経済教室

 

企業のAI・IoT活用

非製造業ゼロから構築を

 

 

井上 知義日本経済研究センター 主任研究員
高口 鉄平 静同大学准教授


。ソフト投資による生産性向上で米に遅れ

。IOTは顧客向けシステムで効果を発揮

。先進事例の普及で成長率4%押し上げも

 

既存事業からの脱却急げ


 日本は人工知能(AI)や、様々なモノがネットにつながるIOTなどを活用しながら、飛躍的な生産性向上を目指す「第4次産業革命」の入り口にいる。しかし、ブームに乗じて安直にAIやIOTを導入するだけでは生産性は逆に低下しかねない。

 AIやIOTの導入による生産性向上の秘訣は何か。筆者らが参加した日本経済研究センターの研究会での議論をもとに、産業別の分析に加え、企業を対象とした独白調査も使いながら論じたい。

 まず、産業別にICT(情報通信技術)投資、つまりソフトウェア投資と生産性との関係を確認しよう。これは内閣府の最新の国民経済計算年次推計で、経済活動別の資本ストック(機械設備、建築物、ソフトウェアなど)のデータが公表され、初めて公式データを使った分析ができるようになった。

 具体的にはソフトウェアを除いた一般の資本ストックとソフト資本ストックを別々の生産要素投入と考えて、ソフトウエアが労働生産性に与える影響(ソフトウエアが1%増えたときに労働生産性が何%向上するかという弾性値)を推定した。その結果、日本のソフト投資は、必ずしも生産性向上に結びついていないことが分かった。

 サービスなどの非製造業は深刻な状況で、米国に比べると低調さが目立つ。1995〜2015年でみると、米国ではソフトウエアが1%増えた時に労働生産性は約0・16%向上するのに対し、日本はその約4分の1にすぎない。金融・保険、建設、宿泊・飲食サービスなどは生産性が低下している(図1参照)。

 銀行を例にとると、旧来の店舗窓口やATMを維持しながら、オンライン取引の普及に取り組んでいるため、投資増が必ずしも労働生産性の向上に結びついていないと考えられる。過渡期としてやむをえない面は当然あるが、いずれキャッシュレス社会を前提に、店舗のみならずATMも廃止する方向に踏み込まないと、こうした構図を変えることはできない。

 一方、製造業は同じ期間でみると、確認されるソフト投資による生産性向上の効果は米国より大きい。日本の製造業は米国に比べてオートメーション化や、「カイゼン」などのきめ細かい取り組みの積み重ねが功を奏しているとみられる。ただし、例えば比較的大きな効果が確認される自動車などの輸送用機械では生産拠点の海外移転が進むなど、国内の生産性という観点からは懸念もある。

 本来、デジタル技術の特性を生かしたサービスであれば、追加的なコストがほぼかからず、生産性を大幅に向上できるはずである。また、ネットビジネスでは、利用者が増えるほど利用者側もメリットが高まるというネットワーク外部性を戦略的に活用し、スピーディーに成長できる。

 実際、流通での米アマゾン・ドット・コム、物流での米フェデックス、さらには米グーグル、米フェイスブックといったネット企業などは、ICTを駆使しつつ、グローバル市場の「プラットフォーマ−」として多くの利用者を確保し、急成長してきた。

 我が国の経済成長を高める上で克服すべき重要な課題として、サービス産業の低生産性が指摘されて久しい。AI・IOTをフル活用することで、ハード投資と人海戦術に偏った体制や、負のレガシー(遺産)である既存のビジネス・業務体制から脱却し、ゼロベースでICTの強みを生かした新たなビジネスモデルを構築することが急務だ。国内市場に安住する姿勢を捨て、積極的なグローバル展開を視野に入れるべきだ。
   ICT投資を個別企業の生産活動の視点からみるとどうか。日本経済研究センターでは今年1月、中央大学の実積寿也教授や総務省の協力を得て、東証1部上場および有力企業計2105社を対象に、AIとIOTの導入状況についてアンケート調査をした(回答数268社)。その結果と各企業の売上高などの財務データをひも付け、AIとIOTそれぞれの投資と生産性の関係を分析した。

 IOTでは、内部管理業務よりも、顧客や利用者の購入量などを把達し、その情報を利用するような顧客志向のシステムで特に生産性向上の効果が見込まれることが分かった。また、道路・土地などの周辺環境を詳細に把握して地図を作成するのに、各種センサーや小型カメラなどを利用する場合も効果が上がる可能性がある。

 今後本格的な導入が進むと見込まれるAIは、研究開発での利用で生産性向上の効果が確認された。例えば自動運転・交通管制、製薬・予防医療サービス、情報セキュリティーなどの分野では、ビッグデータの解析でAIを利用すれば、市場への提供までのリードタイム(所要時間)を短縮できる可能性がある。

 AIやIOTを我が国の経済成長の原動力として定着させていくためには、企業はまずは前述のような生産性向上の効果が高いとみられる領域に重点的に投資することが有効と考えられる。それにより生産性向上を実現すれば、高い期待収益と手元資金の増加で、さらなる投資拡大につなげていくことができる。

 アンケート回答企業について、生産性向上の効果の高い領域にAIとIOTを導入したことで、各業界の平均以上に売上高を増やしているとみられる企業をランキング化した(表2参照)。

 IOTの上位企業に個別に聞き取りをしたところ、今後も積極的に顧客志向の領域に投資する。1位の板金加工機械大手のアマダホールディングスはIOT活用を徹底し、顧客に販売した機械や金型の稼働状況や、使用電力などを把握する現行方式を発展させる。そして遠隔での保守サービスの提供や製品交換時期の予測による適切な在庫管理で、人海戦術を基本とした体制からの脱却を目指す。

 2位の大和ハウス工業は、これまでの戸建住宅の「エネルギー見える化」の取り組みをもとに、ウェブサービスを活用したシステムを構築し、顧客の生活パターンや気象の変化に応じた設備機器などの自動制御や遠隔保守などを実現する方針だ。

 国内に立地するすべての企業がこれら上位10社の企業と同じレベルでAIやIOTを活用した場合の効果を試算すると、経済成長率は最大約4.1%押し上げられる。30年度の実質国内総生産(GDP)は現行の活用レベルにとどまった場合に比べ、約1.4倍に拡大する計算だ。
 日本経済は人口減少と高齢化が加速し、投資効率や生産性の低迷に見舞われており、将来に対し悲観的な見方も強い。しかし、技術の活用による経済成長は、徐々に効果が顕在化し、一定期間を経て初めて本格的な上昇局面に入る。現在は、新しい社会システム構築のための助走期間ともいえ、ここでの取り組みが、その後の経済成長のあり方に大きな影響を与える。

 第4次産業革命の進展に伴い、ハード投資よりもソフト投資の方が生産性改善の効果が大きい社会へとシフトする。ソフト投資の巧拙が、企業や国家の競争力を左右することを十分に認識する必要がある。かっての「鉄は国家なり」から「情報は国家なり」の時代が近づいている。

 

 

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