池上彰の大岡山通信
若者たちへ

分断映す米大統領選



強大な権力、各国が注視

 

 

 4年に一度行われる米国の大統領選挙が、11月の投票日を控え、大詰めを迎えています。連日のようにニュースで大きく報道されるのは、大統領が米国だけでなく、世界にも大きな影響を及ぼすリーダーだからです。そこで、今回は選挙戦を通じて見えてきた米国社会の課題や大統領の役割について考えます。

 選挙戦は候補者の出馬表明に始まり、アイオワ州での党員集会から本格化しました。党大会で候補者が決まり、本選挙を迎えます。就任式まで含めると大統領への道のりは1年以上にも及びます。候補者はマスコミの厳しい指摘や、国民の選択にさらされるのです。


軍の最高司令官

 それは大統領が強大な権力を握ることと関係があります。大統領は国家元首と行政のトップの両方の役割を担います。法案や予算案作成の勧告権、長官や判事の指名権、そして議会が可決した法案などに対する拒否権を持ち、軍の最高司令官として指揮することにもなるからです。その権力の源は国民に選ばれるという手数きを踏んでいることに由来しています。

 私は2月と7月、現地を取材し、現在も米国各地で取材中です。民主党、共和党ともに候補者選びをめぐって分裂状態に陥ったことは、現代米国社会の姿を象徴していると感じました。その背景には人々の「経済格差に対する憤り」 「現状を打ち破れない政治への反発」があると思われます。

 たとえば民主党では、公立大学の学費無償化などを訴えたバーニー・サンダース氏が若い世代に支持を広げました。ヒラリー・クリントン氏は党の候補者となりましたが、一枚岩といえる状況ではありません。

 一方の共和党は驚きの展開でした。ドナルド・トランプ氏が、歯に衣着せぬ物言いで批判を浴びながらも、主流派候補を押しのけ、候補者となったのです。

 こうした事態はオバマ大統領が登場した2009年以降の米国情勢と関わっているでしょう。少し時代を振り返ります。

 就任直前、リーマン・ショックで世界経済は100年に一度といわれる危機に陥っていました。「テロとの戦い」を掲げ、イラクやアフガニスタンでの治安対策もあり、厳しい財政状態でした。

 また、政権を奪われた共和党では「小さな政府」を求める保守派の草の根運軌「茶会」 (ティーパーティー)が盛り上がりました。オバマ大統領が進める医療保険制度改革などに反対し、議会や行政が機能不全の状態に陥ってしまいました。



内向き不可避に

 さらに米国ではヒスパニック系などの移民が急増していて、2050年には白人層の人口比率が50%以下になるとの予測もあります。白人労働者は雇用を奪われ、危機感を募らせています。移民に批判的なトラップ氏は、「我々の本音を代弁してくれる」という有権者の切実な声に支持されている面があるのです。

 ただし、どちらの候補者も人々の根強い不満をすべて解消できないでしょう。新大統領の4年間は、国内を優先した内向きの政策を打たざるを得ないと思います。

 しかし、米大統領のリーダーシップは一国にとどまりません。欧州やアジアでの外交や経済の安定には、その強い指導力が欠かせないからです。

 私が講義する現代史の視点に立てば、世界は第2次世界大戦後の枠組みが崩れつつあります。

 ロシアはウクライナやシリアへの影響力を強め、中国は南シナ海への権益拡大を狙います。「かっての栄光を再び」という野心が見え隠れします。欧州連合(EU)は金融危機に続いて、難民受け入れや英国のEU離脱に直面しています。

 トランプ氏が唱えているl「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」も、第2次大戦以前、かっての米国の指導者が主張していた外交方針です。

 日本も新大統領の政策次第では、大きな影響を受けるでしょう。米軍基地、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉、台頭する中国やロシアを念頭にした外交・防衛問題など、一国だけは解決しない課題ばかりです。

 若い君たちにアドバイスするとすれば、「誰が大統領になるのか」だけでなく、「世界や日本はどうなるのか」と、少し先にも思いをめぐらせてほしいということです。

 私も大統領選の投票日直前まで現地での長期取材をします。若い学生諸君にも参考になるように候補者の動きや有権者の反応についてリポートします。日本と世界の将来について一緒に考えていきましょう。



18歳プラス


米大統領、日本の首相との違いは?


