雇用関係を終了できる「at will雇用」(随意雇用)の原則がある。業績悪化などに伴うレイオフ(一時解雇)もあり得るため、転職が増える要因になっている。

ただし大規模なレイオフがあると、転職市場ではスカウトが増える場合もある。再雇用の可能性を残したまま転職先を探す好機と捉える前向きな労働者も多い。「生涯1社」の労働者が多く、転職者に「仕事が続かない人」「前職で能力を発揮できなかった人」といったイメージがつきまとう日本とは対照的だ。

 

日本の転職事情にも変化

日本の転職事情は変わるのだろうか。マイナビキャリアリサーチラボの朝比奈あかり研究員は「少子化の進行が雇用環境を大きく変えている。新卒一括採用だけでは立ちゆかない企業が増え、即戦力となる経験者の中途採用が重要性を増している」と語る。

マイナビ転職動向調査2024年版では、正社員の転職経験率が3.7%(16年)から7.5%(23年)に倍増。転職で年収が上がった人の割合も33.9%(20年)から39.1%(23年)に上昇した。23年の総務省の労働力調査で、転職希望者が初めて1千万人を超え、転職予備軍の裾野は広がりつつある。

8月開催のマイナビ転職フェアは活況だった(東京都新宿区)=一部画像処理しています

一橋大学の宮本弘暁教授(労働経済学)は「人口減少が進む日本が経済を成長させるには人材の流動性を高め、成長産業にスムーズに移動させる必要がある。人生100年時代を迎えたことや産業構造の変化の早さを考えると、誰もが2度、3度と転職を重ねる時代は近い」とみる。

「大転職時代」には解雇ルールの明確化など国の政策が欠かせない。個人にも自己啓発やスキルアップの努力を続ける姿勢が求められそうだ。

 

 

 

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石田裕子

サイバーエージェント 専務執行役員

別の視点

日米のキャリア観の違いは、文化や歴史的背景だけでなく、雇用システムの違いによって生まれているものでもあり、必ずしも日本がアメリカのような「雇用制度」や「転職に対する考え方」に完全に寄せていくことはできないですし、する必要もありません。

ですが、終身雇用制の崩壊とともに転職市場が活性化し、働き手の転職への心理的ハードルが大きく下がっている今、日本企業においてはいつまでも会社に対するロイヤリティを失わずに“就社”の意識を持ったまま働き続ける社員ばかりではない、むしろその方が少数派になる時が近い将来に必ず来るという現実は、直視すべきだと思います。

 

 

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