池上彰の大岡山通信


若者たちへ(129)

 

学生常に自ら問いを

 

 

 

 全国の新入生諸君、入学おめでとう。夢や不安を抱いてlキャンパスへ通い始めたことでしょう。私も先日、東京工業大学の新入生へ「大学で学ぶこと」をテーマに話をして、学生の疑問に答えました。今回と次回はその話をご紹介します。君たちが自ら学ぶこと、生きていくことについて一緒に考えてみましょう。

 私は2012年から東工大で教授を務めています。きっかけは、東日本大震災で原子力発電所の爆発事故が起き、大学数授ら専門家のテレビ解説がわかりにくかったこと。専門用語を使って解説した結果、視聴者にはわかりにくくなり、逆に不安が増幅してしまったのです。

 このとき、日本には理系と文系の間に深刻な断裂があると感じました。この断裂に橋渡しできないものかと考えていたころ、東工大の先生方から「教授として来ませんか」と声がかかり、お引き受けすることになったのです。

学生に付度は不要

 君たちはいままで「生徒」と呼ばれてきましたが、これからは「学生」です。中学校や高校では文部科学者の学習指導要領に沿って、基本的な知識を身につける目標がありました。授業で教えられる事柄を正確に理解し、覚えれば
よかったのです。

 大学には学習指導要領はありません。専攻分野で自ら問いを立て、その答えを探していかねばなりません。

 東工大では、昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典栄誉教授のような最先端の研究や理論に接することができます。ただし、中には学界の少数派だったり、やがて消えてんまったりする研究もあるかもしれません。

 つまり、最先端の分野では、大学の研究や理論をうのみにすることはできないのです。教授の話を素直に信じるのではなく、批判精神を持つことです。

 講義室や研究室では、付度(そんたく)しないでください。この言葉は「その場の空気を読み、相手の立場を推し量り、頼まれてもいないのに自ら行動してしまうこと」とでも説明できるでしょうか。外国人記者らが訳せなかったということもうなずけます。

 この「付度」と呼ばれる態度こそ、日本の受験教育の弊害だと考えます。難関校を突破する、効率的な解答テクニックを身につけようと、子どものころから出題者の意図を素早く読み取る技術に、皆さんは磨きをかけてきたことでしょう。大学に入ったら、もうこういう態度はやめましょう。

 では大学で学ぶ目的は何でしょう。ここ数年「社会や企業で役に立つ大学」というテーマが話題になります。「役に立つ大学」とは、即戦力になるような技術やスキルを身につけた学生を送り出すことなのでしょうか。

 そこで注目を集めているのが、「リベラルアーツ教育」と呼ばれる取り組みです。学生が専攻以外にも学びの領域を広げ、議論を深めながら、「自らの頭で考え抜く力」を養う狙いがあります。理系の東工大でも戦後、積極的に力を入れてきた歴史があります。昨年からはすべての新入生が参加する「立志プロジェクト」という新たな試みもスタートしています。

自分で考え抜く力

 以前、欧米の大学を視察して意外な発見がありました。理系学生が熱心に芸術に親しんでいたこと。学部で経済学は学んでも、ビジネスに役立つ経営学は大学院でという指摘もありました。とりわけ米マサチューセッツ工科大で聞いた「最先端科学はいずれ陳腐化する。すぐ役に立つことはすぐに役に立たなくなる」という発言は衝撃的でした。

 君たちもやがて社会へ巣立つ日が来ます。東工大で教授を務めてきた経験をもとにアドバイスするとすれば、将来起こりうる変化に耐えられる力、自ら課題を乗り越える刀を養っておくことではないかと思います。そのためには「自らの頭で考え抜く」という経験を積むことが大切です。

 いま就職活動が本格化しています。時折、学生たちの人気企業ランキングが報じられます。戦後、大学生たちの人気企業というのは、エネルギー革命や技術革新によって大きく移り変わってきました。そして外部環境の変化を見事に乗り越えた日本企業は大きな飛躍を遂げています。

 たとえば東レや三菱レイヨン(この4月から経営統合で三菱ケミカルに)。いまや航空機や車両に用いられる炭素繊維などの新技術で大きな世界シェアを遮っています。富士フイルムは写真用フィルムが売れなくなる中で、医薬品や素材分野など新領域を切り開きました。それを支えてきたのも人なのです。

 人生は明確な正解の無い難題ばかりです。君たちが自ら問いを立て、答えを求めて学ぶことは、やがて人生の岐路に立った時に答えを出す力にもなるでしょう。

 健闘を祈ります。

 

もどる