グローバルオピニオン

トランプ外交4つの波紋



米ユーラシア・グループ社長
イアン・プレマー氏

 ドナルド・トランプ次期米大統領が他国におよぼす影響を予想するのは容易ではないが、ここではすでに明らかな4点を挙げてみたい。

 まず米国と欧州との関係は、近年すでに緊張気味だったが、事態はさらに深刻化するだろう。ドイツのメルケル首相はトランプ氏勝利に際し「ドイツと米国は民主主義のほか、出自、宗教、政治的信条にかかわらずあらゆる個人の尊厳を重んじる価値観を共有している。これらの価値観に基づいて、私は米国の次期大統領に緊密な協力を申し出る」との趣旨の祝辞を述べた。言い換えれば、トランプ氏が選挙運動中の発言の半分を取り消せばうまくやっていける、ということだ。

 いまや欧州のほとんどの国に移民排斥と反欧州連合(EU)を唱えるポピュリスト政治家がいるが、トランプ氏は彼らに肩入れしてきた。そのうえプーチン大統領率いるロシアに好意的な発言を繰り返し、中・東欧諸国の人々を不安に陥れた。北大西洋条約機構(NATO)の加盟国は、果たしてトランプ氏が同盟とその目標を今後も支持するのか、懐疑的になっている。

 太平洋沿岸諸国との関係は国によって温度差が出るだろう。同盟国に防衛費の負担増を求めるトランプ氏の姿勢は日本と韓国にとって頭痛の種だが、日本の防衛義務の拡大をめざす安倍晋三首相にとっては、むしろ好都合ともいえる。アジアの火種となりそうなのは北朝鮮だ。同国の軍事力は米国本土を直接狙える水準に大幅に近づいてきた。となれば、米国は日韓両国との同盟を強化せざるを得まい。

 太平洋沿岸諸国のう最も慎重に検討すべきは中国との関係である。トランプ氏は過去半世紀のどの大統領よりも、中国に対して強硬路線をとると考えられるが、関係改善の望みがないわけではない。トランプ氏は貿易、投資、通貨に関しては強硬姿勢を示すかもしれない。だが前任者たちほど人権問題や政治改革をうるさく言う可能性は低い、と中国指導部はみている。トランプ氏がとると予想されるビジネスライクなアプローチは、習近平国家主席にとっては望ましいことだ。

 中東ではトランプ氏のビジネスライクなアプローチによって湾岸諸国、とくにサウジアラビアとの関係にひびが入りかねない。トランプ氏がイラン核合意を破棄しても湾岸諸国との関係は好転しない。トランプ氏が友好的なプーチン氏のロシアはイランやシリアのアサド政権と近いため、事態はむしろ悪化するだけと考えられる。トランプ氏の勝利はサウジとイランの反目を激化させる可能性が高く、両国の対立はこの地域を揺るがす要因になるだろう。

 中南米に関しては、トランプ氏の影響ははっきりしない。唯一重要な例外がメキシコである。メキシコからの輸入品に高関税をかけるとか、北米自由貿易協定(NAFTA)を見直すとか、米国に不法滞在中の数百万のメキシコ人を本国に送還するといった脅しが米国とメキシコの関係に影を落としている。

 メキシコは輸出、輸入ともかなりの部分を米国に依存しており、現政権は多くの面で譲歩を迫られそうだ。そうしたなか、左派の政治家ロペスオブラザール氏の影響力が強まるだろう。機を見るに敏な
ポピュリスト政治家でトランプ氏に対して弱腰の政府を批判し、早くも2018年の大統領選に向けた支持を集めている。

 

 

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