「イノベーション」の真実

技術を超えて社会変革を

 

東大生産技術研究所教授
野城智也さん

やしろ・ともなり 1957年東京生まれ。85年東大大学院工学系研究科博士課程修了。建設省建築研究所などを経て、2001年から東大生産研究所教授。09年以降、同所長、東大副学長を歴任。工学博士。


その必要性が毎日のように叫ばれながら、なかなか日本の産業界で果実が生まれてこないのが「イノベーション」です。停滞から脱するにはイノベーションについての考え方や仕方そのものを変革することが急務と訴える野城智也・東大生産技術研究所教授に、日本が抱える問題と対策を聞きました。

 ―― 著書「イノベーション・マネジメント」では、innovationを「技術革新」と訳すのは「誤訳」だと指摘していますね。どういうことですか。


 「イノベーションとは社会的変革を生むことを指している言葉で、技術革新と訳してしまうと、もっぱら自然科学系の研究室の中でやることだという誤解を招いてしまいます。どこの誰もが起こす可能性を秘めているのに、こうした国民的誤解はイノベーションの停滞を招きかねません。経済は非連続的な変化で発展すると説いた経済学者のシュンベーターも、イノベーションと技術革新とを区別していました」

 「小池百合子・東京都知事が環境相時代に提案したクールビズで、夏の職場のドレスコードはがらっと変わりました。新技術ではなく、このような新しい仕組みの創出で社会を塗り替えることもイノベーションなのです」



 
ニーズ発見が出発点


 ―― 誰でもというと、技術に弱い文科系でも可能なのですか。


 「ニーズの発見が出発点になるイノベーションもあり、そのためには徹底的な観察が重要です。ですから、文化人類学、心理学、宗教学などによる人間・社会への洞察がニーズの発見に結びつくこともあるのです。そもそも文科系、理科系とは日本独自の偏狭な区分で、現代のイノベーションに欠かせない、分野を横断した思考や連携を妨げる弊害になっています」

 「例えば、安眠できる環境を求める潜在ニーズは大きく、それを可能にする照明や空調、センサーなどの要素技術はすでにあるのに、部門、企業、業種の壁で連携できないため、イノベーションの停滞を生んでいます」


 ―― 他のアジア諸国のイノベーションの状況をどう見ていますか。


 「デザインが革新を励起・駆動させる場合があります。韓国・サムスン電子の成長は大規模な液晶工場建設が要因だと解釈されがちですが、製品のデザインに経営資源を投入したことも大きいのです。同社は(インターネットであらゆるモノをつなぐ)IoTなど、地球規模での新しい産業の枠組みづくりにも能動的にコミットしようとしています。日本企業なら慎重に稟議を回す場合でも、アジア企業には、まずトライしてみて、本格的に開始するかやめるかはそのあとで決めようという気風もありますね」


 
試作品前に丁々発止


 ―― 日本が巻き返すにはどうしたらいいのでしょうか。


「良いショーケースを作ることです。東大生産技術研究所ではCOMMAハウスと呼ぶスマートハウスの実験住宅を建て、さまざまなメーカーや異業種の機器を持ち寄り、新しいモノ・コトはこのようにして生まれてくるということを示そうとしています。プロトタイプ(試作品)を前にして議論をすると、イマジネーションが湧くのです。懸念をあげつらうより、ともかく試作品を作り、それを前にしてあれこれ多面的に考えることが大事です。イチロー選手でも、打席に入らないことには安打は打てません」

 「アジア・欧米各国は特定地域にイノベーション活動の空間集積を戦略的につくろうとしています。なぜなら、情報技術が発達しても、変革には対面で丁々発止の議論を続け、共創していくことが欠かせないからです」

 「日本は動くまでには時間がかかるが、いい流れができれば速く変われる国だと思います。少し前までは、カーナビ、宅配便、iモードのように、縦割りの垣根を越えて新しいモノやサービスを生んでいましたが、最近ではこうした動きが激減しています。経済が衰えつつあってもそのペースは緩慢なので、波間に揺れる新規事業の小舟より、既存の縦割り組織の大船に乗っていたいのが本音という人が、残念ながら多いのではないでしょうか」


 ―― NikkeiAsian Reviewのようなニュースメディアについては、どのような革新が必要でしょうか。


 「英ガーディアン紙の電子版はすごいと思います。記事文中をクリックすれば、多くの参考記事や学術論文に飛んでいけるので、役に立ちます。他社の記事なども含めて参照できれば、恣意的な編集内容ではないことを示せ、記事のクオリティーは高まるでしょう」

 

 

 

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