岸田首相、大胆さが招いた「功績」

 


レオ・ルイス 東京支局長


2021年の就任当初、イデオロギー的ではないと思われていた岸田文雄首相は、その後イデオローグに劇的に転身した。

イラスト Maria Hergueta/ Financial Times

 

岸田氏のビジョンは、やや漠然とはしているものの高揚感に満ちた「新たな資本主義」の理念を受け入れる必要がある、というものだった。

これは賃金を引き上げ、中流階級に優しく、富を分配するシステムであり、日本をより豊かな時代へと導くというものだった。

14日に退陣を表明した岸田氏はテクノクラート(専門知識を持った官僚)然としていた。岸田氏は当初、派手な経済・市場活性化政策である「アベノミクス」に対する理念的な代替案を提示しているように見えた。

アベノミクスは、前々任者であり強烈なイデオローグであった安倍晋三元首相が打ち出したものだったが、当時はすでにほとんど行き詰まっていた。

岸田氏は、自らの主義主張に固執することはなかった。意義ある政策枠組みやスローガンとしての「新しい資本主義」は失速し、就任初年度を辛うじて乗り切った。

そして岸田氏の在任中に、伝統的な資本主義陣営における日本の位置づけに大きな変化が起こった。

その一部は状況の変化によるものであり、一部はすでに実施されていた政策(政治改革)や人口動態の傾向(労働市場の縮小)の結果によるものだったが、岸田氏が積極的に導入した政策の成果も含まれる。

 

日経平均最高値更新

岸田政権下の24年、日経平均株価はついに、1989年に記録した史上最高値を更新した。 株主アクティビズムや外国人投資家による買いがその要因だった。さらに、長年にわたる日本企業の資本効率の悪さを改善するように東京証券取引所が喚起できるとの楽観論の高まりも背景にあった。

日経平均の最高値更新は必ずしも岸田氏の功績ではないかもしれない。だが、歴代首相が成し遂げられなかった偉業でもある。

日本は、デフレからの脱却、ゼロ金利の終焉(しゅうえん)、緒に就いたばかりの労働市場の流動化など、いくつかの重要な経済分野において数十年にわたる異常事態からようやく正常化しつつある。

日本企業は、かつてないほど合併や買収の対象になっているといえる。

実質的に経営が破綻している「ゾンビ企業」は、資源の誤った配分とイノベーションの抑制という有害な側面を持つと認識されるようになっている。

株主資本主義は(日本のこれまでの基準からすると)かつてないほど活気にあふれ、解き放たれているように見える。

岸田氏の時代は、その任期の短さと不人気ぶりから、あっという間に人々の記憶から消え去ってしまうかもしれない。

しかし、同氏は1980年代のバブル期以来、間違いなく日本にとって最も大きな変化をもたらした3年間を導いた。

 

主義主張から一線を画した強み

岸田氏が、安倍氏のようなイデオローグでないことは、首相就任当初から明らかだった。日本を重要な方向に導くという点において、それは決定的な強みとなった。

岸田氏は、安倍氏のあからさまなナショナリズム、憲法改正への意欲、その他の主義主張から一線を画した。

これにより、岸田氏の政策や意思決定は、事態に直面した際により冷静で現実的なものと映った。安倍氏の政治スタイルに本能的に反発する人々にとって、岸田氏のやり方は受け入れやすいものに見えた。

こうした認識と数々の異例な海外情勢が相まって世論調査での支持率は低かったものの、岸田氏は前任者よりも日本をさらに前進させることができた。

岸田氏と緊密に仕事をした人々は、同氏は主義主張に縛られない人物として驚くほど大胆不敵だったと評している。

ある政府高官は、多くの首相ができなかったにもかかわらず、岸田氏は財務省を説得しての減税を実現させたと指摘している。

おそらく、岸田氏の大胆さが顕著に表れたのは、外交と防衛の分野だった。防衛予算の国内総生産(GDP)に占める割合を倍増させたことは、その規模だけでなく、国民の反発がなかったという点でも、注目すべき政治的偉業だった。

世界における日本の立場は歴史的な変化を遂げた。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)との関係強化をより積極的に進め、以前はぎくしゃくしていた韓国との関係改善にも貢献した。

2022年、日本はオーストラリアと長年交渉を続けてきた(部隊の相互往来をしやすくする)「円滑化協定」(RAA)にようやく署名した。

この年、岸田氏はたまたま首相に就いていただけだったのかもしれない。それでも23年に英国、24年にフィリピンと続けざまに同様の協定を申し入れたのは同氏の功績といえる。

 

後継者は勢い維持できるか

こういった一連の動きは、エマニュエル駐日米国大使が14日に「同盟のプロテクション(保護)から同盟のプロジェクション(投射)」への転換と総括した日米関係の変化を背景に展開された。

退任する岸田氏に対する辛辣な批判は多く、彼を「フォレスト・ガンプ」(編集注、ウィンストン・グルーム作の小説の主人公の名前。米国の激動の時代を駆け抜けた誠実な男として描かれた)のような人物として表現したがるかもしれない。

つまり、歴史上の偉大な瞬間に、才能や策略ではなく偶然によって主導権を握ったような単純で控えめな参加者ということだ。

しかし、それでは岸田氏の功績を大いに過小評価することになる。後継者が日本の現在の勢いを維持できなければ、その代償は大きなものとなるだろう。

 

 

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