池上彰の大岡山通信
若者たちへ
苦悩や葛藤 それが青春
人生への恐れ 忘れずに
成人式を迎えた皆さん、おめでとう。大人の仲間入りといわれても、なかなか実感がわいてこないかもしれませんね。そこで今回は、私自身の体験も踏まえつつ、生きるということの意味を一緒に考えてみましょう。君たちが生まれ育ってきたおよそ20年間に、日本と世界でどんなことが起きたのか併せて振り返ります。
「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」
私が20歳の頃に読んだ文章です。いたく共感したことを覚えています。成人式を迎えた君たちに、この文章を贈ります。
これは、フランスの作家・思想家のポール・ニザンの『アデン・アラビア』の冒頭です(篠田浩一郎訳・晶文社刊)。
「おめでとう」などと声をかけられても、表面的には「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、内面では苦悩と恐れ、葛藤を抱え、どうしていいか不安に苛まれている。青春とは、そんなものです。
この本の中で、ニザンはこうも語っています。「世の中でおのれがどんな役割を果しているのか知るのは辛いことだ」
社会の中で、自分の存在など、しよせん小さなもの。そう考えては、落ち込んでしまう。私もそうでした。自暴自棄になることもありました。
しかし、いまになってわかります。それが若さというものなのだと。
年を取るとは
社会に出て、人間関係に揉まれ、仕事上での難題を切り抜けていくうち、人は理想を失い、感性を摩滅させ、恐れを知らなくなっていきます。それが年を取るということでしょう。これは怖いこと。恐れを知らなくなることを恐れよ。私はこう言いたいのです。
人生への恐れを持つことは若さの特権です。それがあれば、自分の思想や行動に自省的になり、驕り高ぶることもなく、大きな過ちをしなくなるのだと思います。時代と場所を超え、この認識は人々の共通認識になっています。
ここで少し君たちの人生を振り返りましょう。すでに年表の出来事かもしれませんが、ニュースは自らの人生の記憶に重なってくるものです。
君たちの多くが生まれた直後の1997年は、日本国内の金融機関が相次ぎ経営破綻しました。「次はどこの金融機関が破綻するのか」と、不安に怯えた人も多かったのですが、金融機関同士が合併を繰り返し、日本のメガバンクが誕生。2008年のリーマン・ショックが襲っても耐えられるだけの体力をつけていました。
1998年は長野冬季五輪。日本男子ジャンプの劇的な金メダルは人々の心を熱くしました。
2001年9月の米国同時多発テロで、世界は激変しました。このとき君たちはまだ小学校にも通っていませんでしたね。何が起きたかは、もはや歴史として学ぶしかありません。ここから世界は「テロの時代」あるいは「テロとの戦い」の時代に突入します。
02年にはサッカーワールド杯が日韓共同開催でした。険悪だった日韓関係が、このあたりから雪解けムードになるのですが、いままた関係がギクシャクしています。
そして11年の東日本大震災。想定外という言葉が飛び交いました。このとき君たちは中学生。さすがに鮮明な記憶があるでしょう。東京電力福島第1原子力発電所の事故の処理はいまも続き、廃炉にかかる費用は増え続けています。
歴史に責任負う
そして去年。18歳以上に選挙権が与えられました。18歳の投票率は、20代の人たちよりは高かったのですが、高齢者よりは低いままでした。
わずか20年。日本も世界も大きく変わったことがわかります。君たちの責任ではない事態によって、君たちにも大きな影響がある。これが歴史であり、人生です。でも、成人となった以上、今後は「知らなかった」 「我々の責任ではない」とは言えなくなるのです。
そんな君たちに、もう一つ有名な詩を贈ります。いつまでも若くありたいと願う大人たちが愛してきた詩です。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。(中略)年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」 (サミュエル・ウルマン 岡田義夫訳『青春』)
18歳プラス
今どき20代 将来に不安
現代の20代はどんな生き方をしているのだろうか。可能な範囲で統計や調査にあたってみると、将来が不安だから、できるだけお金をかけない堅実な生き方をしながらもへ自分自身の体験や思い出を大切にしているという素顔が浮かび上がってくる。
若者の消費や生き方に詳しい日本総合研究所の調査部副主任研究員の下田裕介さん(37)によれば、「20代を中心とした現代の若者の意識には、生まれ育ってきた日本の経済情勢や社会の変化が大きく影響しているのではないか」と解説する。
現代の20代が生まれたのは1980年代後半から90年代。高度経済成長はおろか、バブル景気に沸いた風景も直接は知らない世代だ。むしろ、バブル崩壊後の厳しい経済環境の下で育ってきた。
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たとえば「年功序列」や「終身雇用」といった従来の日本型雇用のかたちが崩れ、親世代の働き方が大きく変わり始めたころだろう。若者の進学や就職にも厳しさが及ぶようになった。賃金や福利厚生などを含めて、若者の雇用を巡る環境は大きく変わってきた。下田さんは「消費がバブル期よりも減っているのが気がかり」と指摘する。
総務省の「全国消費実態調査」を基に、働いている25歳末滞の世帯主に絞って消費支出を分析してもらった。
物価の変動を除いた実質値で比べると、1989年を100とした場合、2014年は約63となった。さらに、収入のうち使えるお金から消費に回すお金の割合を示す指標「消費性向」は、89年が約89%で14年は約75%。こちらも大幅に低下していた。
この傾向は世代別にみても、特に20代にみられる変化だという。貯蓄率が高くなり、自動車などの高額品を所有したいとは思わなくなっている消費者層にあたるという。その背景には「バブル崩壊前と比べて同じ20代の時の賃金環境が悪くなってしまい、明るい将来を見通せず、人生に備える意識が強まっているからではないか」と下田さんは分析する。
こうした若者の意識は電通総研の調査でも裏付けられている。高校生・大学生・20代社会人の3000人を対象にした「若者まるわかり調査2015」によれば、自分の将来に「不安」を感じる若者は64%、日本の将来に「不安」を感じているのは77%に上った。さらに「欲しいものはあるが、無理して買うほどではない」(約55%)、「堅実・節約家だと思われたい」 (約62%)という結果が出ていた。
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そんな現実派の若者たちの消費をみると、旅行や食事など個人的な経験をSNS(交流サイト)を通じて伝え合ったり、日々のコミュ土ケーションを交わしたりするライフスタイルを楽しんでいる。また、大好きな映画やテレビ番組の舞台を巡る聖地巡礼≠フような社会現象を生みだし、ハロウィーンのようなイベントに積極的に参加して新市場のけん引役となりつつある。
そこで重要な役割を担っているのが生活の道具として浸透しているスマートフォン。IT(情報技術)の急速な進歩が進み、通話、撮影、インターネットといった複数の機能を手のひらサイズの端末1台で利用できるようになった。若者たちの使いこなし方が、新たな市場を生み出している好例だろう。
「これから10〜20年後、いまの若者たちが日本経済の主役になる時代に備え、雇用や暮らしを支える政策や制度を考えていく必要があるのではないか」と下田さんは助言する。とらえどころがないといわれる世代だが、その影響力をどのように経済の活力に取り込んでいくかが大きな課題になるようだ。