ハリス氏の勝算を問う

 

 

米国で偽りの大統領選が終わった。トランプ前大統領とハリス現副大統領の間でホワイトハウスをめぐる真の戦いが始動した。7月21日にバイデン大統領が大統領選からの撤退を表明した時点ではトランプ氏が優勢だった。逆転するためにハリス氏に許された時間は100日余り。時間的には十分だが、ハリス氏にその能力があるかどうかが問われる。

7月25日、イスラエルのネタニヤフ首相との会談の後に記者会見するハリス副大統領=ロイター

ハリス氏の課題は、この選挙をトランプ氏に対する評価の場にすることだ。トランプ氏はMAGA(「米国を再び偉大に」の頭文字)支持層以外には不人気だ。しかし、選挙の焦点がバイデン政権の実績と同政権でのハリス氏の役割に向くならば、同氏は負ける可能性が高い。

有権者の注目をトランプ氏に向けるためには、ハリス氏は自分が大統領にふさわしい人物であることを有権者に納得させる必要がある。バイデン氏の選挙運動がうまくいかなかったのは、同氏の健康問題に注目が集まったためだ。有権者の前に何度姿を見せても、2期目を務めるのに適任ではなく、足元がおぼつかない、混乱した老人という印象を払拭できなかった。

ハリス氏がどう定義されるかが勝敗のカギを握る。民主党にとって不都合なことに、トランプ氏はハリス氏を非難する材料を十分に持っている。ハリス氏はカリフォルニア州の司法長官の経歴から、サンフランシスコなどのホームレス、麻薬、犯罪の問題と関係付けられやすい。

また、ハリス氏は米西海岸では中道派だが、同氏が勝たなければならない(中西部、南部、東部などの)激戦州では中道派とは見なされていない。

前回の大統領予備選では、ハリス氏は低所得者への家賃補助や(シェールガスや石油開発に用いる)フラッキング(水圧破砕法)禁止など左派的な立場をとり、早々と撤退した。バイデン政権の副大統領としては、在任中のインフレ、移民や(共和党の見方では)犯罪に関する評価が重荷になっている。

演説やインタビューでは常に苦戦してきた。伝えられるところによると、バイデン氏の一部の支持者は、「ハリス氏が大統領の後釜になってしまう」と脅すような言い方をしてバイデン氏離れを防ごうとしていたという。そのハリス氏に今何ができるのか。同氏が恵まれた幸運を成功につなげるためには、政治的能力を問われる3つの試練を乗り越える必要がある。

バイデン氏の頑固さはハリス氏に幸いした。バイデン氏がもっと早く撤退していれば、民主党は公開予備選を実施し、ハリス氏は負けていたかもしれない。しかし、バイデン氏が撤退を表明してから36時間以内にハリス氏はライバル候補を退けた。

バイデン氏の失速を受け、民主党の前進を望む意思が働いた結果だ。ハリス氏はバイデン候補の組織と資金を受け継ぎ、選挙活動の初日で記録的な献金を集めた。民主党は若い候補の登場に安堵した。59歳のハリス氏は、バイデン氏の弱みだった年齢問題を、史上最高齢の大統領候補となったトランプ氏に向けた。

 

勝利に向けた3つの試練

しかし幸運だけでは勝てない。ハリス氏は政治的試練を乗り越える必要がある。第一の試練は、福祉手当の拡充などの公約に流されず、ハリス大統領の基盤となる信念を明確に示すことだ。

黒人および南アジア系女性として初めて大統領選に出馬するハリス氏のアイデンティティーは、打ち出し方次第では「アメリカンドリーム」の体現者として魅力的で説得力を持ち得る。民主党内の進歩派に引っ張られて左寄りになることなく、平均的な米国人に資する現実的な政策を志向すべきだ。トランプ氏に対しては、自己の利益を追求していると批判することができる。

