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扇動政治、民主主義脅かす
不安と腐り利用 独裁化の懸念も
チーフ・エコノミクス・コメンテーター
マーティン・ウルフ
2016年の政治的大変動、つまり英国の欧州連合(EU)離脱決定と米国のトランプ次期大統領選出は民主主義の勝利だろうか、それとも民主主義への脅威だろうか。各国の民主主義は市民の正当な不満に対処すべきだ。実際、平和的な方法でその不満に対応できるのは民主主義の強みの一つだ。だが、扇動家による不満の利用は民主主義を脅かす。これは各地で起きできたことで、欧米の民主主義国が例外だと考えるのは愚かだ。
政治的な大変動 「最重要国」英米で
16年は最も重要かつ安定した民主主義国である英国と米国で、不安と怒りが政治を突き動かした。自分の社会階層が下がる不安、社会の文化的変容への不安、そして移民と無関心なエリートへの怒りだ。この不安と怒りが国家主義と排外主義に結びついた。英国のEU離脱派と米国の共和党支持者の中には、市場至上主義を信じている人もいる。しかし、その信念が英国の離脱決定とトランプ氏勝利をもたらしたわけではない。もっと激しく、醜い感情が動いた結果だ。
こうした不安や怒りの爆発は抑え込むのが極めて難しいものだけに、民主主義を信じる者には気がかりだ。民主主義は高度に発達した社会で繰り広げられるいわば内戦であり、互いに理解し合う努力と様々な制度によってコントロールされた権力闘争といえる。良主主義ではどちらかが一方的に勝つということはない。反対意見を主張する側にもその正当性があるし、政権を握っているからといってやりたい放題なわけではない。民主主義では市民の価値観が大事だ。だから、選挙での不正や反対意見の封じ込め、野党や対抗勢力への嫌がらせにより、一時的に権力を握った者が恒久的に権力の座に就くことがあってはならないと心底理解しておく必要がある。扇動家は「大衆は皆、こう思っている」という言い方をするが「大衆」など存在しない。実際に存在するのは、事実を正しく理解すれば、その選択が変わる可能性がある、いや間違いなく変わる市民だ。
市民の様々な意見を集約する方法を見つける必要があるが、どの方法にも必ず欠陥はある。究極的には、意見や文化さえ異なる人々が調和をとりつつ共存できるところが民主国家だ。
反エリート掲げ 「市民の敵」を攻撃
とはいえ、物事のやり方を決める個々の制度も重要だ。ただ、様々な民主的制度も市民の声を十分に吸い上げることはできないかもしれない。その意味で、米選挙人制度は二重に民意を反映できなかったといえる。選挙人によるトランプ氏の大統領選出は得票数とは一致しないうえ、選挙人は有権者が大統領にふさわしくないと考える人物を運んではならないという米国の建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトンの考えとも合致しないからだ。
ハミルトンは選挙人は「米議会や大統領の座を当に支配しようとする勢力」から守り、「大統領職が明らかに必要条件を満たさないような人の手に落ちないようにする」責任を負うと考えた。ロシアによる選挙戦でのハッキング容疑やトランプ氏の経験、判断力、性格面での明らかな問題点を考えれば、今回の選挙では選挙人制度がハミルトンの求めたような防波堤にはならなかった。今後、防波堤の役割はとりわけ議会と裁判所、メディア、そして国民全体が担うことになる。
新たに登場した扇動政治家の情熱と野心が強いほど、民主主義は崩壊し、独裁政治に陥る可能性が高まる。扇動政治家は民主主義のもろさを突く。大衆迎合主義者は左派でも右派でも皆、同じ手を使う。彼らは自身をエリートや移民に対し不満を持つ庶民の代表として売り込み、自分がカリスマ的指導者であるかのように支持者と自身を結びつける。しばしば大嘘をついて自身の勢力拡大のために支持を広げようとする。そして、すでに確立している行動規範を脅かし、市民の意思を本来反映するはずの様々な制度を「市民の敵だ」と決めつける。
民主主義守るのは 制度でなく人々
トランプ氏はほとんど扇動家の教科書のような存在だ。英国独立党(UKIP)のファラージュ元党首がトランプ氏ほど勢力を伸ばせなかったのは、最大政党の党首が首相になる英国の方が、選挙人が大統領を選ぶ米国より政治制度を攻略するのが難しかったからだ。
ところが、英離脱派の運動とトランプ氏選出には類似点がある。どちらも反対勢力は考えの違う同胞市民ではなく敵だとみた。どちらも自分たちは移民とエリートにノーを突きつける庶民の代弁者だと豪語した。
民主主義は三権分立で互いにチェックすることになっているが、その機能が低下しているため、多数派が力を握る衆愚政治、ひいては扇動政治に向かう恐れがある。国の様々な機関が独裁的支配の下に置かれると、反対勢力は反乱か黙認へと追い込まれる。独裁者は反対勢力の言動を反乱だとして抑圧の口実に使い、選挙に勝ったのだから全面的に服従せよと対抗勢力に黙認を求める。扇動政治家が権力を握った例は多い。ムッソリーニとヒトラーは独裁者と化した扇動政治家の典型だ。ベネズエラの故チャベス前大統領やハンガリーのオルパン首相、ロシアのプーチン大統領など最近も枚挙にいとまがない。
これは西側の重要な民主国家、なかんずく20世紀の民主主義の旗手ともいえる米国が歩もうとしている道なのか。答えはイエスだ。米国でさえ、こうした可能性がある。民主主義はその中核を成す制度によってではなく、その価値観を理解し大切にする人々によって守られる。政治はトランプ氏を権力の座に就けた人々の不安と怒りに対処する必要がある。こうした感情に屈してはいけない。不安と怒りを国民に主権がある国家を崩壊させる口実にしてはならない。
米大統領は特に議会と最高裁判所の支持があれば、国内に多大な悪影響を及ぼせる。大統領は事実上自分一人の権限で、破滅的な戦争を始められる。右派の扇動家が民主主義の重要な価値観を世界に広げてきた米国の針路を任されたことは、悲惨だが事実だ。我々がなじんできた世界が今後生き延びられるかどうか、答えが出るのはこれからだ。
(21日付)