風見鶏

「リベラル」は消えるのか

 


 「日本政界、最強最高のリベラルがこの世を去った」。9日に死去した加藤紘一元自民党幹事長の同党と加藤家の合同葬が15日昼、都内の青山葬儀所で開かれ、盟友関係にあった山崎拓元副総裁はこう悼んだ。加藤氏が生前、憲法9条改正に反対していたことも紹介した。

 加藤氏は著書『強いリベラル』でリベラルを「他人を気遣う心」と定義。自分だけでなく他人とともに幸福になっていこうという意志を第一義におく考え方とした。

 最近、リベラル派がさえない。永田町で「リベラル」という言葉を聞くことが少なくなった。

 合同葬のすぐ後の15日午後、民進党は都内で開いた臨時党大会で蓮肪氏を新代表に選んだ。蓮肪氏の決意表明を聞いていて、安倍政権にどんな理念や政策で立ち向かいたいのか、なかなかピンとこない。

 「安心の好循環」に触れた点は、自助よりも共助や公助に軸足を置くように感じた。実質的には経済政策で「リベラル」と言えなくもないが、本人は「リベラル」の言葉は使わない。むしろ「保守」を自任する。新執行部の布陣は野田佳彦幹事長をはじめとして保守色が目立つ。

 民進党の源流をたどってみよう。1996年に結党した旧民主党がめざしたのは「民主リベラル勢力の結集」だった。菅直人氏と共同代表に就いた鳩山由紀夫氏は「リベラルは愛である」と語った。リベラルを旗印にしていた。

 新進党にいた議員も加わって98年に民主党をつくった時の基本理念は「民主中道」。ウイングを広げて、リベラル色は薄まった。それでも2015年1月に代表に就いた岡田克也氏は党の立ち位置を「保守中道、中道リベラル」と説明。わずかでもリベラルのたいまつはともし続けた。

 蓮肪氏が「リベラル」という言葉を使わない背景にあるのは、保守層も含めた幅広い支持を得る戦術だけではないだろう。民進党の国会議員が立つ位置の重心が移っている。

 「リベラル派が少なくなった」。民進党リベラル派の重鎮、横路孝弘元衆院議長は嘆く。「01年に小泉純一郎首相が誕生してから新自由主義が席巻した。社会全体でリベラル派と見られるのが嫌だという人が増え、国会議員の意識に反映している」と説明する。

 横路氏は民進党の旗印として「リベラル」を掲げるべきだと訴える。格差拡大の是正や雇用問題に重点を置いて社会の不公正を是正するとともに、憲法改正の動きに反対する。安倍政権のアンチテーゼとして「リベラル」が有効だと説く。

 保守派の安倍晋三首相はかねて「リベラル」という言葉を使う人にうさん臭さを感じている。著書『美しい国へ』でリベラルを「これほど意味が理解されずに使われている言葉もない」と指摘。欧州では他者の介入を許さない「個人主義」に近い意味で使われる一方、米国では社会的平等や公正の実現に政府が積極介入する「大きな政府」を支持する立場と説明する。

 冷戦が終わって「保守」と「革新」のイデオロギーの対立構図はなくなった。代わりに革新勢力が「保守」に対抗する概念として使うようになったのが「リベラル」だった。日本型リベラルは使う人によって意味がかなり違う。

 単に「保守」か「リベラル」かで自分の立場をひとくくりにしにくい面もある。日本型リベラルを再定義するか、あるいは「共生」や「公正」など新たなキーワードを見いだすか。提案力で戦うとする蓮肪氏に期待したい。

 

 

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