The Ecomonist

長期停滞と技術革新の未来

 

 現代の産業界で最も顕著なのが技術革新を巡る楽観派と悲観派の対立だ。楽観派は今、技術革新の新しい波の真っただ中にいると主張する。ハイテク企業の最高経営責任者(CEO)たちは最高の評価を得ようと競い、大学数授らは人工知能(AI)の進化に伴い、働く人たちの仕事をどう確保するかが唯一、頭の痛い問題だという。

 一方、悲観論者は大した革新は起きていないし、急成長を遂げている企業は何社かあるが、経済は全体としては停滞していると反論する。ローレンス・サマーズ米ハーバード大教授は現状を長期停滞と表現する。タイラー・コーエン米ジョージ・メイソン大教授も、米経済は近代史における技術革新の果実を食い尽くし、今は病んでいる状態だと考える。 

 最近まで、近代経済に関する最も悲観的な本はロバート・ゴードン米ノースウエスタン大教授の著作だとされてきた。ゴードン氏は1月に出版した著書「ザ・ライズ・アンド・フォール・オブ・アメリカン・グロース」 (米国の成長の盛衰)で、19世紀後半の第2次産業革命に比べ現代のIT(情報技術)革命は小粒だと論じた。第2次産業革命では電気や自動車、飛行機など人々の生活を一変する発明が生まれたが、IT革命の影響は狭い範囲にしか及んでいないとみる。


   「創造的破壊」消えたとの指摘

 ところが、ここにきてスウェーデンの経済学者フレドリック・エリクソン氏とビジネス.ストラテジストのピョン・ベーゲル氏が共著「イノベーション・イリュージョン」 (革新の幻想)でより悲観的な見方を提示した。両氏は資本主義の成長のけん引力、つまり経済学者シュンベーターが定義した「創造的破壊」がみられなくなったと指摘。米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなど一握りの優良企業を別にすれば、資本主義は急速に老いつつあると捉える。欧州の時価総額上位100社は40年以上前に設立された。起業家精神がより旺盛な米国でさえ「中年太り」に悩む。創業から11年以上たち成長期を過ぎた企業は1987年には3社に1社の割合だったが、2012年にはほぼ2社に1社まで増えた。逆に新興企業の数は01年から11年までの10年間で減少した。

 自由市場の信奉者らは規制の多さが停滞の原因だと批判する。確かにそれは一因だろう。だが、エリクソン氏らは資本主義の構造そのものが停滞を引き起こしているとみる。企業を所有するのはもはやリスクをいとわない資本家ではなく、匿名投資家に代わって企業の所有権の一部を売買する米バンガード・グループのような巨大な機関投資家だ。彼らは事業内容より投資収益がどの程度見込めるかに関心を持つ。

 企業トップに就くのは米フェイスブックを創業したマーク・ザッカーバーグ氏のような人ばかりではないとエリクソン民らは言う。ほとんどの大企業は官僚的な人間をトップに据え、投資収益の予想を求める声に応えている。こうした経営者はリスクを伴う技術開発投資をしない。IT投資は1950〜2000年には国内総生産(GDP)比で増え続けたが、00年代に入り減少に転じた。リスクを取らないCEOは市場に激震を与えるのではなく、過去の投資から少しでも利益を得ることにきゅうきゅうとし、このままニッチ(隙間)市場で事業を続けようとする。現金をため込み、自社株買いをし、競合企業を買収することで自身の地位を守っている。


    旧来の大企業 何度も事業刷新

 悲観論者の主張はある程度は当たっているが、誇張されている。確かに、第2次産業革命がもたらしたような革新は生まれていないというゴードン氏の指摘は正しい。しかし、だからといって自動運転車に全く価値がないということにはならない。欧米では最近、新興企業があまり誕生していないというエリクソン氏らの懸念ももっともだ。ただ、多くの旧来企業のCEOは官僚的ではなく、これまで何度も事業左刷新してきた。米ゼネラル・エレクトリック(GE)は少なくとも8回生まれ変わったはずだ。米配車サービス大手のウーバーテクノロジーズやグーグル、フェイスブックなどこの20年間に登場した巨大新興企業は、シュンベーターが提示した革新に関する特徴をすべて備えている。

 説得力のある悲観論は企業や投資家の行動ではなく、生産性に関するマクロ統計に基づき展開されている。実際、近年の生産性の数値は惨憤たるものだ。米ブルッキングス研究所のカリム・フォーダ氏の試算によると、現在の先進国の労働生産性の伸び率は1950年以来最も低い。生産性を算出する指標の一つ、全要素生産性は20042年以降、先進国でわずか0.1%の上昇にとどまっている。


    生産性革命は始まったばかり

 楽観論者は2つ反証を挙げる。一つは統計数値がおかしいというものだ。インターネット上では多くのものがタグで手に入れられるが、この消費者の恩恵が統計には含まれていないと考えられる。ただ、それを考慮しても近年の生産性伸び率の低下は説明できない。

 生産性革命は始まったばかりだというもう1つの論拠の方が説得力がありそうだ。米経済学者のポール・グルーグマン氏の言葉を借りれば、この10年間、多くのIT企業は専ら「必要なことより楽しいこと」に取り組んできたのかもしれない。しかし、米シリコンバレーの優良企業は現代社会を間違いなく変えつつある。ウーバーと米民泊大手のエアピーアンドピーは、過去何十年も事実上、停滞していた2つの産業に変革の風を吹き込んでいる。米モルガン・スタンレーは、運転中も道路ではなくパソコン画面を注視できるようになるとして、自動運転車の普及は米国に年間5070億j(約52兆円)の生産性の上昇をもたらす可能性があると試算する。

 問題はIT革命が失速したのかや創造的破壊が止まってしまったかどうかではない。恐らくIT革命のスピードは増しており、グーグルとアマゾンはこの半世紀に誕生した最も革新的な企業に数えられるだろう。むしろ重要なのは、人口の高齢化の進行に加え、ポピュリズム(大衆迎合主義)になび
政治家によって貿易や企業活動が制限され、教育制度が人々の期待に応えられなくなっている現実に経済が対応していけるか否かだ。こうした問題を克服できなければ、楽観論者と悲観論者が張り合っている間に、世界は生産性の高いいくつかの島々に分断され、その周りを停滞という名の海に取り囲まれてしまうことになる。


       (10月22日号)

 

 

 

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