経済教室
AIで求人・求職の質向上 鶴光太郎氏
慶大教授
ポイント○ オンライン職探しは雇用や賃金に好影響
○ 利用者増加で応募の質低下し競争激化も
○ ハローワークは今後のAI利活用が課題
インターネット、情報通信技術や人工知能(AI)の普及は求人・求職活動にも大きな影響を与えてきた。こうした新たなテクノロジーの活用は求人・求職のコストを低下させるとともに、企業と求職者のマッチングの効率性や質を高め、入職率や失業率を改善することが期待される。
しかしながら米国、ドイツなどの2000年代半ばまでのデータを使った分析では、オンライン職探しは伝統的な手法に比べ、必ずしも失業率を下げるような効果がみられなかった。むしろオンライン職探しは、失業者よりも転職を希望する就業者に対してマッチングの質を高める効果があることが明らかになった。
その後、オンライン職探しが普及・定着するにつれ失業への好影響を示す研究も出てきた。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のピーター・クーン氏らは00年代末の米国のデータを使って再度、オンライン職探しを利用した者と利用しなかった者の差を分析。前者の失業期間が25%程度低下したことを示した。
独レーゲンスブルク大学のニコール・ギュルツゲン氏らはやはり00年代末のドイツのデータを使い、地域ごとのブロードバンドのインターネット普及率の違いでオンライン職探しの利用に差が生じることに着目し、求職活動を行っている失業者の再雇用率を高めることを示した。
より最近の研究では、ノルウェーのオスロ大学のマヌディープ・ブラー氏らの23年の論文がある。ノルウェーの10年代半ばまでのデータを使い、やはりブロードバンドの普及によって、企業側は欠員の継続率が9%低下し、求人の失敗が13%減少することを示した。求職者サイドでは入職率が2.4%上昇し、入職直後の賃金が6%増加した。一般均衡モデルを使い、こうしたブロードバンドの普及が均衡失業率を14%低下させることも示した。
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好影響が明確になったオンライン職探しには課題もある。今世紀初めに米マサチューセッツ工科大学(MIT)のデビッド・オーター氏が指摘した「逆選択」の問題だ。すなわち求職者の職探しや応募のコストの大幅低下が質の低い応募者を大量に増加させ、企業はその選別のためにかえって時間・労力を使うことになるという点である。
前出のギュルツゲン氏らの21年の論文は、ドイツのブロードバンド普及によるオンライン職探しは、応募数や不適切な応募者の割合を高める一方、マッチングの安定性や賃金でみた質の向上といった効果はみられなかったとしている。
最近の研究は単にオンラインの利用度だけでなく、オンラインで求職者の個々の特性に応じて調整(パーソナライズ)された助言の効果に着目している。
米コーネル大学のミシェル・ブロ氏らの22年の論文では、英国の1年以上の長期失業者に対し、オンライン職探しをした時に個々の対象者に自動生成される代替的な職種に関する助言を実施した場合、安定的な仕事への入職や一定以上の賃金上昇の確率が高まることを見いだした。失業期間がより長期の人ほど、それは顕著であった。
彼らは、こうした好影響が出たのは、代替的な職種の助言が実際の求人ポストと関連付けられていることが求職者の具体的な理解を促進したためと説明した。一方でMITのアイシャ・ジア氏らはフランスの公的職業紹介機関の大規模実験データを使い、パーソナライズされた職探しの助言は必ずしも効果がないと分析している。ブロ氏らはこの結果について、助言がパーソナライズされていても抽象的なものにとどまっていたためだと指摘した。
デンマークのコペンハーゲン大学のシュテフェン・アルトマン氏らの22年の論文は、デンマークの公的職業紹介機関の大規模実験データを使用。失業者に対しオンライン上でパーソナライズされた具体的な欠員ポストに関する助言と、代替的な職種に関する助言は、いずれもその後の労働時間や賃金に8〜9%程度の好影響を与えるものの、求職者の職探し行動に異なる影響を与えることを示した。
具体的な欠員ポストの情報のみ与えられた求職者はこれまで経験したことがあるなど、狭い職種で職探しを行う。一方、代替的な職種の助言を受けた者は、これまで経験したものとは異なる別の職種について職探しをすることが分かった。
ただし、2つのアドバイスを同時に受けたものは、それぞれの効果が打ち消し合うことで効果はみられなかった。また、同じ地域でアドバイスを受ける人の割合がかなり高い場合、一つの欠員ポストへの競争が高まるため、かえって効果が出にくいという「負の外部性」効果も見いだした。
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求職者に対してパーソナライズされ、自動生成される助言は言うまでもなくAIが利用されている。求職者への助言に限らず、求人者と求職者を結びつけるマッチングシステムは、ほぼすべてのプロセスでAIの利用が可能となっている。
経済協力開発機構(OECD)の23年のリポートは、こうした労働市場のマッチングに関わる求人企業や求人・求職の仲介を行う職業紹介機関、オンライン求人掲示板・プラットフォームにおいて、AIがどのように利用されているかを包括的に紹介している。
具体的にはその用途は職務記述書の作成・応募者の発掘・履歴書の分析・チャットボット・面接スケジュール作成・候補者リスト作成ツールから、面接中の顔や声の分析まで多岐にわたる。多くのツールが効率化とコスト削減に役立っていることが指摘されている。
その一方で、AIツールの利用拡大へのいくつかの障壁も指摘されている。AIを活用するための組織・人員の準備不足、AIが示す予測結果への懸念(頑健性、偏見の存在、説明可能性)。求人者に対しては、彼らの情報収集(特にSNS)の際に生じるプライバシーやAI利用明示といった透明性の問題などが挙げられている。こうした課題に対しては丁寧に取り組んでいく必要があるものの、AIツールの導入・活用に消極的になる言い訳とすべきではないであろう。
このリポートが世界で最も先進的にAIを活用している機関として挙げるのは、ベルギー・フランダース地方の公的職業紹介機関VDABである。なかでも注目されるのは、AIが個々の求職者の情報を利用し、長期失業の可能性を予測することで、ケースワーカーが優先的に対応すべき求職者の選別を支援していることだ(表参照)。
ひるがえって、日本のハローワークはどうであろうか。近年はオンライン化に対応した機能強化が行われ、オンラインでの求人・求職申し込みや、オンラインでの職業紹介が「ハローワークインターネットサービス」で可能となっている。その先の取り組みとしては、AIの活用が今後の大きな課題といえるだろう。