バイデン氏の功績、特に米国史上最も重要な気候変動関連法成立を、バイデン氏以上に効果的に宣伝するべきだ。一方で、バイデン政権の移民問題での不備を認め、米南部国境における厳しい計画を打ち出すことも必要だ。

ハリス氏は、バイデン氏がインフレ対策で後れを取ったことを反省材料とし、有権者がインフレに苦しんでいる現実を認めなければならない。

民主党に追い風となっている女性の性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)も強く訴え続けるべきだ。ただし、共和党が仕掛ける罠(わな)には注意が必要だ。多くの米国人が拒否している妊娠後期の無制限な人工中絶まで民主党が後押ししていると主張する可能性がある。

共和党はトランスジェンダー(出生時の性と自認する性が一致しない人)問題で規制を強めている。ハリス氏は必要に応じて、トランスジェンダー女性が女子スポーツ競技において不当な優位性を持っていると考えていることを明確に主張すべきだ。

ハリス氏の第二の試練は、検事と州司法長官の経験をどう生かすかだ。ハリス氏は、トランプ氏を有罪評決を受けた重罪人として非難したい誘惑に駆られるかもしれない。しかし、ハリス氏は自らの経験を、より幅広い議論の根拠として生かし、自分が米国内外で米国の価値観を守る上で信頼できる人物であることをアピールするべきだ。

民主党が暴力や街頭犯罪に甘いという非難に対抗するためにも法の支配に立脚すべきだ。ハリス氏は法制度の独立を堅持し、政敵の追い落としに司法省を利用しようとしているトランプ氏を批判できる。ハリス氏は規範・規則の守護者としての米国の国際的な役割を強調すべきだ。トランプ氏は、不動産王の流儀で筋力を強さとみなすが、本当の強さは原則に根ざしているはずだ。

ハリス氏の第三の試練は、米国に希望を与えることだ。恐怖と嫌悪に支配されて悪意に満ちた選挙戦では、ハリス氏は第2次トランプ政権は破滅への道だと強調したくなるかもしれない。しかし、そこはユーモアと楽観主義を志向すべきだ。いじめっ子にありがちなように、相手は嘲笑に弱い。未来志向で明るいハリス氏は、過去への怨念に燃える不機嫌なトランプ氏に勝るだろう。

幸いにも、7月23日にウィスコンシン州ミルウォーキーで行われた同氏の最初の選挙集会は熱意に満ちていた。4年前に立候補したときのようなぎこちなさ、説得力のなさはなく、バイデン氏のとつ弁の後で、ハリス氏の言葉は活力に満ちて響いた。

 

副大統領候補決定の重要性

それでもハリス氏は下馬評では劣勢だ。大統領候補として最初の大決断である副大統領候補選びは、形勢を逆転し、選挙活動を中道に据えるチャンスだ。雄弁なペンシルベニア州知事であるジョシュ・シャピロ氏は、重要な激戦州で助けになるだろう。

もう一つの激戦州であるアリゾナ州選出のマーク・ケリー上院議員も候補となるだろう。元宇宙飛行士であるケリー氏との対決は、トランプ氏の敵対心をそそるかもしれない。

注意すべきなのは、ハリス氏の選挙活動が急ごしらえであることだ。選挙活動がうまくいかなくなれば、たちまちハリス氏の無競争指名に対する批判が強まるだろう。

対照的に、暗殺未遂事件を乗り越えたトランプ氏は、党内で揺るぎない支持を得ている。それでも、共和党全国大会でトランプ氏を米国の団結を目指す大統領候補として再定義させようとしたトランプ陣営の試みは、同氏の冗長で悪意に満ちた受諾演説で崩れ去った。今のトランプ氏は倒し得る存在だ。

バイデン氏とトランプ氏の散漫な選挙戦が続いた後で、米国人は本格的な選挙戦に突入することになった。それは良いことだ。米国と世界が危機に直面する今、米国の有権者には本物の競争がふさわしい。

 

 

もどる