じかに民意反映 強い指導力



 日本には大統領はおらず、首相がいる。一方、米国には首相はいない。米国のリーダーは大統領なのに、どうして日本では首相なのか。米国の大統領と日本の首相にはどんな違いがあるのか。

 Q 大統領と首相はどこが違う?

 国家を代表する人物を国民が選挙を通じて決めるのが大統領制だ。米国のほか、フランスや韓国が採用する。大統領は国民にじかに選ばれるので民意を背景に指導力を発揮しやすい。ただ、議会と対立し、政治的な混乱を招くこともある。

 英国や日本は世襲の君主のもとで政府が政治を担う立憲君主制だ。国民が選挙で選んだ議員が自分たちの代表に推した人を首相と呼ぶ。上に君主がいるので、国家のトップではなく、行政の長にとどまる。


 Q 実際、選び方はどう違うの?

 米国の大統領は事実上、国民による選挙で選ばれる。実際は、有権者が「大統領選挙人」と呼ぼれる代表を州ごとに選ぶ間接選挙の方法を取る。ただ、選挙人はどの大統領候補者を支持するかを明らかにしているので、間接選挙といっても形式的なものであり、国民の意思が直接反映されることには変わりない。

 日本の首相は国民が直接選ぶわけではない。国民が選挙で国会議員を選び、議会(国会)が議員の中から首相を選ぶ。つまり米国の大統領を選ぶのは国民で、日本の首相を選ぶのは国会になる。


 Q 日本では国政選挙の投票日は日曜日。米国の大統領選の投票日はなぜ平日で、それも「11月の第1月曜日の翌日の火曜日」なの?


 日本の国政選挙(衆院選、参院選)でも、平日が投票日だったことは過去にある。ただ、1969年の衆院選が土曜日だったのを最後に、その後は日曜日が続いている。

 米国大統領選の投票日が決まったのは170年ほど前。当時の米国は農業中心の社会。収穫が終わり、厳しい冬を前に天候が穏やかな11月初めは、人々が投票で移動するのに最適とされた。

 日曜日はキリスト教の安息日で投票日にはできない。馬車が移動手段だった当時は、家から投票所が遠いと1日がかりで移動、というケースもあり、月曜日だと日曜日に出発しなけれぼならない人も出る。このため、月曜日を移動日にできる火曜日が投票日となった。

 「11月の第1火曜日」でないのは、カトリック教会の祝日(11月1日)に重なるのを避けたためだという。

 Q 日本の首相と米国の大統領、任期は違う?

 日本の首相の任期を定めた規定はない。選挙で首相が属する政党が負けたり、政党内での争いに敗れたりして辞めることが多い。米国の大統領の任期は4年。次の大統領選挙にも立候補して再選されれば、大統領を続けられる。ただし、それは2期まで。つまり最長8年だ。3期日はない。

 ちなみに日本の首相で戦後、在任期間が最短なのは誰か。終戦直後の東久邇宮稔彦王(54日)を除くと羽田孜氏(64日)だ。最長は佐藤栄作氏(2798日)で、現在の安倍晋三首相は歴代5位だ。戦後就任した日本の首相は33人だが、米国は12人。日本の首相が米国の大統領に比べて短命政権であることがわかる。


 Q 米国の大統領選挙は、なぜ長い期間をかけて行うの?

 米国では、大統領選挙に絡む期間は1年以上に及ぶ。候補者が出馬を表明後、各党の候補者を一本化するための予備選挙で最初の山場を迎える。政党ごとに候補者を1人選ぶ夏の「全国党大会」で選挙戦は本格化。11月の投票日にクライマックスを迎える。

 候補者は討論会などを通じ、政策や人柄が大統領にふさわしいかを国民に徹底的にチェックされる。長い時間をかけて、国民が候補者を大統領に育てていく――。米国民にとって、大統領選挙にはそんな楽しみもある。

 

 

もどる