Financial Times

 

トランプ氏、法を破る理由 ルールは状況次第で守る

 

ジリアン・テット

 

今から20年前、レイモンド・フィスマン氏とエドワード・ミゲル氏という2人の経済学者が米ニューヨーク市内で国連外交官の駐車違反に関するパターンを研究した。

米大統領選の選挙集会に臨んだトランプ氏(右)とバンス氏。大統領選は法に対する見方が「普遍的」か、あるいは「状況的」かを巡る戦いにもなる=ロイター

当コラムにおいて、この話題は突拍子のない問題のように聞こえる。だが、投資家は米国の選挙に先立ち、注意を払うべきだ。

というのもフィスマン・ミゲル論文は、一部の文化はいわゆる「普遍的」な法の概念(つまり、法は常に万人に適用されるという考え方)にのっとって行動するのに対し、それとは異なる、社会学と哲学でいうところの「状況倫理」を用いる文化もあると示したからだ。

 

法に対する見方に違い

そして、この違いは2024年米大統領選の争点にもなる。共和党の大統領候補であるトランプ前大統領とその対抗馬になるとみられる民主党のハリス副大統領が対決した場合、「男性対女性」「保守対進歩」「白人対非白人」の象徴的な戦いになるとみられている。

それ以上に注目すべきなのは、法に対する見方が「普遍的」か、あるいは「状況的」かを巡る戦いにもなることだ。そして、これは米国内外の投資家にとっても極めて重要になる。

これを理解するために、例の駐車違反について考えることから始めよう。02年まで、ニューヨークの国連外交官は罰金を免除されていた。ミゲル、フィスマン両氏が指摘したように、基本的に外交官が駐車違反を犯しても法的な責任を問われることは無かった。だが、外交官たちの対応はまちまちだった。

1997年から2002年にかけて積み上がった15万枚の未払いの駐車違反の罰金(合計1800万ドル、現在の為替レートで約27億円に相当)の大半は、エジプトやパキスタン、ナイジェリア、ブラジルといった国の外交官のものだった。

ニューヨーク市が02年に駐車違反に対する外交特権を撤廃すると、イタリアが未払いの罰金の最大の源泉になった。だが、英国、カナダ、スウェーデン、オーストラリアの外交官は02年以前にほとんど違反の摘発を受けておらず、受けたとしても罰金を払った。シンガポールと日本の外交官も同様だ。

フィスマン、ミゲル両氏は、この違いは「腐敗の規範」が異なることに起因していると考えた。パターンを見る限り、「腐敗がまん延する国の外交官は(他国より)著しく駐車違反が多い」。両氏は反米ムードがある国も違反が多いと指摘した。

しかし、筆者は文化人類学を学んだ経験から、これを法と倫理について普遍的な規範を持つ文化と状況的な思想を持つ文化との衝突として捉えたい。北欧諸国の外交官は、駐車違反をしても罰金を科されず、誰も見ていなかった時でさえ、駐車に関する法律を守った。一方、イタリアやブラジルの外交官は状況的な判断をした。

 

トランプ氏以外も「ルールは状況次第」

これと似た状況が今、米国政治に見られる。バイデン大統領から民主党の指名候補として支持されたハリス氏は元検事で、普遍的な法のあり方について教育を受けている。そのためハリス氏が23日の選挙集会で、トランプ氏のような人間を「自分自身の利益のためにルールを破ったずるい人」と説明したのも不思議ではない。

バイデン氏も法の普遍主義を支持している。息子のハンター・バイデン氏が裁判で6月に有罪評決を受けても、大統領恩赦を与えるのを拒んだ。明らかに、バイデン氏は何人(なんびと)たりとも法を超越すべきではないと考えている。

しかし、トランプ氏は数々の罪状で有罪評決を言い渡された過去があり、ルールは状況次第だという見方をとる。トランプ氏が駐車違反の罰金を自発的に払うことは想像しにくい。

さらに、同氏は支持者にも「ルールは状況次第」という見方を受け入れるように迫り、自身の有罪評決は政治的な目的のために民主党がでっち上げた「フェイク」だと主張している。

また、トランプ政権で米通商代表部(USTR)代表を務め、トランプ氏が今年の選挙で勝った場合に財務長官になる有力候補とされるロバート・ライトハイザー氏についても考えてみるといい。

筆者が米国以外の政府関係者とともにオブザーバーとして参加した会合で、ライトハイザー氏はいかなる貿易協定も神聖ではなく、普遍的でも恒久的でもないと主張した。

逆に同氏が近著で指摘しているように、必要が生じた場合はいつでも国益を守るために協定を改定することができ、改定すべきだと考えている。ライトハイザー氏にとっては、通商法は影響力と力の問題なのだ。

あえて言わせてもらえば、共和党の一部はこの描き方を単純すぎると揶揄(やゆ)するだろう。確かにその通りだ。トランプ氏などは極端な事例で、こうした区別は整然とできるわけではない。一部の民主党政治家が状況的な思考を示す一方、一部の共和党政治家は憲法原理主義者であることを自負している。

とはいえ、選挙について知っておくべき重要なポイントが3つある。まず、人類学者のジョセフ・ヘンリック氏が指摘したように、トランプ氏が状況的な思考を抱くことは、世界の歴史の基準に照らすと珍しくない。

実際、大半の文化がこうした考え方を持っていた。むしろ、米国の裁判所が高らかにうたう「法の支配」の現代的な理念こそが例外だ。

次に、この普遍主義的な法の支配の概念がこの数十年間にわたって米国という存在を定義し、現代資本市場の柱となってきた。大半の投資家はこの概念が覆されるかもしれない世界に対して備えができていない。

3つ目は、米国の司法制度がトランプ氏に対する抑制になると考えている人は皆、同氏が法を破ったか(または破らなかったか)どうかを議論するだけでなく、ルールを「状況的」あるいは「普遍的」に判断する違いについて声高に発信すべきだ。

 

バンス氏の人となりも明らかに

結局、有権者や投資家はきたる米大統領選で何がかかっているのかを知る必要がある。

そこでテレビの選挙討論の司会者にお願いしたいことがある。ぜひ国連の駐車問題の研究について候補者に説明し、そのうえで、免責されている場合に罰金を科されたらどうするか聞いてほしい。罰金を払うか、それとも払わないか。その答えは多くを明らかにするだろう。

トランプ氏の副大統領候補で、大衆迎合的な経済政策を打ち出しているだけでなく、米エール大法科大学院の学位を持つJ・D・バンス氏については特に、その人となりが明らかになるはずだ。

 

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